第16話 金

 憎き少女、マーチルが逃げた直後のこと。


「まずお前さん、まず魔獣がどこに行ったのかわかるのか?」


 そうだ、冷静になれ。

 魔獣災害の原因が掴めるかもしれないと焦っていた。

 俺は魔獣災害で全てを失った。


 信頼、地位、名誉、そして体までどこぞの誰かに取られた。

 俺の体を乗っ取った奴はあろうことか父上にも勘当され、現在、性を名乗ることを禁じられている。


 運良く体を取り返すことはできたが、いつ、また乗っ取り返されるかわからない。

 今も奴は心の中で騒がしくしている。

 それが俺の冷静を欠いている要素の一つだろう。

 まあ無視し続ければいずれ収まるだろう。


 幸い、心で考えていることは奴にはわからない。

 伝えるという意志がなければ伝わらないみたいだ。

 しかし、俺が乗っ取られていたときは視点は共有していたが、伝える意志があっても通じなかった。


 それがなぜだかはわからない。

 だが、今はもうそんなことどうでもいい。

 体は戻った。

 あとは勇者になり、妹を助け、アレンシュタットの名を世界に轟かせるだけた。


 それが俺が生まれた理由であり、存在意義。


「済まない、少し冷静さを欠いていたようだ。続けてくれ」


「そうだな、10万ゴルでいいぜ。」


 くっ、こんな時に金を求めるか。

 まあこいつは確か情報屋。

 それが商売なのだ。

 背に腹は変えられない。


 金で情報が得られるなら安いものだ。


「わかっーーー」

「何事じゃ!?」


 キールにお金を渡す手前、宿屋の主人が部屋に入ってきた。


「これは……お主がやったのか!?」


「いや、これは私じゃなーーー」

「誰がやったかなどどうでもいい! 弁償してくれるんだろうね?」


 誰がやったかを聞いたのは貴様だろうと思ったが、まあいい。

 さっさと弁償して魔獣のところへ行かなくては。


「わかった。いくーーー」

「100万、100万ゴルじゃ! それ以下には絶対まけん!」


 ら払えばいいんだろうか? と最後まで聞かないこの老人をここで斬ってしまおうかと思ったが、アレンシュタットの名を汚すわけにはいかないのでやめた。


「わかったしっかり払うと約束する」


「しっかり払い終わるまでお主を出さぬからな!」


 なんて金にがめついじじいだ。

 この部屋の損壊だってそうだ。


 専門家ではないからわからないが、直すのに100万ゴルも必要ないだろう。

 このじじい、足元を見ているな。

 この緊急事態に大金をふっかければ払ってくれるとおもっていやがる。


 実際払うことを約束してしまった。

 まあ、この体を乗っ取ったやつは日々仕事に真面目に取り掛かっていた。

 そして、この国に来る前に110万ゴルを持ってきているらしい。


 その為まだ100万ゴル以上金貨があると思った。

 金が管理されている金庫を確認する。

 金はあのマーチルが管理していた。


 私の体を乗っ取った奴……Aもマーチルも浪費家ではない。

 その為余裕で払えると思っていた……


「ない……金が無い!」


 そう、お金が入っていない。

 お金をしまうためだけにある金庫の中にはお金が一銭たりともなかった。


「無いとはどういうことじゃ! どうやって弁償するつもりじゃ!」


「金がないなら魔獣の居場所を教えるわけにはいけねえな」


 しまった。

 マーチルが持っていったみたいだ。

 マーチルはこうなることを読んでいたのか?

 敵にしてやられた。

 一生の不覚だ。


 今までお金で苦労したことのないことからの弊害だ。

 お金はあるものだと思っていた。

 どうする、交渉してみるか。


「主人、しばし、支払いを待ってはくれないか。私にはやることがある。いつになるかはわからないが必ず支払う」


「レイク、それは詐欺だぜ? アレンシュタットともあろう方が詐欺を行うのかい?」


「くっ……」


 くそ、何も言い返せない。

 この私がこんなところで足止めを食らうとは。

 お金を払わなければアレンシュタットの名に傷がつく。

 しかしお金を払わなければ魔獣退治に行けない。


 駄目だ、俺にはこの状況を打開する方法が思いつかない。

 背に腹は変えられない。Aに相談するしかない。

 こいつは認めたくはないが世渡りが上手い。

 いや、屁理屈がうまいといったところか。


 キノコ収集の時だってそうだ。

 全てのキノコをとある毒キノコに変えたとき、口先でレバゾアを騙していた。

 何かしら案を出せるだろう。


 おい、どうすればいい?


