雑伝
徳賀の聖は10歳にしてのちの学園都市の1つで高僧の弟子となったが、名誉や利欲を嫌い、修行ばかりしていた。帝室の招きを受けたこともあったが、狂気をよそおって断り、世の乱れへの抗議から、数多くの奇行に及んだ。
例えば師の付き添いで宮中に参内したとき、腰にカツオ節を差し、メス牛に乗って供したと伝わる。
また、師の代理で招聘されたとき、皆の前で糞尿を撒き散らしたという。
86で天寿をまっとうした。最後の言葉は
「ああ!めんどくせぇ!!」
であったという。
クロディーヌは南洋諸島のガリフナ島で共和国(当時はそう呼ばれず、あくまでも帝国臣下であったが)側の勢力であった、コメール家の娘として生まれた。しかし、帝国の有力者逢坂義隆の侵攻を受け、兄や恋人を殺されると、代わって指揮をとり、奇襲によって帝国軍を破った。
しかし、そのいくさが終わったあと、母と恋人の形見を胸に大海に身を踊らせた。
コメール家のあとを継いだのは、姉が嫁いだ義弟であるが、かれは義理とはいえ親族に残虐無道をした帝国に仕えるのをよしとせず、未開の外地や宇宙の開拓者となったという。その義弟がありし日のクロディーヌを回想して曰く
「あのお嬢さんはすさまじかったよ。あのひとがいたおかげでおれも仲間も死なずに済んだんだから」
太陽騎士団は、アントーエイという詩人によって作られた皇国の私兵団である。初期は皇国の国是である帝国の簒奪者殲滅を目標としたものたちであった。初期と言う限定をつけたのは、アントーエイの時代は刻人たちの選民主義による差別的な集団だったのが、かれの死後、後事を託された形であるメトロノーゼの改革により、皇国辺境で帝国や共和国と戦う集団へと生まれ変わらせたのである。
ある戦場でのこと。冬の行軍で帝国、共和国両軍寒風で震え上がる。
帝国側の司令官が、熱燗を全軍に振舞った。
「どうにゃ、暖まったかにゃ?」
と、訊くと兵士一同
「ぜんぜんダメです」
と、返す。それを聞いた司令官
「共和国の連中も、同じような目に合ってるにゃ、ここは攻め時にゃ」
と、号令を発し、電光石火、共和国軍を破った。
あるとき、帝国東部にあったティノという都市に帝都から死者が来た。領主はかれらを歓待した。曰く
「あなたたちは、自分の土地に戻って来たのです」
かれは市民に石を投げられて死んだという。
ある年のことである。
皇国の艦隊が、ヴェヴィ火山が噴火し、ふもとの街は火の爆撃によって燃え上がり、土石流によって埋まってしまった。艦隊に従軍していた哲学者クトリはこう書いた。
『都市と無との間には1晩しかない』
大陸北東部、少女が歩いている。
「嬢ちゃん、学校は、お父さんやお母さんは?」
と、問われて、少女は答える。
「学校は壊れちゃった。お母さんもお父さんもどっか行っちゃった」
少女が歩いている。身を寄せている親戚のもとへ。それまでは、彼女の自由だ。
ある浜にまるで釜のような円形の船が打ち上げられた。
中には赤毛でピンク色の肌をした女性が箱を持って乗っていた。言葉が通じず、箱に書かれてた判読不能の文字を見て、関わり合いになりたくない目撃者たちは
「とっか行くにゃ」
と、海に戻したという。
少年が親戚とキャッチボールをしている。少年の投球をとって親戚は
「おお、こりゃすごい。戦争中じゃにゃけりゃプロ野球選手ににゃれるかもにゃ」
と、褒めた。のちに大成してプロになった少年は
「あのとき親戚に褒められてうれしかったからがんばったんだと思います」
と、語ったという。
共和国の将校が帝国との戦いに惨敗した。
曰く、少数だったのにも関わらず正面から戦ったからだという。
負傷しながら帰ったかれを周囲はとがめたがかれは
「名誉あるものは負傷者を攻撃しにゃいし、老猫を捕虜にしにゃい。むかしのものは敵の不利を利用しにゃい。わたしも、隊列がととのってにゃい相手を攻撃しにゃい」
と、いったという。
イフと呼ばれた亜人は、帝国東部を統治していた組織への反逆者として知られる。
さりとて帝国からの援助も拒絶し、ゲリラ戦、文字通り単身で戦うこともあり、終始孤独であったという。当人曰く
「群れるのは弱い者のすることだ。強者は孤独でなければならない」
レオは帝国皇族の一名であり、タイシン帝の甥。陸軍士官として帝国東方に従軍していた。実直な性格でよく
「僕は、戦うことしかできない。勇敢に戦って、使命を果たしたい」
と語っていたという。
ニューラグーンとグリッサに所領を持っており、この2か所は東方と、あるいは皇国と共和国の境界であった。
レオの息子のダイは、壮大稀有な英雄を目指して、大規模な工事や東方遠征をおこない、所領を疲弊させ、民衆の反乱を招いた。旗下の部下たちにも裏切られ、ダイは自決した。そのため、相続権はレオの弟ヴィルに移されることになる。
共和国が皇国の動きを書いた手紙を入手した。
帝国の外交官が、共和国の外交官に尋ねる。
「皇国の軍勢が、どこに行くかご存知ですか?」
「ご覧の通り、にゃにも書いていませんにゃ」
「共和国経由で東部から攻めるのではないでしょうか」
あまりにくだらない希望的観測を言うので、共和国の外交官はウンザリした表情で返す。
「そんな遠回りはしにゃいでしょう。真っ直ぐに帝都に行くに決まってるじゃありませんか」
プランズ博士はある日、特殊な粒子を発見した。研究の結果、あらゆる物体を拡大・縮小することが出来る粒子であることがわかり、P粒子と名付けられた。
プランズ博士はその粒子を利用して、1つのスーツを開発した。しかし、それは当時秘匿されていて、1着のみしか造られなかったという。後年、博士はこう述懐する。
「私は天才ではないし、ましてや聖人君子でもない。ただ、自分の信じる道をひたすらに歩んだだけのことだ」
ニューラグーン機生理研は人為的に能力を創り出すために帝国と学園都市が共同で設立した研究所である。設立メンバーだったマクベ博士はのちにこう語る。
「我々は人体実験をやった。やってはいけないことをたくさんやったよ。ただ、あれは決して間違いではなかった。あの研究がなければ今の世界はここまで進歩していないだろう」
いにしえの貴族の友だちということで、募金や義援金、寄付で周囲のものから信頼し、讃えられる家主がいた。しかし、帝国から派遣された捜査官が
「なんか怪しいワン」
と、取り調べたところ、経歴を偽った大盗賊ということが判明したという。
クラディオス氏は、大陸の地図をいわゆる投影図法で作成した最初の地図作成者であった。自ら曰く
「わたしがこの仕事に着手する以前から、わたしは世界が球体であることを知っていたのですニャ」
ソルティ領と帝国東部の境界にある石碑には、古にソルティ領北部と帝国東部を席巻したという竜王の事績が書かれている。
かれは、自領を大きくし、秋月国や帝国といった面々と戦い、勝ったと記録されている。
今日では、古来の秋月国や帝国の動向について記されている、貴重な石碑である。
ハイパイン市長のアンドリュー氏は若いころ投資に失敗して故郷を追われた経験から、お札に対する嫌悪感かあり、生涯コインしか持っていなかったという。かれ曰く
「私にとってお札とは神と悪魔の戦いに敗北した者が持つ敗北の象徴なのだワン」
ジンはソルティ出身で音楽家であったが、芽が出ず、長じて美少年探偵団やSLgirlsといった最初期のアイドルプロデュースで名を残した。本人が後に回想して曰く
「あの時、俺は自分がやりたい事をやってただけだニャ」
ある警官が無実の蒸気馬車を止め
「捕縛されたくにゃければ賄賂を渡せ」
と、迫った。運転手は
「今持ってるお金を渡してしまったら、今日、わたしたちの家族はにゃにも食べられません」
と、懇願した。すると、警官は
「いや、オレもアンタからお金を取らにゃいと、オレの家族が、今日、なにも食べられにゃいんだよ」
と、言いながら、ニコニコして、運転手が持っていたお金を全部ぶんどったという。
雪原を兵士が1人駆けていく。
敵に追われているのだ。
追っているのは黒い軍服を着て犬を連れている敵兵だ。
兵士は懸命に走るが、徐々に追い詰められていく。
とうとう背中に飛びつかれてしまう。
敵はそのまま兵士に組みついてしまい、そのままもつれるように倒れる。
そこに犬が飛び掛かり、敵兵士の首筋に嚙みついた。
「へ、なんで……」
何故か助けてくれた犬に、兵士は思わず訊ねる。
すると犬は、くいっと背後を指差した。
振り向くと、そこには黒服の兵士が立っていた。
「まずい!!」
兵士は慌てて立とうとするが、それを犬が止める。
黒服の兵士が銃を構える。
「うわっ!止めろ!!」
思わずそう叫んでしまう。
黒服の兵士が発砲する。
銃声が響いて、兵士が絶命する……事は無かった。
