第8話 同棲
建物を出ると、マーチルが外で待っていた。
「お待たせ、よくここがわかったね」
「あ、うん。ここかなって思って。さ、宿はこっちだよ」
マーチルに連れられ宿に着いた。
ボロくもなく、かといって豪華すぎずとてもいい雰囲気の宿だった。
受付カウンターには品の良い老人が座って新聞の様なものを読んでいる。
「105のマーチルです」
マーチルがそう言うと、老人は鍵を手渡し、再び新聞を読み直した。
「ここが、私たちの部屋。部屋を出るときはさっきのお爺さんに鍵を渡してね」
「わかった。あの、お金はいくらだった?」
「1日3000ゴルだって」
ゴルとはこの世界の通貨だ。
体感的に日本円の感覚と大差がない。
俺の懐には109万ゴルある。
どうしてこんな大金を持っているかというと、もともとは10万ゴルを持ち出していたのだが、いつのまにか追加で100万ゴルをバックに詰まれていた。
おそらく母上だろう。
部屋は大体8畳程度だろうか。
押し入れとタンス、机にベットしかないシンプルな部屋だ。
ベットはいくつあるのかって? もちろん一つさ。
俺は装備を脱ぎ捨てベットに身を投げた。
長旅で疲れていたためかなり眠たい。
しかし風呂に入らなければ。
そうお風呂に。
「ま、マーチル、お風呂ってできてる?」
「お風呂は一階にあるよ」
そうか、部屋に個室風呂があればワンチャンあると思ったが……
「じゃあ俺は風呂に行ってくる」
「あ、じゃあ私も行く!」
混浴ありますように、混浴ありますように。
しかし現実はそう甘くなくしっかりと男女分かれていた。
ーーー
「はひぃ〜」
お風呂は大好きだ。
元日本人の血がそうさせているのかもしれない。
運がいいことに周りには誰もいない。
そして男女を隔てているのは一枚の木板のみだ。
俺は穴がないか木板に穴が開くほどの眼力で探した。
そしてリゾートへの通化孔を見つけた。
くそっ湯気で見えねえ。
女湯には3人ばかり人影が見える。
おそらくあの一番小さい人影がマーチルだろう。
お、近づいてくる。
だんだんとはっきり見えてくる。
「お、誰もいねえじゃん。ラッキー」
ちっ、どうしてこんな時に人が来るんだよ。
俺は急いで湯舟へと戻った。
「あれ、いるじゃん。なんだよ、誰もいないと思ってはしゃいぢゃったじゃん」
「君、見ない顔だね。てかイケメンじゃん。俺キールってんだ、よろしく」
なんてうるさいやつなんだろう。
俺と同じ金髪に、風呂なのに鈴の耳飾りがついている。
顔も俺と同じくイケメンで、俺とは違った爽やか系イケメンだ。
喋り方と言い、見た目といい陽キャってやつだろう。
俺は陽キャが嫌いだ。
うるさいだけで自分とその周りだけ良ければいいと思ってる連中だ。
どうせこいつは休み時間に勝手に人の席座ってバカ騒ぎして、その席の持ち主を知らず知らず困らせているタイプの人間だろう。
「あぁよろしく」
「なんだなんだ、元気がないな。しょうがない、俺とっておきのスポット知ってんだ。みんなには内緒だぜ?」
チャラ男ことキールがそう言うと、先程俺が使っていた穴を紹介してくれた。
こいつ、いいやつだな。
これで大義名分ができた。
俺は覗けと言われたから覗いた。
そう、これは俺の意思じゃない。
ビバ、楽園へ。
しかし穴を覗くとハンマーヘッドシャーク……かなりブサイクな女と目があった。
「きゃー!! 覗きよ!!」
女の声が響き渡ると、すぐさま従業員らしき男が風呂へとやってきた。
「またお前か!」
「違いますよ! 今回は俺じゃないって!」
「言い訳は別室で聞く。こっちこいキール!」
「おいっ、痛いって、もうちょっと優しくしてぇ」
従業員に耳を掴まれ、風呂から出て行ってしまった。
キールが身代わりになってくれて助かった。
っていうか常習犯だったのかあいつ。
風呂を上がると、丁度マーチルも上がったところだった。
少々気まずい。
「あの、さっきのって……」
「あぁ、なんか覗き常習犯がいるらしい」
俺は食い気味に答えた。
こういうときは堂々としなくてはならない。
「そう……なんだ」
「レイクは覗いてないよね?」
「も、もちろんのぞぞいてないよ」
やばい怪しまれてる。
思わず噛んじまった。
これじゃ怪しさ増し増しじゃねえか。
「本当に?」
マーチルは悪戯っぽく聞いてくる。
何これ、覗いてよかったの?
部屋に戻り、すぐベットに入った。
疲れた体にいいお風呂、これは質のいい睡眠が取れそうだ。
俺がベットに入ると、マーチルもベットへ入ってきた。
さっきのこともあってドキドキする。
女湯のほうは男湯のほうとは違うシャンプーを使っているのか?
めちゃくちゃいいにおいがする。
まて、この生活が今後も続くの?
やばい、俺の理性はいつ崩壊してもおかしくない。
マーチルさん体近くない?
マーチルの腕が俺の背中へと伸びる。
顔を俺の胸に埋める。
そして、聞こえるか聞こえないかのか細い声でこう言った。
「やっと2人っきりの生活が始まるね」
俺の理性は崩壊した。
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