 (……)

 おいA、答えろ!

 (……)

 拗ねている場合か! 貴様の危機でもあるのだぞ!

 (…俺の名前はAでも貴様でもない)

 名前などどうでもいいだろうが!

 (……)

 ……わかった。非礼を詫びよう。では貴方の名前を教えてはくれないか。

 (俺の名前はレイクだ)

 違う、私がレイクだ。貴方には元の名前があるだろう。私はそれを聞いている。

 (俺の名前は……思い出せないんだ)

 何!? ……そうか、では別の名称でいい、何か決めてくれ。呼ぶ際に困る。

 (じゃあ、相棒って呼んでくれ。)

 却下する。

 (いいだろう? もう1人の僕!)

 貴様といつ相棒になったというのだ! バカも休み休み言ってくれ。

 (じゃあ、もう何でもいいよ!)


 では、エイニと名乗れ。

 (エイニ?どういう意味だ?)

 エイニとはこの世界に伝わる大悪魔の一角だ。貴様はこの俺にとっての悪魔の様な存在だからな。

 (こいつ……まあなんかかっこいいからそれでいいや)

 かっこいいだと……まあいい、それで本題に入るが、この状況を打破するにはどうしたらいい? エイニの意見を聞きたい。

 (いや、金がないなら働くしかないだろ。)

 働く? そうかどうしてそんな簡単なことに気づけなかったのだ。


「レイク、さっきからぼーっとしてどうした?」


「エレン、出来るだけ金の手に入る任務を俺に回してくれ」


「……わかった。レバゾアさんに言っておく」


「済まない、頼む」


「主人、キール、金は必ず払う。だから少し待っていてくれないか」


「わかった。1ヶ月だけ待ってやろう」


「毎度あり、レイク頑張れよ」


 そう言い、主人とキールはこの場を去った。


「エレン、私は今からでもやる。1分1秒ですら惜しいからな」


 現在時刻は15時、あと数時間で日が落ちる。

 しかしこの周辺の魔物は弱いのが多い。

 その為夜でも魔物駆除ができると踏んだ。


「駄目だ。お前は夜の魔物を知らない。夜の魔物は昼とは比べ物にはならないぞ」


「だが、俺には……」


「レイク、時間がないのはわかるわ。でも焦るのは駄目。冒険者たるもの常に冷静でいなければならないの」


「……わかった」


 確かに私は夜の魔物を知らない。

 冷静を欠いていた。


「それとレイク、貴方一人で依頼を受けようとしてない? それは駄目。魔獣を倒した貴方なら一人でも大丈夫かもしれない。でも一人には絶対的な限界があるの」


「だが、足手まといを連れていた方が危険だ」


「あら? それって私達のことを言ってるのかしら? ゴールド舐めんな!」


 ゴールドとは、冒険者ランクのことだ。

 依頼をこなしていくとどんどん溜まっていく。

 その冒険者ができるやつかできないやつかの指標となっている。


 ちなみにエレンとルディはゴールド。

 ガストとマストはシルバーだ。


「ま、そういうこったな。ま、足手まといにならない様頑張るさ、元勇者候補さん」


「わかった……感謝する」


 私はやはり焦っていた。

 こいつらをいや、この人達を足手まといと勝手に決めて一人で行こうとしていた。

 アレンシュタットたるもの常に冷静に。

 静かなる闘志を持て。


「では、明日の早朝、ギルドで」


「あぁ明日は遅刻しない様にするさ」


「私が連れてくるから安心して」


 そう言い、2人は外へ出て行った。


 そしてエレン達とすれ違いで主人が再びやってきた。


「あ、そうそう、今日の分の宿代はあるかね?」





 そうして、私は寝床を失った。




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