銃弾は兵士の足元の雪に吸い込まれていく。
そして数発撃っても、やはり全て地面に吸い込まれてしまった。
「なんで……」
呆気に取られる兵士だったが、黒服の兵士が一瞬動揺したのを見て飛び掛かる。
そして黒服の兵士に組み付く事に成功した。
「へへ……やっと捕まえたぜ……」
そのまま、黒服を殴りつけて気絶させると、兵士は犬に礼を言う。
「へへ、お前のおかげなんだろ、知らないけど。ありがとな」
犬はクゥーンと、答えた。
あるムング教徒を拷問するための本には、その規則を普及させたが、もっとも重要な記述はこれだったという。
『返答にためらう容疑者は拷問にかけられるべきである』
ニューラグーン州の一部を秋月国が占領したとき、それを商業自治区にしようと提案した者がいた。曰く
「このまま秋月国に支配されることを許容するか、それとも一から自治を始めるか」
これに対してほとんどの者が商業自治区になることを望んだ。
関口は秋月国の玄関口の1つであり、安達という帝国皇族のご落胤を称した一族が支配していた。
安達家は秋月国の権力抗争であわや全滅しかけたのを、生き残った盛見がここの領主に任じられ、再興どころか『南の都』と言われるほどの繁栄の果実を得ることが出来た。のちに回想して盛見曰く
「わしにこのこの地を与えてくださった方々にはいくら感謝してもしたりないくらいじゃよ」
オルリンズは、ニューラグーン地方最南部にある湿地帯に造られた都市および、その近隣を指す名前である。大陸世界におけるジャズの聖地として知られている。
ニューラグーン屈指の漁港であり、共和国立湿原公園の玄関口であった。気温差による霧が1年を通じて発生することから、霧の街としても有名。
放浪の詩猫として知られたポールもかつて、この街で過ごしている。ポール曰く
「この辺りは気候や風土のせいか妙に落ち着くんだよにゃあ」
と、いうことらしい。ちなみに彼が過ごしたのは2年間だけであって、それ以上長く暮らしたことはないそうだ。理由は単純で
『飽きたから』
と、宣った。彼ほどの自由人は他にいないであろう。
古くから開拓が進められた地域であり、遺跡や開拓団の中にいた兵士たちのための兵屋などが往時を偲ばせる。
クーリッジホテルはよくある豪華ホテルであるが、陰謀論では闇の勢力が誕生した場所であると言う。実際クーリッジクラブと呼ばれたそれの一員であったという外交官はこう語る。
「われわれが大陸に統一した政府を作ろうとしていると言うのはある意味正しい。不毛な戦争などにより難民を出す世界を変えなければならないと、われわれは感じている。つまり、世界が1つのコミュニティになるのは良いことだと考えているのだ」
ベンジャミンという獣人が
「ここにホテルを建てよう」
と、赤石砂漠というところの真ん中で思い立ち、天京院を始めとした昏い資金で実際にホテルを建てた。
しかし、結果は大赤字。数日して9発の弾丸を受けたベンジャミンの遺体が発見された。
皮肉なことに、かれの死後、もともと小さい賭場があったことから、それをもとにカジノが増設されたことで、ホテルの経営状況が良くなった。
そこから、大陸1の歓楽都市カーソンが生まれたのである。
皇国北西部にある黄竜河は大陸屈指の河川であり、よく氾濫していた。そこで帝国諸侯が治めていた時代から治水工事が始まったが、大勢の犠牲者を出しつつ、完成したのは皇国になってからであった。皇国期に工事に参加した者曰く
「あんな恐ろしい工事はなかったにゃ……」
忠犬ジョンは賢くて良い番犬だったのだが、嫉妬したものに毒を盛られた。
駆けつけた主人に、苦しそうに
「わたしはもうダメワン。あなたの近くで眠りたいワン」
と、言ってそのまま息絶えた。
のちに主人に幸運が舞い込んだ(編注:詳細不明)ので、自宅にジョンの石碑を作ったという。
ある街の物知り猫のとこにきた猫、掛け軸に書かれたツルを見て
「むかし、異世界から1羽の首長鳥のオスがツーと飛んできて、松にポイって止まったにゃ。あとでメスがルーと飛んできたから、ツルて言うようににゃった」
と、教わって、さっそく友猫にこれを教えようとした。
「オスの首長鳥がツルーと……」
失敗。改めてチャレンジしようとする。
「はじめにオスがツーと飛んできて、松にルッと止まったにゃ。そのあとにメスが……」
「メスがとうしたにゃ?」
「黙って飛んでいったにゃ」
ルネージュ州の知事だったサルという猫はこう言った。
「わたしは、この地で産出される銅を州に占有化するニャ」
また
「わたしは、生きてここから出るつもりはにゃい」
と、言った。
かれは両方の約束を果たしたという。
クマという猫は乱暴者で、女房やお母さんにも手を出すくらい。あんまりにも乱暴者ということで、アンガーマネジメントをやることに。カウンセラー曰く
「怒ってばかりじゃいけません。水をかけられても、雨に降られたと、つまりは天災と思うことです」
感心して帰ると隣の家で元夫婦が喧嘩。クマはついさっき聞いたことで仲裁してみることに。
「にゃにごとも、天災と思って諦めるにゃ」
「うちのは天災じゃなくて、先妻だよ」
帝国に留学していた僧が、薬草が欲しいと考えて、3粒の種を隠しもった。
番ケンがそれを見てひどく吠え、問われた僧が否定すると、番のものは
「使えないイヌだワン」
と、叩き殺してしまった。僧は
「これはかわいそうだ」
と、遺骸を自身の郷里すぁる高森島へ持ち帰り、秘法で生き返らせた。
僧とイヌは、以後高森島の小さな庵で暮らしたという。
共和国の北部では、大陸におけるいわゆるラガービール登場の舞台であった。この地に居住することになったシイナという来訪者が製造と貯蔵の方法を広めたという。
この辺りの住民は、家に地下室をつくり、冬には近くの川や湖から氷を運んでいっぱいにして、夏にビールを冷やすために使っていた。また、栗の木を植えて覆いにしたという。
シイナはまたドーナツというお菓子を広め、その結果、共和国北部はラガービールとドーナツの聖地となったのである。
シイナはやがて伝説的存在になっていき、曰く
「彼のおかげでビールが美味くなった」
とのこと。なお、彼も彼の子孫たちもみんな実在が確認されている。
猫街は帝国の動乱から逃がれようと、猫たちが皇国や共和国、大陸外に移住して造った街である。商店街型やショッピングモール型、あるいは観光地型や高級住宅型といった型式があるという。
かれらの中には商人として成功するものたちもいたが、その猫たちはいわゆる拝金主義者として蔑視されていた。
やがて、耳付きや亜人といった猫と同じように差別されたものたちが、街に集まっていくのだが、街の名前自体は猫街のままだった。
猫街に来た耳付きや亜人は、来訪者が来る前から、労働者として酷使されたり、荒野で生きたものたちだが、帝国が成立した後は、都市部や見知らぬ土地に強制移住させられて、それで根無し草のようになって、猫街に来たものたちだった。
なかでも亜人たちは賭場やアニマ掘りで成功したものたち以外は、いわゆる貧しい民層であったという。
クマ山は大陸北東部と東部の境にある山の1つで、ふもとの村の住民から霊峰として崇められてきる。住民曰く
「毎年、夏になると山にクマが登っていく」
「1匹のクマが山から降りてきて、他のクマを呼び寄せる」
とのことである。また、この山の頂上には祠があり、クマ山の神を祀っている。
むかし、旧帝国の帝都の1つであったコトル・ロシェという都市は今では骨董品のような家々を縫うようにサイクリングコースがある古都となっている。
この古都を中心として作られた新たな都市がバーデンである。この都市を治めることになったヨハン氏は園芸好きで、市庁舎に花畑を造ったことで知られる。ヨハン氏曰く
「この花畑は市民の憩いの場となるべく造ったものでしてな。いやあ、こんなにも美しいとは思わなかった」
セントネービス諸島は南洋諸島を構成する何千もの島々の中で、帝国と資源財団の共同統治領となっている島々である。セントネービス島、バルバトス島、トリニダード島、富竹島、我那覇島の5つの島で構成されている。
各島に自治体があり、それらの自治体から代表を集めて、セントネービス諸島会議を形成している。
帝国、皇国、共和国、秋月国の各行政官と、セントネービス諸島会議議長の5者で、さまざまなことを決めているという統治システム。
バルバトス島は、他の南洋諸島の島々が秋月国やオストのように国家内国家として広範な自治権を有し、敵対することもあるのに対して、帝国の直轄領として最前線を担っている島である。名産はグレープフルーツ。
この地では、いわゆる異世界の言葉で言う『ファフロツキーズ』と呼ばれる現象がよく起こることでも知られる。カエルや魚が降ってくるのである。
