第21話 誤解

 宿の従業員に伝えてきたフォーリンが部屋に戻ってきた。

 どうやら金をしっかり返してくれれば大丈夫だとのことだ。

 しかし、こいつも借金を背負っていたとは……


 よくよく考えればニーナのことなら、バレットスター家もアレンシュタット家も探してくれているはずだ。

 少しの寄り道ぐらいで大事にはならないだろう。


 明日からフォーリンとエレンとルディの四人で依頼をやっていく。

 報酬の大きいものを受ける為、厳しい戦いもあるかも知れない。


 フォーリンは見た感じかなりの箱入り娘だろう。

 実践経験など皆無に等しいだろう。

 まあ、ルディがいれば大丈夫だろう。


 待て、フォーリンの心配をする前にすることがあった。


「フォーリン、今日はここに泊めてはくれないだろうか?」


 フォーリンの心配よりまずは自分の心配をしなくては……

 明日はフォーリンも一緒に依頼を受ける。

 フォーリンは恐らくだが、ドジだろう。

 明日寝坊するというのは十分あり得る。

 だったら一緒の部屋に泊まれば解決だ。


 (おい、お前何言ってんだよ!?)

 どうした? 実に合理的ではないか

 (今日初めて会った子に一緒に寝ようは犯罪だぞ!)

 何を勘違いしている! 一緒に寝ようとは言ってない。同じ部屋に泊めてくれと言っただけだ。

 (同じじゃぼけ!)

 貴様、もしやこの俺が許嫁の妹に不貞を働くと思っているのか!? ふざけるな!

 (こういうのはするかしないかじゃないんだよ! する恐れがあるか無いかなんだ!)

 そ、そういうものなのか?

 (今すぐ訂正しろ! そうしないと嫌われるぞ!!)

 む……わかった。訂正しよう。


「すまない、先程の発言を……」


「わかりました……」


「え?」


「では、先にお風呂……入ってきますね……」


「待て待て、何か勘違いしてないか!?」


「いえ、美味しい料理をただで食べれると思った私がバカだったんです……」


「違う、私はお前に何かするつもりはない!」


「え……そうなんですか?」


「当たり前だろう! 誰が許嫁の妹に手を出すものか!」


「すみません。その……やたら女性の方々を口説いてらしたので……」


 口説く?

 もしやエイニがやっていた金稼ぎのことか?

 とんだ誤解を植え付けていたようだな。


 (なあ、あの子、押せばいけそうじゃね?)

 貴様……もういい、貴様に頼った私が馬鹿だった。


「それは誤解だ。口説いていたのではない。悩みを聞いてあげていたのだ」


「そうだったのですか……すみません。そうですよね。お姉様がいるのに他の女性に手を出すわけがありませんよね」


「ああ、当たり前だろう」


 エイニに変えたら終わる。

 エイニに変えたらいつボロが出るか気が気でなくなる。


「その……ベットが一つしかないのですが……」


「いい、椅子を借りる」


 椅子で寝るのには慣れている。

 父上との激しい修行後の勉強で何度も寝落ちしていたものだ。


「それは悪いです。私が椅子で寝るので、レイク様はベットを使ってください。私、椅子で寝るのは慣れているので」


 お前もか。

 確かに魔法の勉強は大変かつ眠くなることが多い。

 私よりも椅子の上に座っている時間は多かっただろう。

 だが、私は客人である以上、ベットを借りるわけにはいけない。


「駄目だ。ベットはお前が使え」


「だったら一緒に使いましょう」


「わかった……は?」


「ですから、二人でベットを使いましょう」


「お前、自分で何を言ってるかわかっているのか?」


「わかってます。私、体小さいですし2人入っても大丈夫だと思います」


「2人入れるか入れないかの問題ではない!」


「私に手を出すわけないんですよね? だったら大丈夫です」


「な……わかった。明日は早い、早く寝るぞ」


「はい。あ、その前にお風呂入りますね」




ーーー




 この部屋には風呂が備え付けである。

 現在フォーリンは備え付けの風呂に入っている。

 シャワーの音が少し生々しく変な気を起こしそうになる。


 やめて欲しい。


 瞑想だ瞑想。

 心を穏やかにしろ。

 平穏に保て。



 ・・・



 (なあなあ、シャワーの音ってエロくね?)

 貴様ァ!!

 (な、何怒ってんだよ。実際にお前もじっとして聞いてたじゃねえか)

 じっと瞑想していたのだ!

 (瞑想してたってことはやっぱりエロいって思ってたんだろ!?)

 ち、違う。俺はいつも暇な時間を作らぬようにしているんだ。

 (俺は安心したよ。お前がちゃんと男で)

 話を聞け!!

 (何慌ててんだ? エロいと思ってないなら慌てる必要ないだろ?)

 慌ててなどいない! 貴様それ以上言うなら容赦はしないぞ!

 (へー、具体的にどうするの?)

