第3話 義弟

 屋敷のドアを開くと父上が腕組みをして俺の帰りを待っていた。

 その立ち振る舞いは元勇者にふさわしい威圧を放っていた。

 何かやばいフラグを感じる。


 俺はそっとドアを閉じようとしたが、父上の目を見た瞬間手が固まって閉められなくなった。


「た、ただいま、父上」


「レイク、お前は一月前戻ってから腑抜けている。今日より勇者修行を再開する。まずは今のお前の強さを調べる。30分後装備を整え庭へ来い」


 その物言いにいつもは「まずはおかえりでしょ!」と言う母上も黙るしかなかった。


 勇者修行だって?

 まてまて急にそんなこと言われても困る。

 そもそも装備を整えろって言われても何を装備すればいいのかわからない。


 今まで農作業や土木作業しかしてきていないので作業着しかしらない。

 装備らしい装備はあるにはあるが、どれも金ピカで使っていいのかわからない。


 いろいろ迷った末に俺は屋敷に飾ってあったかっこいい鎧を纏い、廊下に飾ってあった金ピカの剣を持って庭へと出た。


「お前、ふざけているのか?」


 フル装備で庭に出て開閉一口目にそう言われた。あれ、間違ってたかな?


 父上の服装は皮でできた鎧に木剣というシンプルなスタイル。

 対してこっちは金ピカな防具に金ピカの剣。

 ほう、これはやらかしたな。


「すみません、今すぐ着替えてきます」


 なんだよ、あんな厳格な態度を取られたらガチ装備しなくちゃと思うじゃんか。

 そう愚痴を溢しながら父上と同じスタイルへと着替え、再び庭へ出た。


 庭の木陰で母上がのんきに手を振っている。

 俺も手を振りかえした。

 しかしそれが父上の琴線に触れたのかもしれない。


「修行だというのにのんきだな、レイク」


 ひぃ、ライオンに睨めつけられた鹿の気分だ。


「今から組み稽古をする。一本でも俺に入れれたら終わりとする。さあ来い」


 さあ来いと言われても喧嘩もしたことないし…俺はどうすればいいの?

 考えた末にとりあえず見よう見まねだが某黒の剣士風に木剣を横に構えた。

 そのまま低姿勢で突っ込み、剣を斜め上に振り上げた。


 しかし、その攻撃は簡単に弾き返され、胴に強烈な一撃を食らった。


「ぅぐはっ!」


「どうした、まだ一撃しか与えてないぞ」


 口から小腸が出そうだ。

 痛さに脳が震える。

 足に力が入らない。

 身体が危険信号を出している。

 こいつに近づいてはならないと。


「来ないならこっちから行くぞ」


 逃げなくては殺される。

 なんか前にもこんな体験があったような……

 だが、咄嗟に身体が動き、命からがら攻撃を避けることができた。


 父上が放った一撃は地面にひびを入れていた。

 ひえぇ、あれを直に食らっていたと考えるとおしっこがちびりそうになる。


「逃げてばかりじゃ俺に一本も入れられないぞ」


 そう言われても攻撃を与えるどころか現在進行形で死にそうになってるっつーの。

 だが、元の身体の持ち主のおかげだろうか。

 運動神経がとても良く、命ぎりぎりで攻撃を喰らわずに済んでいる。


 攻撃を交わし続けて20分近く経ったところで父上の木剣が真っ二つになった。

 思わず嘘だろと口に出してしまった。


「もろくなっていたか……まあいい、今日はこれで終わりとする」


 そして組み稽古という名のDVが終わった。


「一月様子を見たが、未だにかつての記憶が戻っていないようだな。まあいい、明日より復興支援を禁じ、勇者修行を行う」


 まあいい、ってよくないだろ!!

 明日からも地獄のような時間が始まると思うと気が滅入る。

 いっそのこと家出しようかな。




ーーー




 そして明くる日も明くる日も地獄のような時間が始まった。

 地獄の筋トレはもちろん、戦いの型というものを徹底的に叩き込まれた。

 アレフ流 レイド流 バース流。

 基本的にその三つの型を駆使して戦うらしい。


 父上はアレフ流を主として、バース流を駆使しつつ戦っていた。

 俺はというと、何一つ覚えることができなかった。

 見よう見まねはできるのだが、父上から言わせると、全く意味のない型と言われた。


 そして、その地獄が1ヶ月を過ぎようとしたところに新キャラが現れた。


「初めましてお兄様、マルコス・サードラットです。これからお世話になります」


 俺に義弟ができた。


「この子はサードラット家の養子だ。これからはマルコスと共に修行を行う」


 初印象は爽やか系美少年、マダムに好かれそう。

 俺と同じ金髪にやわらかい印象を与える碧眼。

 身長は俺より頭一つ小さい。

 歳は13~14歳ぐらいだろうか。


「お兄様、僕、勇者候補筆頭だったお兄様と一緒に修行ができるなんて光栄です!

 これからご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします!」


 なにやら大きな期待をされている様だ。

 とても困る。

 確かにこの1ヶ月着々と強くなってる自分を感じてはいる。

 っていうか強くなっていないと困る。

 だが、勇者候補とはいえるほどの実力はない。


「早速だが、2人で組み稽古をしてもらう。ルールは身体に一撃食らった方が負け、それでは用意、始め!」


 は? 早速かよ。

 まだちゃんと自己紹介すらしてないというのに。

 これは負けられない。

 歳下に負けるなんて嫌だ。


「お兄様、本気で行きますよ」


 マルコスはそう言うと、一気に距離を詰めてきた。

 これはバース流の特徴だ。


 型を知れれば戦略を練りやすくなる。

 バース流は短期決戦型。

 ここはレイド流で持久戦に持ち込みたいところだが、あいにく俺の実力じゃ型なんか使えない。


 自慢の反射神経で逃げるしかない。


 右胴を狙った一撃を後ろに下がって避け、

 続いて来た左胴を狙った一撃もまたまた避け、

 次から次へと来る攻撃を避けに避けまくった。


 父上との修行が役に立っている。

 なんてったって父上の攻撃は1発でも食らったら死ぬからな。

 しかしそれも終わりが近づいて来た。


 俺の背に木があり、後ろへとは避けれない。

 いつの間にか誘導されていた。

 横の一線の攻撃で確実に当たる。

 右にくるか左にくるか2択に迫られる。


 駄目だ間に合わない。

 俺は咄嗟にしゃがんだ。

 それが功を奏しマルコスの攻撃は木の幹に直撃し僅かに硬直した。

 その隙をついてガラ空きの胴に横薙ぎの一線を加えた。


「勝負アリ」


 ギリギリで兄の威厳を保てた。

 しかし身体が二回り小さいのにこの強さは将来有望だろう。


「ありがとうございましたお兄様」


 その言葉は少し震えており、悔しかったのだろう。

 年相応なところあって可愛いじゃん。


「こちらこそありがとう、危うく負けるところだった」


 でも、どうして父上は急に養子なんて受けたのだろうか。

 もしや俺がなかなか育たないからその代わりか?

 そんなことないよな?






……ないよな?

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