ポケというフルーツをデンプンと練って焼き、甘いココナッツミルクかクリームをかけたデザートも知られる。
我那覇島は秋月国最西端の島で、年に数回、帝国領の島々が見えることがあるという。
古来の我那覇島はいわゆる巫女が首長を務める女権社会で、彼女は強力な呪力を持っていたとされる。名産は大陸からセントネービス島経由で伝わったという花酒。
そういう経緯のためか、秋月国の領土でありながら、軍隊も置かれず、平和な島であった。
その海は綺麗でブルーオーシャンとも言われる。海底遺跡やハンマーヘッドシャークを見ることができ、カジキ釣りの聖地としても知られる。
アベナナ環礁はセントネービス諸島の南西にある、南洋諸島では稀少である皇国領である。
哲学猫アルトゥーアの終の住処であり、アートマンというイヌを生涯の伴侶として、悠々自適な日々をおくったという。
この地を治めていたサダトキというものは、最初は名領主であったが、皇国の政治の混乱に疲れ果て
「毎日お酒ばかり、なにも指示してくれなくなりました」
と、旗下のものに言われる有様であった。
パニケケという小麦粉ベースの生地を油で揚げたおやつが知られる。
ギャロス島はセントネービス諸島の北西にある共和国領で、大陸とこの地域を繋ぐ中継地となっている島である。すぐ隣にある白島では、この島にしか存在しない希少な牛(いわゆるギャロス牛)が知られている。白島民は牛を大切にしており、牛を食べる大陸の民の一部を『
セントネービス諸島を航行中の船が嵐にあった。
思うように舵が取れず、イラついた船長は
「クソったれ!!!」
と、叫びながら天に発砲した。それが神に見とがめられ、死ぬことも許されず、幽霊船とともに海を流離わなければならない定めになったという。
秋月国に草府という地域がある。さして特徴のある場所ではないが、首都と各街道を結ぶ位置にあったため、商業が栄え、また帝国軍の基地も小さいながらあった。
顕徳院と帝国軍の戦で一番知られた戦場であり、ここに在原秀康率いる数万の軍勢が襲い掛かった。対する帝国軍は小笠原郝昭と千くらいの守備兵。しかも軍隊ではなく、警察や裁判所の仕事を行うための人員で、戦には不慣れなものがほとんどだった。
院側はまず郝昭の友人を派遣して降伏せよと勧告したが、郝昭は拒否。かくて、何十もの攻城兵器や強化装甲が帝国軍を襲ったが、帝国軍もたった一機しかない強化装甲でをうまく使い、落石や落とし穴で対抗する。
20日くらいがたち、細川時房ら援軍が到着し、院側は撤退した。
エドナは帝国の文人・学者のボブの娘で、彼女も博学で、また音楽に優れていた。
帝国の混乱のとき、エドナは誘拐され、北方のアントゥリムという地域にいた海賊と2児をもうける。やがて彼女の
『せをはやみいわにせかるるたきがわのわすれてもすえにあわんとぞおもう』
という歌が帝都にまで伝わり、土御門帝がそれを哀れに思い、海賊と交渉し、家族のもとに返した。
のちに土御門帝はエドナに
「あなたの父ボブの残したものをまとめることは出来るか」
と、頼まれ
「父から受け継いだ4000もの蔵書は、もはや1冊もありにゃせんが、いくつか暗誦できるものがありますにゃ」
と、答え、しばらくすると『フォークロアのための手引き書』という本になって送られたが、誤字脱字はいっさいなかったという。
リューゲン島で起こった共有主義運動は、カリーニン派と、マルゼンスキー派に分裂してしまった。
カリーニンとマルゼンスキーの対立は、つまるところ自分たちのイデオロギーを1国で固めるか、世界に輸出するか、というところである。また、カリーニンは迫害を受けて共和国にやってきた刻人で、マルゼンスキーは富農の獣人であることも、この対立を激化させる理由であったろう。ともあれ、カリーニンは執拗にマルゼンスキーを
「ブルジョア階級からのスパイであり、共有主義の敵だ」
と攻め、結局マルゼンスキーは、リューゲン島を追放されるように去っていった。
残ったカリーニンは、共有主義にナショナリズムを紐付けることで、リューゲン島のコミュニティを掌握していく。
秋月島の皇帝代理官で、現地出身者としては初の皇帝代理官であるエリックの母は、松森局という細川時頼のお手付きの猫で、時頼お気に入りの愛妾であったが、病によって顔が醜くなってしまったと、時頼の前から姿を消した。時頼は捜したが、行方は知れない。
ある日、狩猟に出かけていた時頼は、粗末な庵で松森局を発見した。病のことを知った時頼は
「なんと哀れなことか」
と、その庵で1夜をすごし、後に庵を住みやすい邸宅にしてあげた。彼女は猫御前と呼ばれるようになった。
1年後、猫御前は子供を産んで、名を兵五郎と名付けた。かれは成長すると、名前をエリックとあらためた。
エリックは一時皇女と結婚した(のち離婚)ため、三男ヴァレリーは帝室と血の繋がりができ、そのように遇された。しかし、かれは父の遺産を食いつぶし、また帝国本土からもらった援助も趣味の美術品集めに使われてしまったため、終始貧乏であった。帝室から派遣された使用人や、エリックに仕えてたものたちは、かれの息子に期待をかけた。名前をユージンという。
スラヴァはプレスプロク地方の中心地で、帝国プレスプロク州の州都である。今では耳付きが人口の90%を占めるものの、かつては南帝の首都になる国際都市であったという。しかし、共和国との境にある立地と、ボヘヴィアとボヘヴィアプレスプロク州であった時代には第2の都市として従属的な地位にいたことから、住民は
「あんまり州都感ない」
と
「失われた国際的古都」
という、相反する感情にとらわれているという。その複雑な感情はスラヴァ在住の作家エゴンの『エピソード21』という小説に描かれている。
天京院末吉は南洋諸島ルシア島の出身である。元の名前はフクキタルといったが、天京院という大陸屈指の商家に婿養子に入ったときに改名した。
高校を卒業すると、奨学金を受けて帝国にわたり、博士号を得た。その後世界各国の大学で講師をつとめ、南洋諸島銀行総裁にまでなった。
かれの学問上の功績は『2重経済モデル』と呼ばれる。工業化によって低賃金で非熟練の労働者需要が急増するが、農村部が人口過剰であると、それで解決してしまうという理論である。
この功績で、かれは帝国貴族となり、またかれの3人の息子からはじまる子孫たちは大陸各地に広がって各々が繁栄していくことになる。生涯をかえりみて末吉曰く
「私は多くのことを為した、だが私にとって最も大切なことを成し得たのだ……それは幸福な家庭を持つことでありました」
ニューラグーン北西にオルドと呼ばれる地域がある。
名前の由来は、皇国での争いに敗れたカン・ヨンという武将が、この地に逃れたことから『野営地』という意味にオルドと名付けられたのである。
カン・ヨンは現地を治めていた領主をパーニーパトの戦いで破り、新たな領主となった。
その息子サービル・キラーンは皇国と同盟を結び勢力を伸ばしたが、かれの死後、オルドは皇国の属領となって、今にいたる。
オルドでは口承文学が盛んで、『40人の娘』『ライスシャワー』などが知られている。
またサウィスキー美術館にはオルド・アバンギャルドの作品群や、考古遺物や民俗資料が収蔵されている。
凪島に新六という名伯楽がいて、放牧場にな投げ縄をかけるのが得意だった。また晩年視力を失ったが、馬を撫でただけで年齢・毛色・寸尺・系統・特徴から病気なはてまで判断でき、馬の神様と言われたという。あるとき放牧中の馬を盗まれたかれは、たまたま道で盗人がその馬をつれて歩いていたときに、馬を撫でると、特徴を言い当てた後
「これはわしの馬じゃにゃ」
と、そういうと、盗人はびっくりしてそのまま逃げた。このようにしてかれは馬を取り返した。
千起は、鍋島房家から所領を返してもらったのち、敵である蠣崎景広を追って、あと一歩のところまで追い詰めたが、東西融和の結果、同僚ということになってしまった。失意のかれは、帝国本土にわたり、天京院末吉の次男、吉春に仕えることになる。
かれの武勇を聞いた帝国の勇将トゥクタミシェワが腕くらべをもうしでたが、吉春は
「千起は、わが家中にかなうものはいませんが、トゥクタミシェワどののは1歩ゆずるでしょう」
と、返した。
アルビダという猫は美貌の女性だったが、男装して志を同じくする少女たちを率いて海賊として暴れまわった。つねに先頭に立って戦い、ある戦いで片腕を切り落とされたが、その相手を打倒したりした。
のちに彼女に惚れた男に敗れ、その妻となった。
「ホントは結婚する気はなかったんにゃけど、いい男にゃからね」
とは、本人談。
マシリーはリューゲン島最強の狙撃手と呼ばれた女性で、そのキルスコアは309、そのうち36は敵の狙撃手であったという。
