共和国世家および列伝

 帝国で何度目かの大乱があったときの話である。

 帝国南部4州を治めるものたちが集まった。

「もはや、帝国に未来はない。我ら独立すべし」

「しかし、我らは財も武も少ない」

「だからこそ力を合わせねばならぬ、抜きん出たものを作るより、力をあわせるべきだ」

「おお」

と、彼らが話していると、1人の白髪頭が現れて話しかけた。

「ならば、私も微力ながら協力いたしましょう」

「貴方は?」

「私は州境にある、来訪者の門を守護するものです。もはや、帝国に門を守る力はありません。貴方たちに協力する代わりに守っていただきたいのです」

「わかりました。お任せあれ」

 これが共和国のはじまりである。


 シケイは現在共和国とよばれる地域にあった来訪者の門の守護者の1人であるが、資産家としても知られ、かつて帝国の勇将マサムネに食料の提供をもとめられ、クラ1つ分をそっくりかし、マサムネを

「にゃんと大きい方にