第2話 記憶

 あれから怪我が治るまで母上から様々なことを聞いた。

 この家族のこと、領地のこと、そして俺が何をしでかしたかを。


 怪我の様子はかなり酷かったみたいだ。

 顔の骨は砕け、ほっぺに歯が突き刺さって穴が空いていたみたいだ。

 おそらく俺が気を失ってからも気づかず殴り続けていたのだろう。


 だが、そんな怪我も母上の魔法ですぐ治った。

 すぐとは言っても1週間近くかかったが。

 母上曰く、治癒魔法は生命力を移す魔法らしく、長生きしてほしいとのことで、自然治癒力が増す魔法をかけてもらっていた。


 これならば寿命を縮めることなく回復できるとのこと。

 流石、息子思いの素晴らしい母上だ。

 どっかの暴力魔人も見習ってほしいものだ。


 そんな怪我を負わせた暴力魔人はどうやら俺の父親で、なんとびっくり元勇者で名前はガリウス・アレフ・アレンシュタット。

 年齢は今年で40歳。

 20年前に膝を悪くし早々に勇者を引退。

 当時は勇者最年少記録を樹立していたらしい。

 現在はとある王国の王子がその記録を破っているらしいが、当時はかなり注目されていたみたいだ。

 現在はこの辺り周辺の領地を統べる領主様でもあってとても偉い人だということ。


 父上のことを語る母上はとてもうれしそうだった。

 あんな暴力魔人のどこがいいんだろうか?

 けがを治す一週間、一度も顔を見せなかったやつが。


 そして、母親も元勇者で、元父親のパーティメンバーでもあり、名前はリーラ・アルビス・アレンシュタット。

 何やら界隈ではかなり有名な人らしい。

 年齢は秘密だとか……

 息子に内緒って何だよ!?

 父上が勇者を引退する際に付き添って引退したみたいだ。

 その美貌は昔からも評判で今も昔のファンが家に来てしまうくらいの人気っぷりだ。

 

 待て、父上は当時最年少だったんだよな?

 ということは……

 母上を見る。

 その笑顔からはいつもの優しさとは別の感情が見て取れた。

 触れるのはやめよう。

 もしかしたらあの暴力魔人よりも恐ろしいのかもしれない。


 その2人から生まれたのが俺で、名前は、レイク・アレンシュタット17歳。

 将来有望、勇者候補筆頭だったらしい。

 勇者候補とは、毎年各領地から選ばれた人を指すらしい。

 そして近隣の国で、各領地から集められた代表が争って勇者になるんだと。


 父上も母上もかなり顔がいい。

 俺も鏡を見たがなかなか、いや、かなりイケメンだった。

 金髪碧眼、キリッとした闘志を感じさせる目、少し高い鼻、透き通る様な肌。

 まさに完璧。

 完全に勝った。

 これが人生勝ち組なのだろう。

 イケメン、貴族、勇者。

 俺、日本にいるときどんだけ善幸積んだんだよ!?

 しかも許嫁がいるときた。

 許嫁の顔が楽しみだぜ。


 そしてそして妹もいて、名前はライラ・アレンシュタット14歳。

 母親の持っていた写真を見た感じとても可愛くお人形さんみたいだった。

 しかし、その妹は現在この屋敷にはいない。

 なぜなら1ヶ月前に起きた魔獣災害で魔獣に攫われてしまったからだ。

 その時俺がいなかったことにより、領地の全てに手が回らず妹に手が回らなかったみたいだ。

 その妹だが無事であるといいな。

 他人事に思えるが、実際今の俺からしたら他人事だ。

 今は昔の知り合いに捜索をしてもらっているとのこと。

 まあ元勇者の知り合いなら大丈夫だろう。


 あぁこんな恵まれた待遇に生まれたなんて俺は一生分の運を使ってしまったのだろうか。

 俺はここから許嫁と共にハーレム生活を送ってやる。


 しかし俺は今や村全体の嫌われ者。

 理由は簡単。

 先程説明した通り、守る義務を放棄したからだ。


 俺が居なくなって少しして魔獣災害に遭い、抵抗虚しく領地の殆どが荒地と化してしまったらしい。

 住民も多く失い、父上は責任を感じて少しピリピリしている。




ーーー




 俺がここに来てから1ヶ月が経った。


 今は領地に住む全員で領地の復興に尽力を注いでいる。

 俺もこの1ヶ月様々なことを学んだ。


 畑の作り方、井戸の作り方、羊の毛刈りなんてこともした。

 文字の読み書きには苦労しなかった。

 理由はわからない、でも何故か読める。


 女の子の友達もできた。

 名前はマーチル。

 羊飼いで麦わら帽子が似合う赤毛の女の子だ。


 現在、その女の子と一緒に羊毛を採取している。

 この世界の羊は毛の伸び方が異常に早い。

 1週間で元通りになる。

 刈ったそばから少しずつ伸てる気がする。


 最初は大変だったが、今はプロと言っても過言ではない程、羊毛刈り職人と化してる。


「マーチル、俺ってどんな人だったの?」


「とってもかっこよくて、強くて、頭も良くて、あと、はい、とってもかっこよかったです!」


 嫁にしてやろうか。

 明らかに俺に好意を持っている。

 前世では全くモテなかった俺がこんな可愛い子から好かれるなんて……ん、前世?   

 何か思い出せそう。

 やばい、頭が痛い。


「レイク様! 大丈夫!?」


 頭がズキンズキンする。

 その痛みが徐々に大きくなっていく。

 まるで頭自体が爆弾になっているかのようで、そろそろ爆発しそうだ。


 やばい……落ち……る……


 そして目の前が真っ暗になった。




ーーー




 誰だこいつ? 