また後進の育成にも優れ、彼女に教えられた狙撃兵の戦果は2000を超えるといわれる。
「敵の脳天破裂させるときも、オトコとの付き合いも、手に馴染む銃が1番にゃ」
とは、当人談。
カーデンは皇国南部にある、温泉避暑地で、いにしえの皇帝も湯治に来たと伝わる。
作家のヘルマンの生まれ故郷としても知られ、『挟まれて』といった初期の寄宿舎物の舞台のモデルとなっているという。現在のヘルマン博物館には資料やゆかりの品が展示されている。
ムングとは、帝国と共和国に跨がる遊牧民が暮らす地方、またはその遊牧民自身のことを言う。
かれらは大陸に住まうものたちの中でも、特異なものたちで、それゆえに迫害されていた。それというのも、かれらは自分の信じる神格を中心としたいわゆる選民思想というべきものを持っていたからである。
預言者モールがある来訪者の助けを借りて、帝国内での自治を獲得したものの、結局は帝国の東方勢力と共和国の支配をうけることになる。
ポロはその外部勢力に支配されたムングを解放することを求めて戦った。
彼女は夫であるガリカとともに帝国や共和国と戦い、ガリカの死後はかれの残したゲリラ部隊を引き継ぎ、ムング解放闘争の英雄ノロと戦いを続けた。
特筆すべき戦果としては、タイラー村にて帝国の指揮官と多くの兵士たちを捕虜にしたことがあげられる。
結局そのタイラー村で彼女は亡くなったが、それまで彼女は生ける伝説として
「知識なき生は、武器なき戦争に等しいにゃ」
という発言とともに語り継がれた。
このムング族の一連の蜂起は女性の活躍が目立ったのが特徴で、たとえばワムブイというムングの女性は、女性スパイのネットワークを作り上げ、帝国の基地や作戦計画に関する情報を収集していた。獄中でそのとき別件で捕まったポロと出会い、上記の発言は彼女が聞いたものである。
エラは『南洋諸島のジャンヌダルク』と言われた女性だが、人生の詳細は謎である。少女時代に起きた『アニャ島事変』で捕虜になるまでの6ヶ月にわたって共和国軍と戦った。まさしく抵抗のために生まれ消えていったようで、結局
「たとえ非力であったとしても、戦うことはできます」
という、言葉だけが残った。
帝国のために海洋や宇宙にあった資源プラントは
「もはや本国の支援は期待できません。われわれ自身で何とかしなければ」
と、提言した。そして緩やかな連携が図られ、それは資源財団となっていくのである。
さて、隆景が愛人に産ませた子どもがいて、その子どもはアナと名付けられた。
彼女は全寮制の女学院に預けられたのだが、そこで学んだことは彼女の人生に重大な影響を及ぼすことになる。この女学院は慈善事業に熱心で、また幾名かの急進的な活動家が滞在していた。そうした環境で学んだアナは徐々に政治意識を植え付けられていった。
卒業後のアナの消息は不明である。ただ、境域開拓団の過激派に加わったようで、コンペイトウ事件でASに乗っていたパイロットの中にアナという名前が確認できる。
大陸外や宇宙に活動域は広がり、開発が進むと、関係者各所の利害を調整する機関が必要になり、天京院末吉が音頭をとって調整委員会という組織が作られた。この調整委員会がのちの境域開拓団の礎である。
そのころ活躍したのが東照という獣人。弓馬に優れ、女ながら狩や敵部族の馬を盗むことに参加して活躍した。はじめて参加した馬盗みでは敵を殺し、退却のさいに馬を撃たれた父を救っている。やがて、その実力からスイープという称号をあたえられる。のちには戦闘部隊の隊長になったが、共和国との戦いで戦死したそうだ。
その後、追放されたマルゼンスキーが組織化に協力し、名前を境域開拓団に改めた。しかし、マルゼンスキーがもたらした共有主義思想が、自立を目指しのちの星の屑事件などおこす独立派と、3か国を初めとした他組織との協調を目指す融和派の対立を生むことになる。
呉口は南洋諸島と大陸の玄関口で、もとはコズロフというものが治めていたが、朝倉元宗というものに奪われた。塩という大きな経済基盤に支えられて、文化の先端地として知られるようになった。
呉口は皇位を巡る争いで荒廃した帝国にあって塩という経済基盤に支えられ、文化都市となっていく。元宗やその孫の衣玖は詩人として知られ、リッチモンドという高名な画家もここ出身である。
呉口の都市としての特徴は、街を南北に本土とジュネイリング島に分けるガレオン海峡である。元宗は水路がもっとも急なカーブを描いたところの両岸の本土側にルメール要塞、ジュネイリング島側にアナドル要塞を建設した。今日では避暑地としても知られている。
ジュネイリング島には
呉口にはジュマン駅という地下鉄の駅がある。構内はブルーライトに照らされて、クラゲ状のシャンデリアが飾られ、まるで海の中にいるようであるという。
さて、ここで呉口を含む東国情勢を少し記述しよう。
時康帝は帝都を自身が治め、帝国の各地を腹心たちに治めさせる帝を中心としたいわゆる中央集権体制を形成していた。そのうち帝国の東側は親族(従兄弟であったという)の持康が統治していた。
しかし、マクシミリアン帝の治世になって、持康の息子成持は反抗するようになった。結果、東国は北側が統制のおよばぬ土地となり、南側は帝国軍と実質独立した成持が東西に分かれて対立するようになったのである。
それはタイシン帝の治世になっても変化はなく、南東側は成持側として帝国に反抗的な態度をとり、北側の諸侯がおのおの利害で、タイシン帝か成持につくか決めるというありさまであった。
成持は形式上はタイシン帝の臣下という立場ではあるが、独自の行政や軍事行動を行っていた。そのシステムは息子の成陳、孫の成晴と受け継がれ、対立は32年ほど続く。
成持とその息子たちは共有主義者と連携しつつ、帝国を苦しめることになる。
この抗争の最中、帝国軍で内訌が生じた。帝国軍で副官は、秋月国出身で帝国に帰化した白井という家のものが務めていた。初代が獣人と結婚し、子をなしたことで、かれらは耳付きであった。その家のイゲンというものが反乱を起こしたのである。
反乱の理由は帝国軍内部の権益や差別等の不協和音であったのだが、問題はイゲンとかれに従うものたちが成晴陣営に援助を求めたことにあった。当然敵の内部分裂は歓迎である成晴は了承し、混乱は深まっていく。
のちに学園都市のシステムを作り上げた最上茂里は、秋月国の鍋島家の出身で魂型の来訪者だった。
おさないころ、帝国大学教授で学者として知られる最上静の養子となる。
神童としてしられ、親である静から
「わたしの息子でないのが、残念でにゃらにゃい」
と、嘆くほどであった。大学を卒業したかれは、成陳に仕えることになり、成晴の養育係に任命される。そのころ、街の子どもたちに学問を教えようよ、私塾を作っている。それというのも、戦火の中、子どもが捨てられたり虐待されていたからである。茂里は自身が目撃したものを、のちにこう回想している。
『夏には、このあわれな子どもたちは、日曜と月曜だけ、街の入口のあたりにある酒場で小僧となった。そのときにはご婦人たちはその子どもにそうとうなモノを着せてやった』
さて、東国の争いは、痛み分けの形で終わり、各勢力間の緊張のなかでの現状維持が続くことになる。茂里は私塾を弟子にまかせ、帝都に帰ることにした。
その帝都で、かれはトーマスという義父の弟子と出会い、盟友となる。
「トーマスさん、新しい私塾というか教育機関を創りたいのですが、どこか良い土地はありますか?」
「それにゃら、内ヶ島というところがあるにゃ」
内ケ島とは、ドライ島の北西にある秋月国の所領だった地域である。ドライ島は東西の東を帝国、西を共和国が治めていたのだが、内ヶ島近辺はそれに秋月国を含めた3国が共同統治している地域であった。来訪者がやってくる
「なんか地味ですね」
「それが良いんだにゃ。治めてる代官も友達にゃから、書類をいくつか出すだけにゃ」
この地の代官はユリアンといい、若年のころからトーマスの友人であったという。
「なるほど、ここが良さそうですね」
こうして、内ヶ島に小さな学校が作られた。そしてこの学校が、後々大陸諸勢力の1つである学園都市の始まりとなる最初の一歩であった。
むかしむかし、あるお坊さんが稚児の送別会で鼎を頭にかぶっておどけてみせた。ところが頭から鼎が取れない。首のまわりには血傷つき血が垂れ、晴れてきた。割ろうとしても割れず、医者にいくも、その道中その異様な姿に、もなは訝しむことしきり。結局医者もさじを投げ、困ってるとあるものが
「たとえ耳や鼻がちぎれても死にはしにゃい。引っ張ろうにゃ」
と、藁をスキマに差し入れて、力任せに引っ張ると、耳や鼻が欠けて穴が開いてしまったけど、ようやく鼎が取れた。お坊さんはしばらく寝込んだという。