 ……貴様

 (何にもできないよなぁ? 俺はいわばお前みたいなものだからなぁおい)

 貴様、私がくらう痛みは貴様にも通じることを知らぬようだな? 私は貴様とは違って痛みに強い。

 (待て、何をするつもりだ?)


 私は背中の剣の鞘を取り出し、思いっきり頭に打ち付けた。



 (ぐああああああ!!痛え!!)

 どうだ……痛いだろう

 (すびませんでした!!!)


 い、痛い……

 だが、これで思い知っただろう。

 だがもう2度とやりたくない。


「何かありました!?」


 先程の音に気づいたのかフォーリンが風呂場から顔を出した。

 今は顔しか出ていないが、その下は恐らく全裸だろう。


 駄目だ。

 嫌にでも意識してしまう。


「何もない! 早く風呂に戻れ!」


「その、頭から血が……今行きますね。」


「大丈夫だ!」


 しかしフォーリンは俺の言うことを聞かず、タオル一枚を体に巻いて俺の方へ近づいてきた。


 やめろ。

 来るな。

 その水の滴った体を俺に見せるな。


 私は昔からこういう場面に出くわすと鼻から血が……


 いや、見なきゃいいだけだ。

 瞑想、瞑想。

 フォーリンの白く細い体を見なきゃいいだけ……しかし目が勝手に見てしまう。

 私はいつから理性が働かない男になってしまったのだろうか。


 (やるじゃねえか。流石だぜ)


 貴様か!!

 エイニのせいで目を閉じることが出来ず、フォーリンの半裸状態をガン見してしまう。


 見れば見るほど綺麗な体をしている。

 戦闘など一切したことのない傷一つない体だ。


 やばい、鼻の奥から血が流れる感覚がする。


「あ、あの……そんなに見られると恥ずかしいんですが……」


 その恥じらった顔に私の我慢は決壊し、鼻血が流れ始めた。


「あぁ、大丈夫ですか!?」


「済まない。体が勝手に見てしまうんだ」


「それってどういうことですか!?」


 無事フォーリンの魔法のお陰で傷は綺麗に収まり、鼻血も止まった。

 だが、エイニ、覚えておけよ。


「いいから、早く上がれ。俺も入る」


 エイニのせいで無駄に疲れた。

 私も入ってストレスを無くそう。


「え……あ、その風呂水抜くので待ってください」


 どうして抜く必要がある。

 また風呂を溜めるのに時間がかかるだろう。


「いい、風呂水がもったいない。早くしろ。」


「えぇ、それはその、どういう意味ですか!?」


 何を怒っているのだろうか?


「意味も何もそのままの意味だ」


「わわわかりました。」


 怒ったり慌てたり忙しいやつだ。


 (はあ、お前に女心がなんたるかを教える必要がありそうだな。)

 貴様に教えてもらうことなどない! もう話しかけるな!

 (へいへい、わかりましたよー)


 フォーリンが着換えを終え風呂場から出てきた。


 服装は入る前と変わっており、暖かそうな白い服を着ている。

 恐らく生地は羊の毛だろう。


 だが、顔が妙に赤い。

 フォーリンは肌が白いので余計赤みが目立った。

 のぼせたのだろうか。

 私は気にせず風呂へと入った。


 (はあはあ、これがフォーリンたんの残り湯。はあはあ)

 貴様、何気色悪いことを言っている。やめろ

 (言っとくが、フォーリンたんはお前がその湯に入ってそういうこと考えるんじゃないかって思ってるぞ)

 何を馬鹿な。私がそんなことするわけないだろう。

 (じゃあ、さっきのフォーリンたん反応を思い返してみろ)

 ……まさかな。

 (そのまさかだ。お前は絶賛変態勇者だと思われている)

 何!?

 (お前じゃいつあの子に嫌われてもおかしくない。お前、俺と変われ)

 駄目だ。お前は何をしでかすか分からん。

 (ちっ…じゃあせいぜい嫌われるんだな。俺はもう本当に何も教えてやんねーかんな!)


 くそっ。

 エイニの言う通り、今の私は変態に思われているかもしれない。

 改正しなくては。


 風呂を上がると、フォーリンは椅子の上で何やらノートに何かを書いていた。

 俺に気づいたが、目が合うと露骨に目をそらしてくる。

 やはり誤解しているようだ。


 これでは明日からの依頼に支障が出る。

 まずは誤解を解かねば。


「フォーリン!」


「ひゃっ、はい!」


 フォーリンは何故か立ち上がった。


「私はお前の残り湯などで楽しんでいないぞ!」


 静寂が広がる。


 おかしい。

 これでしっかりと誤解が解けたはずだ。

 だが、フォーリンの顔はトマトの如く赤くなっていく。


 これは、やはりエイニにどうするべきか聞いとくべきだったと後悔するのであった。


「変態!!!」


 そして、フォーリンは近くにあったノートが私の方へ飛んできたのであった。




 結局この日は椅子で寝ることになった。




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