 のっぺりとした顔に伸びた黒髪。

 背は高くも低くもなく、パッとしない見た目だ。

 いやこいつは……この人は、俺だ。


 やっと思い出した。

 俺は普通の26歳無職ニートだ。 

 高校卒業後大学受験に失敗し、浪人して再度挑戦するも失敗、それからも失敗に失敗を重ね今や26歳。


 初詣で人気ひとけのないとある神社に今年こそ志望大学に受かるぞとお祈りしたのが始まりだった。

 なぜ人気のないところでお祈りしたかというと、知り合いに会いたくなかったからだ。


 俺の通っていた高校は地元じゃ有名な進学校で大体の人は地元の国立大学か、周辺の国立大学へ進学する。

 しかし俺は東京の大学を狙っていた。

 みんなとは違う、俺はお前らよりいい大学へ行くんだと調子に乗っていた。

 だか、もうあの時見下していた奴らはもう大学を卒業して立派な社会人として働いているだろう。

 風の噂だが、中には外資系エリートで可愛い嫁がいる奴もいるみたいだ。

 くそ、羨ましいぜ


 実際俺は高校の成績は上位10%はキープしていた。

 小学校、中学の頃の成績はいつも1番。

 そのためあだ名はガリ勉だった。


 しかし、その判断が俺を地獄へと落とした。

 やる気だけが盛り上がり、自分の実力を見誤っていたのだ。

 一度決めた目標を変えるのは恥ずかしいし、インターネット上には浪人して入るのは珍しくないと聞いた。


 その為浪人してまた目指そうと思った。

 しかし浪人している間は勉強に身が入らず、たまたま見かけた深夜アニメにハマってしまった。

 そのせいか浪人して一年目の大学受験も無事落ちた。

 その時はなぜか悔しいとは思わなかった。

 アニメのせいにして、環境のせいにして現実から逃げていたのだ。

 その次もまたその次も……


 5回目ぐらいから、落ちても、あ、落ちた程度しか思ってなかった。

 3回目落ちた時、親にはもう東京の大学じゃなくていい。地元の国立大学でいいと言われていた。

 しかしプライドからか、今の怠惰な生活を手放したくなかったのか意固地に東京を目指すと言っていた。


 初詣で俺は何を望んだか。

 今度こそ合格できますように……違う、俺はあの時はまっていた異世界転生ものの影響で、異世界転生したいと願っていたのだ。


 あれ、でも死んだ記憶がない。

 異世界転生とは死んでからなるのが普通だろ?

 だが、俺は死なずにここに転生してきている?

 異世界転移?


 いや、異世界転移だったら素の俺の体ごと来ているだろう。

 もしかして俺の体は今も日本に残ってるのか?

 いや、もしかしてだが、この体の元々の持ち主であるレイクが地球の俺に入っているのか?

 ってことは俺はまだあっちで元気にやってる?

 レイク、俺の代わりにしっかりやってくれよ。

 ちゃんと就職して適当に結婚して両親を安心させてくれ。


 お母さん、お父さん、本来の僕はこっちで元気にやってます。

 妹よ、ダメダメなお兄ちゃんでごめんな。

 でも多分そこの俺はしっかりやってくれるさ。

 妹は俺とは違って可愛くて頭もいいから心配はしないけど、まあ頑張ってくれ。




ーーー




 目が覚めると目の前にマーチルの顔があった、目と鼻の先に。

 今にもくっつきそうだ。

 なんならここで俺から動いて既成事実を作ってしまおうか。


 しかし、マーチルは俺の目が覚めたことに気がつくと、慌てて顔を離し恥ずかしそうにモジモジしている。


 おやおや? 俺に何をしようとしたのかな?

 寝込みを襲うとはこの子、けしからんな。

 逆の立場になっても文句は言えないぞ?


「マーチル、わざわざベットまで運んでくれてありがとう」


「は、はい。お気になさらず」


 先程の行いが恥ずかしいのか目を合わせようとしない。


「そういえばマーチルの家に来るの初めてだったね」


「はい、私も初めて男の人入れました」


 女の子の部屋で思春期真っ只中の男女が2人っきりでいる。

 これをフラグと言わず何というのだろうか。

 よし、ここで誘うんだろ?

 イメトレは前世で何千何万とやってきた。

 相手はこちらに明らかな好意がある。

 勝率は9割以上、いける。


「あ、あの、さっきのことなんだけどさ……」


「レイク!大丈夫?」


 勢いよくドアを開けるのは母上だ。

 くそっ! どうしてこんな時に邪魔が入るんだ。

 こういうのはアニメだけにしてくれ!


「あら、もしかしてお邪魔だった? ごめんなさいオホホ。でもレイク、貴方には許嫁がいるんだからダメよ」


 俺とマーチルを見た母上がそう茶化してくる。


「まだ何もしてないです!どうして母上が来たんですか!?」


「私が呼びました。だって怖かったから……」


 それもそうか。

 急に倒れたら誰だってびびる。

 治癒魔法の使える人を呼ぶのが得策だ。

 でもタイミング良すぎませんかー!?


「頭、大丈夫?」


 それはどちらの意味だろうか?


「もう痛くないです」


「そう、なら今日はもう屋敷に帰って安静にしてちょうだい」


「大丈夫です、もう痛くありませんので。仕事続けられます」


「駄目……実はお父さんがお呼びなの」


 より帰りたくなくなった。

 父親とは未だ溝がある。

 屋敷の中であっても一言も交わすことはない。

 屋敷にいるより外で復興を手伝う方が何倍も気が紛れる。

 しかしここで行かない方がやばいことになるだろう。


「わかりました。じゃあまたな、マーチル」


「うん、またね、レイク様」


 少し寂しげなマーチルを背に暴漢父上の元へと遅歩きで向かうのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る