学園都市の外務を担当していた前田というものが、タイシン帝に謁見することになった。そのとき前田は
「手ぶらでいくわけにはいかにゃいにゃ」
と、独断でタカを献上することにした。タイシン帝は
「おお、カッコいい」
と、喜んだという。
ウォロシロスク地方は帝国東方にある、石炭供給地であり、一大工業地域であった場所である。
その開発は、探検家カプーがこの地で石炭を発見したことに始まる。その後本格的な資源調査、鉄道の開設により、鉄鋼と石炭を結び付けた
しかし、成持が挙兵したとき、呉口に近かったこの地も成持軍のものとなってしまった。以後この地は成持とその後継者たちの生産拠点となり、帝国における内乱の震源地の1つともなる。
そのために、この地を巡る戦いは激烈なもののとなり、戦闘員、非戦闘員関係なく100万以上の死傷者を出すことになった。
南洋諸島にあるニューウォリス島は『天国に一番近い島』と呼ばれ、リゾート地として知られているが、世界的なアニマの産地であり、資源財団に手を出されていない産地として、ギュフィ公が指揮した帝国軍が入植した歴史がある。
マディーナには、預言者霊廟という建物がある。かつてムング族の預言者モールが住居として建設したものが原型で、かれが亡くなると、妻アイシャの部屋に埋葬される。霊廟は徐々に拡大していき、43万もの巡礼者を収容できるほどになった。モールは
「この地への礼拝は、1000倍の価値があるニャ」
といい、霊廟周辺を聖域とし、狩猟や森林伐採を禁止した。
リプカの民は、ジュネイリング島とその近辺の呉口に在住していた民族である。ムング族と共通の族祖をを持つとされる。
この地域を征服した帝国は、宗教的権威や朝倉に仕えていたものを取り立てるなど、寛容な姿勢を見せた。しかし、その後発生した東方の混乱に、帝国統治を離れて共和国や皇国に移住するものは絶えなかった。
またその1部は、資源財団の援助でニューラグーンのウォロワ川という河川の河原にアルプレダやバザーストという街を造り、また別の一団はギュフィ公率いる開拓団としてアイボリー・コーストやジプティ岬に入植したという。
秋月国の凪島の北部に共有主義者のコミュニティがある。かれらは、やがて軍先思想という独自の考えを形成した。すなわち
『コミュニティを無敵必勝の軍隊に創り上げて、その軍隊を革新、模範として主体をゆるぎなく構築し、軍隊を核として全般的共有主義社会を力強く推し進めていく政治方式』
を、コミュニティ全体の指針としたのである。かれらの指導者はグレミーといって、カリーニンの孫を名乗っていた。肩書は防衛委員長。
しかし、このコミュニティを秋月国と凪島に施設を造ろうとした学園都市は危険視して、付近を封鎖してしまう。以降、このコミュニティは凪島封鎖地域と呼ばれるようになる。
そうしてさまざまな思惑が交錯する中、グレミーは後代に宿題を残したまま死去した。
ドゥル派はムング族の一派で、モールの子孫ドゥルを神格化したものたちである。かれらは外部の支配に抵抗し、閉ざされた社会としての道を歩んでいる。
このコミュニティは『知者』と『無知者』に分かれていて、前者がドゥル派の教えを学べるもので後者がそれ以外である。知者は厳しい禁欲生活を義務付けられ、その中で特別なものが『導師』と呼ばれ、ドゥル派の秘儀の教授や無知者からの喜捨を受ける資格を持ち、コミュニティの指導者となる。
上記のような一種の選民思想のために、ムング族の内部からも迫害されていた。
タイシン帝は帝都にはじめて入ったとき、セイカというネコから古今の学問を学んだ。そのとき普段着で来たタイシン帝にセイカは
「身だしなみをキチンとしにゃければ、どうして国家を治めることが出来ますかにゃ。礼なきものとおにゃじく、学をおしえても意味がありにゃせん」
と、厳しく言った。タイシン帝は即座に身だしなみを改めて講義を聞いた。
ムング族のの行商は
『どこでもなんでも合法違法問わず』
がモットーで、たとえば帝国と共和国の勢力境にあるトレイホワイト連峰には『イシュグル』と呼ばれる密輸業者が活躍したという。
ザムエル・プレトリウスは学者で、また帝国東方の名士としてルネージュ市裁判官など務めた。
あるとき、南方より渡来した人形時計が、古くなってゼンマイが動かなくなり、また錆びて人形が動かなくなってしまったのだが、誰も直せない。そこでザムエルが
「ボクにお任せください」
と、4、50日の内に直してしまった。皆は
「すごいなあ、どんな秘術だろう」
と、ウワサし合ったという。
大陸の南にある長靴というかブーツの形をした半島を中心とした地域をニューラグーン地方という。皇国と共和国に挟まれた帝国の飛び地で、その地理上の問題から、国家連合警察の管理下をへて、現在はニューラグーン自治州となっている。
州都は同名のニューラグーン市で、東西北を山で囲まれ、南側が海である天然の要害として知られていた。なぜここが州都であるかというと、時康の孫である頼通がニューラグーンの領主として赴任した際、家臣である氏胤から
「ここは敵地に囲まれてますにゃ、守りやすいここがよいですにゃ」
と、紹介され、ここを中心に政務を務めたことからである。
帝国軍はそのためにこの地に独立割拠したものたちを排除していった。
このとき、その中にいた朝比奈一族の尚というものが、駿江島に退避して
「ここに、われらの新たな街を築く」
と、戦乱から逃げてきた民とともに、江府という街を造った。
尚は帝国との融和を選択し、江府は大陸と南洋諸島双方の玄関口として栄えることになった。
跡を継いだ円のときに、帝国から領主としての公認を受けた。以後かれの血統が江府を統治することになる。
ブリドニエストニアは帝国と共和国の係争地だった地域である。もともとブリドニ川近郊は帝国領であったが、トラヤスの領土拡張政策により、川を国境線にした。トラヤスはこの地を一大工業地域こして発展させることになる。
しかし、帝国にそそのかされたといわれる共有主義者たちがこの地を占拠したことで、状況は変わる。彼らは、境域開拓団から派遣されたブーンという猫を『安全保障会議書記』として共有主義者の指揮を任される。
それに対して、トラヤスも奪還しようとアレコレ画策する。度々実力行使も行うが、帝国側の密かな支援(というのも、帝国も絶賛内訌中である)で防がれた。
ホレイショは資源財団の有力な提督であった。第一次ジャービス海戦で、かれは旗艦ビクトリーの後甲板を堂々を歩き、指揮をしていた。
このとき、ビクトリーは敵艦ルターブルと交戦中で、そのルターブルの帆桁には狙撃手がいた。激戦の中、狙撃手は30くらい先にホレイショを見つけ、撃った。銃弾はホレイショの肩にあたり、背骨で止まった。
ホレイショはその後数刻生きていて、味方の
「敵が撤退しましたにゃ、われらの勝利ですにゃ」
という報告を聞いて、こくりとうなずいて、そのまま息を引き取った。
資源財団の報告書より。皇国の司令官について
『かれは自分の命令が中途半端に扱われることを好まないだろう。不可能でない限り、必ず実行されなければならない。かれは気性の激しい野人だが、その人柄は公正かつ誠実である。重大な事柄に関しては、それが感情の爆発に優先するものと思われる。物事の理解が早く、豊かな常識を備え、決断力に富むかれは困難に直面しても怯むことなく、その克服につとめるだろう』
ある騎士が狙撃チームにあったときの回想。
『ある兵士が、横になってライフルをかまえ、遠く離れた砲眼を慎重に狙いながら、指を引き金にかけていつでも引ける体勢で待っていた。その横では別の兵士も横になり、望遠鏡で同じ砲眼を見ていた。望遠鏡を持った兵士は、敵の砲手が姿を見せるのをいまかいまかと待っており、現れたら隣の兵士に発射の合図を送ることになっていた』
ルネージュの帝国側に代官として赴任していたイーライという猫は、猫のくせにイヌ好きであった。それゆえ自邸に50匹ほど飼い、また帝都で50匹ほど買って自邸に置いた。そのさまを見たものたちは
「イーライは愚か者にゃ。ガキみたいにイヌに好かれとるにゃ」
と、嘲った。
あるとき、ルネージュで一揆が起こってイーライは自邸に閉じ込められてしまった。困ったイーライは救援を促す書状を竹の筒に入れ、それをイヌの首に結いつけて10匹ほど離すと、数日かけてイヌたちは帝都に到着し、危機を伝えた。そうして到着した救援をみた一揆のものたちは
「にゃんでこんにゃに早く救援がついたんだろう、不思議だにゃ」
と、言い合って、以降イーライが治める間、ルネージュで一揆は起きなかったという。
ある獣人活動家の発言。
「かつて大陸に連れてこられたわたしたちは、自分たちを憎悪するように強いられ、その連鎖反応で自分たち自身を憎んでいる。根っこを嫌えば、その木も嫌いになるのは当然だ。最終的にその木全体が嫌いになる。自分の出自を嫌えば、当然、自分自身を嫌う。土地を、母国を、自分がやってきた場所を嫌えば、わたしたち自身を嫌悪することになるのだ」
「獣人のアイデンティティーを憎悪し、獣人の身体的特徴を憎悪する。自分の鼻の形を嫌うほどだ。口の形が嫌いだ。身体中の毛が嫌だ。頭の上にある耳が嫌だ。これはみんな
「今日は、世界中の抑圧されたものたちが一堂に会している。大陸に住む獣人たちは、自分たちも抑圧されてると感じている。自分たちは大陸の抑圧されたマイノリティーという狭い見方ではなく、今日、世界中で抑圧されてる存在同士だ。共通の抑圧者に立ち向かい、行動を起こそうと叫んでいるのだ」
皇国南部の港町ガーディブにはいくつかの家があり、それらの家が代わりばんこに支配していたのだが、やがてコンゴウの家がほかの家を凌駕するようになり、かれらはコンゴウや皇国の家臣となっていく。
シゲタツというものは、コンゴウの信任厚く、コンゴウ時代のガーディブの施政に重きをなし、コンゴウ不在時の人事や法令改正、財政改革に活躍した。
グラリス帝の時代、呉口はシュンガクという猫が領主を務めていたが、港としての呉口は栄えていたのに、領主には還元されていなかった。結果として借金まみれだった呉口政府を改革するため、シュンガクはセッコウというものを側近として登用した。セッコウはそれに応え、財政改革やグラリス帝の正統問題に奔走することになる。
グラリス帝の時代、ドライ島の帝国領の北側を皇国に割譲することになった。皇帝の地位を巡る内訌の絡みでヘイローと連携する必要があったからである。そのためにヘイローの兄でありながら、側室との子どもだったため逼塞していたセイウンというものが派遣されることになった。庶子であるとはいえ兄であるセイウンは、しかしドライ島にうどんを持ち込み、名産にするなど、皇国領に基盤を根付かせるために苦心したという。
さて、セイウンの家臣に清貞という猫がいたのだが、かれはもとは道化師であったのが取り立てられたものである。息子のアキフサはのちに書記としてシリウスに仕え、メトロノーゼなどと同僚となる。
ルネージュの小さい寺院に、不釣り合いな小さい、しかし流麗な墓がある。太郎法師というのちに共和国で重きをなしたバドの叔母であったというが、詳細は不明。
一説に、共和国初期に1名で帝国の侵攻に抗したフェルミダの後裔であったという。
彼女は帝国と共和国との間で巧みに立ち回り、寺院の周辺は戦場になることは無かったという。
ミコライフ家という富豪に仕えた安田というものは、主家滅亡の後浪人して、あちらこちらへ行ったり来たりしたが、藍原という家に仕えたいと申し入れた。安田はミコライフ家でも勇士として名高いので藍原家でも願ってもないと思った。しかし安田は
「今は流浪の身ですが、ミコライフに仕えたときと同じ俸給が欲しい」
と、言い出す。藍原は零細貴族であったので、どうしようという話になった。
ワヒードという老臣が
「にゃにか特技は?」
と、訊くと安田は
「とくにありませんが、戦場ではつねに一番槍です」
と、返す。老臣が
「もし一番槍でなかった時はどうするにゃ?」
と、訊くと安田は
「もちろん解雇で良いです」
と、答えた。こうして安田は藍原家に仕えることになった。
帝国東部のある村が、反グラリス派に襲撃され、住民が虐殺された事件が起きた。
生存者の証言。
……3名で銃殺されるために、明け方連れていかれた。ボクだけが子ども。死にたくない。大人たちがささやいた。
「逃げるニャ……。おれたちが護送にとびかかったスキにお前は茂みに飛び込むニャ」
「逃げない」
「どうして?」
「おじさんたちと行くニャ」
「命令ニャ!逃げろ!生き延びるニャ!!!」
かれらの名前はダニーラとイリン。
「覚えてくれニャ、ニューラグーン市○○町5番地……覚えたかニャ?」
「倉成市、通りの名前は……」
銃が火を放ち、ボクは走った。頭の中で
「覚えたかニャ?覚えたかニャ?覚えたかニャ?」
と、鳴っていた。
他の生存者。
ボクは5歳だった。村長が女の人を呼び集めた。
「勝利だ!」
ボクは子どもたちといっしょに喜んだ。村の外れでATの残骸を燃やした。年上の子どもたちがやったんだ、もちろん。
「バンザイ、バンザイ、勝ったぞ!」
と、騒ぐのがボクら年下の子ども。
土小屋に駆け寄った。ボクの親子はそこに住んでた。母ちゃんは泣いてた。ボクはなんで母ちゃんは喜んでないんだろ?と、思った。
雨が降ってた。針金を探して側の水たまりを測ってみた。
「なにしてんの?」
と、子どもたちは聞いた。
「穴が深いの測ってんだ。そうしないと父ちゃんが戻ってくるとき、溺れちゃうだろ?」
女の人たちは泣いてた。母ちゃんが泣いてた。ボクは長いこと父ちゃんを待ってた。
他の生存者。
お母さんは緑色のオーバーを着て、ブーツを履いて、暖かい毛布に6ヶ月になる妹を包みました。お母さんが帰って来るのをわたしは座って窓を見ながら待ってました。突然、通りを村民が何名か連れて行かれるのが見えました。その中に妹を連れたお母さんがいます。うちのそばを通ると、お母さんがこちらを見ました。反グラリス派はお母さんの顔を銃床で殴りました。
夜になって、おばちゃん、お母さんの妹がやってきました。激しく泣いて、髪をかきむしり、わたしを見て
「なんで、なんでこんなことになってしまったの!!!」
と、うめいてました。夜中に夢を見ました。お母さんが焚き木をしていて、妹が泣いているのです。今もお母さんたちといられるのは夜中だけです。
「あなたは2月もこの夢を見ていたわ」
と、おばちゃんが話してくれました。夕方、わたしは
「寝たくない」
と、激しく泣きました。その夢は見たくない。でも、見ていたい……。
今もその夢は怖いけど、お母さんと妹をその夢の中だけ出会えるんです。写真もないんですよ。
南洋諸島のフワムラという島があり、その村に住んでいる獣人たちに崇められてる『ロダン』と呼ばれる翼竜のような存在がいる。全身が黒い岩石のような皮膚に覆われており、翼の端は溶岩のように燃えている。そのため、羽ばたくだけで、高熱やソニックブームを発生させるという。
皇国領ニューラグーンに『すべての戦争の犠牲者のための記念碑』というものがある。
それは開放的な中庭にあり、2枚の石板で構成されている。それらは互いに少しづつズレた形で配置されており、片方は正方形、もう片方は少し狭い長方形であるが、同じ石でつくられ、同じ高さの重さであるという。
これは皇国領になるまでに犠牲となったものたちのための碑であるという。
あるとき、川島一族がグラリス帝を暗殺する計画があるとして、一触即発の状態となった。未亡人である千夜が人質として帝都に向かうことになる。心配した息子の利長に彼女は
「なにごとも家のことを一番に思いなさい」
と、言い残した。利長は
「わかりました」
と、うつむいてそう返したという。
幼帝継の時代、帝国と資源財団との間でのちに協定と呼ばれる相互条約が結ばれることになった。中心となったのは川島犬千代である。
この協定は、大陸世界の統合、つまりは帝国という単一の国家から、複数の組織に統一した規範を守らせることで平和を創ろうという試みであった。
結局、このときの協定は2勢力に共和国のケイハーム州が本国とオブザーバーの立場で参加しただけで、不完全なものに過ぎなかった。しかし、これはのちの世界にとって大きな一歩となるのである。
チューレ文化は大陸外にあるもっとも大きい島であったカラーリト島にかつて存在していたという文化である。
カラーリト島は今では境域開拓団によって開発されている地域の1つであるが、チューレ文化はそれ以前のものであった。
注:本文はここで終わっているため、チューレ文化についての詳細は不明。
ソルティ侯領は大陸と南洋諸島の間にある半島を指す。もともと帝国東方勢力の1つに数えられたが、時が経つにつれて、帝室派と東方派に分かれて、それに自主独立派を含めて、さながらミニ三国志といった状態になった。
そのうち、帝室がわの地方では、いにしえの帝国時代の史跡があり、ガラス珠が出土することがあるという。
半島の南部には、東西73、南北73ほどの楕円形のハルラ島という名前の島があり、南洋諸島と大陸のものが合わさった文化があったという。
また、半島の南の端にあるアリス湾には、小汀という小さな温泉街があり、とくに海岸線にある足湯は有名で、それに付けた温泉卵も名物である。
グラリス帝を巡る東方の混乱について、協定運営会議の声明。
『対話と平和を重んじる協定の原則に基づき、われわれは全当事者に対し、最大限の自制、人道的必要性を最優先とする即時停戦、外交と交渉に速やかに復帰することを訴える。協定は、関連するステークホルダーの間で、公式および非公式のレベルで、理解と信頼を促進するための対話、大陸に平和と安定を回復するための対話を強化することに力を尽くす。
川島利長(事務局長)
バニット(会長)』
フェルディナンド・プレトリウス氏は、帝都大学教授でいわゆる『探検する地理学者』だった方である。秋月国に2度来訪したことで知られる。
最初は帝国使節団の書記官として5ヶ月滞在、その後、大陸外を回って再度来訪した。それらは今日では『プレトリウス教授の秋月国滞在記』として纏められている。
秋月国大陸鉄道は、秋月国内で帝国の混乱を利用して大陸に進出しようとする強硬派が、表面上は会社として、実態は軍官民の呉越同舟というような組織である。
創設者は、内多吉継氏。
ムング教は、ムング族が信仰する宗教のことである。またムング族以外でかれらの神や文化を信奉するものたちもいる。有名なのは市政にも関与しているラコネス派。
もともとはムング族のコミュニティの中でだけの信仰であったが、長い戦乱の中外にもひろがっていった。その過程で、来訪者や獣人の持っていた信仰も混じっていき、もとのムング教とはほとんど別物になっていく。例えば、教えを広める立場のものも坊主だったり導師だったりして、一貫していない。そのあたりの鷹揚さが広まる一因であろう。
ディエトキルフェは共和国と皇国の国境線にある7000ほどの住民がいる小さな街である。
その割に多くのお祭りがあることで。また街の名を冠した
行われてるおもな祭りは、チュウリップ祭り、夏祭り、ディエトキルフェ国際映画祭、熱気球フェスティバル、雪まつりがある。
チャールズ氏は、ディエトキルフェ選出の共和国議会議員であった。かれは、共和国内の土地を住民主権の原則を導入したことで、少数派差別の温床と化していた奴隷制の賛成派と反対派の対立が先鋭化してしまう契機となったバトラーダグラス法の反対者として知られていた。
あるとき、かれは
「バトラーダグラス法は犯罪的ですらある」
と、議会で演説した。壇上を降りたかれに、バトラーダグラス法の立案者の甥であったプレストン氏が杖で殴りかかってきた。チャールズ氏は重傷を負ったという。
マリエハムン諸島は、北方にある小さな島々で、帝国領である。
しかし、住民たちは共和国に帰属することを望み、戦争に発展しかけた。
そこで、協定運営会議が仲介し、いわゆる大陸世界初の非武装地帯となることになる。
クットーの生涯は全体的に明らかになったわけではないが、ディエトキルフェで生まれた亜人であるとされる。20歳ころ、帝都で絵を学び、のちディエトキルフェに帰ったという。
柔和で節目がちの女性の絵を得意としていて、代表作に『ある淑女像』がある。
南洋諸島の東の果てに帝国の大きな流刑地があった。
その地は『オスト』と呼ばれる。
面積こそ、大陸に匹敵する程であると言われるものの、いまだ大半が未知の世界であり、住民の大部分は玄関口のノースゲート周辺に集中していた。
これらの開拓は境域開拓団によって担われていた。
また、常に兵力の問題を抱えていた資源財団にとっては貴重な兵員供給地となっている。
そして大陸の戦乱が長期化に伴って、オストは避難所としての側面を持ち始めた。
南北で気候が全く違っていて、南西部は極寒地帯があり、カナックという町に600名ほど住んでいる他は暗く寒い。
大陸からみると、辺境と言っていい地域のため、例えばいわゆるデブリと呼ばれる宇宙ゴミの収集で財をなしたシャルンホルスト氏のような特異なものたちが育っていく環境であった。
一方、北西地域は小さいながらもひらけた地域で、例えば中心都市ハイパインのにある地域を統括する政庁は、今事務所というところが設計した大陸世界1美しい庁舎と呼ばれている。
オストのノースゲートとカナックまでの中継地は宇井島と呼ばれて、西側を海、三方を山に囲まれている。
境域開拓団から派遣されて、この地の代官となっていたディビットというものは、好奇心旺盛な質で、大陸で宇宙船なるものが造られたというのに興味を持ち
「うちでも欲しいワン」
と、そんなものに縁もゆかりもない嘉造という町工場の職人になんと一任してしまった。苦節10年、完成したとき、嘉造は
「やっとこせ、宇宙ロケットやーい!」
と叫んだという。かれの呻吟苦難の結果、宇井島宇宙ステーションが出来た。
和泉野は秋月国の南の端にある小さな漁港であったが、内乱のドサクサに紛れ、資源財団が租借した土地である。
その後、協定の仲裁により、秋月国、資源財団、そして学園都市の三者による共同統治のような形に落ち着く。と言っても、資源財団が津山海運と和泉野運輸の株主となりその利権を有していたこと、学園都市がかれらが運営する教育機関を設立したこと以外は、秋月国が主権を持つ形であった。
秋月国から派遣されてきたのは伊達頼光という倉成の代官をしていたもので、かれは和泉野初代総督として統治。この2都市のあった柳川でじょじょに影響力を
増していくことになる。
初代総督こそ秋月国から直に任命されたものがなっていたが、以降は主に資源財団から派遣された担当者が任命される形になっていく。
2代目総督チャールズは帝国の皇帝近臣としてとくに有力者であった珠洲島冬嗣の娘の夫だったものである。かれは舅譲りと言われた強引なやり方で、和泉野を発展させたという。
(編注:ここ以降に不自然な空白がある)
ともあれ、こうして交易街としての和泉野が整備されていく。
キングズ・ロー市長で学園都市の2代目理事長も勤めたジョンの妻アビーは賢夫人として名高いが、とくに権利問題や平等権に強い感心を持っていた。あるとき、遊説中の夫に宛てて
『女性のことは忘れないでください。夫の手に権力を無制限に与えないようにしてください。もし女性に対して特別の配慮が払われないなら、わたしたちは暴動を起こしますよ』
と、書き送っている。
境鳥党は共和国の将校たちの中で、帝国にシンパシーを持っていた集団である。由来は鼻の高い赤ら顔の怪異。共和国南部にあるフラウスター地方中心に活動していた。
コシロウやイナノエモンといったものが中核で、年長のイナノエモンが総帥となっていた。
この乱の鎮圧にあたったのはバドだったが
「ここで根こそぎ潰さなければ、後々の災いとなる」
と、かれは判断し、シンパや境鳥党に近い有力者もろとも境鳥党を排除した。
バドの懸念は当たり、共和国は南北に分断していくことになる。
ラウプホルツ公が自分の先生に政治について訊ねたとき、その先生はこう答えた。
「君主を君主とし、家臣を家臣とし、父を父とし、子を子とすることだ」
公はこの答えに、こうコメントした。
「すばらしい。君主を君主でなく、家臣を家臣でなく、父が父でなく、子が子でなければ、食べものがあっても、それを食べることなど許されようか」
ヴァンアーブル師には2名の同級生であり親友でもあるものたちがいた。
そのうちタカは集団生活が苦手で、ヴァンアーブルを始めとした親友以外の同級生や上司といったものたちとウマが合わず、隠遁してチキュウの詩人や哲学の紹介に努めた。
やがて、秋月国こそが文明の源であるという奇説を提唱し、生涯をその説の普及に捧げたと言う。
かれは、本邦における『失われた大陸』(編注:チキュウでいうアトランティスやムー、レムリアのようなもの)の最初とは言わずとも、最初期の研究者であり、かれの説から秋月国発の超古代文明に関するもろもろが始まる。
ある猫の先生曰く。
「学んで適当な時期にこれを復習する。悦びではにゃいか。遠方から友だちが来る。愉しいじゃにゃいか。皆が知らにゃくてもいいにゃにゃいか。それが君子というものにゃ」
また、別の先生は例え話を語っていた。
「ある母が子どもに
『お前、にゃんでマルコチャンと付き合うのやめたにゃ』
と、訊いた。子どもは
『酒飲んで、タバコ吸って、オクスリもやる、母さんにゃら付き合うにゃ?』
と返す。
『そんにゃの、イヤだにゃ』
『マルコもそう言うんにゃ』」
また、別の先生はこんなことを言っていた。
「わたしたちのいるこの世界がどんにゃ風ににゃっているか、他にもおにゃじようにゃ世界があるのか、そしてそこにもわたしたちのようにゃ存在がいるかということほど、わたしたちの関心を惹くものはにゃい」
また、別の先生はこう言っていた。
「立派な戦士は力にたよらにゃい。上手に戦うものは我を忘れにゃい。真に敵に勝つものはそもそも戦闘しにゃい。巧く配下を動かせるものは逆に配下ににゃる。これらのことを争わぬ徳と言い、これを他のものの能力を巧く使うということにゃ。これは節理に匹敵する古からの知恵にゃ」
また、別の先生はこんなことを言った。
「谷にいる神さまは決して衰え、滅びることはにゃい。これは奥深く底の知れにゃい女性の力にゃ。奥深く底知れにゃい女性の内、これは言うにゃらば、天地から万物がうまれる根源にゃ。いつまでもずっと作用を続けるけど、いくら使っても疲れにゃい」
また、別の先生はこう告げる。
「わたしは断固として現在の主にゃ。そして現在は永遠にわたってわたしの影のようにわたしにつきまとうだろうにゃ。たから現在がどこから来たのか、どうしてたまたま今という今が現在なのかということを不思議とは思わにゃい」
ある猫の先生が乗っていた個人用の蒸気馬車はイビキのような音を立てて、カメのようにゆっくり進んでいた。近所のものが、心配して言った。
「しかし先生。この調子じゃ家に着きませんよ」
先生は答える。
「オレは着くために乗ってるんにゃない。進むためニャ」
また、別の猫はこう語ったのが著作に書かれている。
『ゲームを始めるとき、晴れて太陽が出ている日にゃら、敵の正面に太陽が来るようにしにゃさい。目が見えにゃくにゃります。もしその日が暗く、灯りを灯してゲームをするのであれば、敵の右側に光が来るようにしにゃさい。見えにくくにゃりますし、敵が右手をゲーム盤に持ってくると影ができにゃす。そうすると、敵はどこに駒を動かしたらよいのかわからなくにゃります』
共和国の医師ドラ氏の見積もったところによると、世界は不治の病の治療よりも、男性の性的能力を高める刺激剤と女性の美しさのための技術に5倍の投資をしているという。
かれはこう予言した。
「あと数年で、胸の大きな老婆と股間の頑丈な老人が出てくるが、かれらのうちだれも、それがにゃんのためにゃのかを覚えていにゃいだろう」
グラリス帝時代の帝国のいわゆる警察機構は壊滅状態で、あるものはこう述懐していた。
「戦争や経済といった理由から抑圧された状況に置かれたものたちは、暴発しがちになる。そして暴発すると、その暴発は治安当局に向かいます。われわれは目につきやすい存在なのです。われわれ自身が問題なのではない。われわれは問題の結果への取り組みの任を負わされてるわけです」
そのためにグラリス帝は家宰のボロクルに警察機構の再建を命じた。
大陸東側の共和国よりの海岸部に3つの都市があった。すなわち『ヴェスティア』『ベルギカ』『ラコネス』である。
ヴェスティアはかつて帝国と互角の戦いをしたという海洋国家が作った都市である。海上交易や観光地・海水浴場として、また海賊団の棲家としてしられている。
この地は一代の英傑静海の出身地であり、この都市の力を背景に静海とその一族は大陸中に雄飛していった。しかし、その繋がりのために、静海死去とその一族の没落の影響をもろに被ってしまう。
そうしてヴェスティアに攻めてきた帝国軍を鷹目と呼ばれた耳付きの海賊が、たった1名で倒してしまう。
無数のATを生身で退けたかれに市民たちは歓呼の声を上げたが、鷹目自身は
「そんなめんどくさいこと、勘弁してもらいたい」
と、英雄ではなく1市民として過ごしたという。
このあたりでは、独自の音楽文化があったというが、いわゆる三国時代に入ったこの時点では消えかかっていた。それに危機感を覚えたロドルフ男爵というものが楽団を作り、また『ヴェスティア音楽の理論と実践』を著した。それでこの地の音楽は残っているのである。
さて、帝国襲来後の混乱を治めたのは、ローリングスのいうもので、もともとは軍士官であったが、静海に批判的であったため収監されていた。
その後、混乱の最中、解放されたローリングスは、ヴェスティア革命評議会議長に就任し、静海に群がっていたものたちを処罰していった。曰く
「これは改革ではにゃい。わたしが求めているのは、この街を根本から変革していく、革命そのものである」
不思議なことに、鷹目とローリングスは生涯盟友であったという。
鷹目はその印象的な瞳で、世間の女性たちを魅了していたという。それがどれほどであったかは、ヴェスティア中でかれの瞳の色であった青みがかったグレーが当時の流行色となったことに表れていた。
ベルギカは帝国と共和国の緩衝地帯に存在している都市で、両者から任命された代官が市政に関わらない象徴的君主として存在している珍しい都市である。
この都市が知られるようになったキッカケは、アルトウェルペン氏を隊長とした南極探検であろう。乗っていたジェルラシ号が氷に閉じ込められるなどの危難に合いながら、ペンギンやクジラを観察したり、初めて南極近辺の地図を作るなどの偉業を成し遂げたのである。
この都市出身者として悪名高いのはロウアイというもので、この女たらしの行状については、ベルギカのある官吏の述懐がすべてあらわしているだろう。
「このものの大きな存在感には滑稽な一面があった。ハナシをこしらえることができたばかりか、思いがけない出来事が起こるたびに、それに即興で合わせて、結論を自分のものにしていくことができた。がさつな話ぶりに機知のようなものがなかった訳ではない。かれがその場にあらわれると、きっといい気晴らしになるぞと、みなが思うのだ」
ベルギカの市外にある小さな集落の住民は傭兵として知られていた。最盛期には50名ほどいたともいう。かれらはいわゆるスナイプ能力に長けていたため、3都市を中心に重宝されていた。
ラコネスへ戦火から逃げてきたものが、ラコネス市民に助けを求めて、自分たちの困窮ぶりに見合った長さの口上を述べた。それに対して、ラコネス市民たちは
「ハナシが長い。最初は忘れたし、後半はわからん」
と、返答した。戦火から逃れたものはすると、からっぽのフクロを指差し
「このフクロには食料が入ってない」
と、言った。ラコネス市民は
「わかった、援助しましょう。それにしても、『このフクロ』は冗長すぎる」
と、述べた。
ラコネスは、このようなある種の簡潔さとムング教徒としての厳格さがあった。これらのシステムを作ったのは、
かれらの生活を支えていたのは、市外民の労働と、アニマの採掘地の近くにあったことからの、アニマ資源による富であった。
この地になぜムング教徒が根を張ったかというと、もともとムング教徒はその数を増やしつつも迫害されてきたが、あるとき、とうとう帝都にあった大きな寺院を燃やされる事態が起き、ラコネスに移転せざるえなくなる。マクシミリアン帝の時代に講和が成立し、ムング教ラコネス派と呼ばれたかれらは繁栄していくことになる。そして、ムング教と市行政は共存共栄の関係となった。ラコネス派の伸長と市の繁栄が一致したのである。
帝国東部は伝統的に帝都や帝室との仲が悪かったのだが、ヴェスティア、ベルギカ、ラコネスの3都市は例外で、帝国による東部や南洋諸島の統治もトリニティとも呼ばれるこの3都市を通して行われていた。その統治範囲はさらに広がり、宇宙開拓の帝国側代理人となる。そして、グラリス帝の頃には、トリニティは協定諸勢力の宇宙開発のために作られた
大陸世界がある宇宙は、いわゆる太陽となる恒星と、大陸がある星ともう1つ兄弟星の2つの惑星、その惑星の周りをダイモンという衛星が回り、兄弟星の方には4つの衛星が回っている。つまり、大陸世界のある星系には1つの恒星と2つの惑星、5つの衛星があるということだ。
編注:のちに恒星の近くを小惑星が回っていることが確認されている。
兄弟星は
ところが、ここで諸勢力で1番乗りで兄弟星のへ探査船を派遣できたのは、皇国であった。
ダイモンは大陸世界のある星の衛星であり、本星を超えるアニマ資源があるため、境域開拓団を中心とした大陸諸勢力による開発がなされている。
宇宙開拓者の中にテラーズというものがいた。かれは大陸世界を生きるものたちを憎悪しており、曰く
「あいつらはこの宇宙に巣食う病人だワン」
と、公言しておりダイモンの資源採取用施設を大陸に落とそうとしたが
「やってられにゃいにゃ!」
と、同志に裏切られて、首を刎ねられたという。
結局、この事件のあと、宇宙開拓者の一部はヨッキーとハインリヒという選民思想の持ち主たちによって警察国家とでもいう集団を形成し始める。かれらは自分以外を蔑視して
『選ばれた宇宙市民』
を名乗り、他のものたちを『劣ったやつら』という扱いをする。
だが、この集団の構成員がすべて優れた頭脳の持ち主かというとそうではない。かれらの多くはヨッキーとハインリヒにたぶらかされただけだった。
また、別の一部は帝国から爵位をもらい、貴族主義者となって他の宇宙開拓者たちを差別していた。
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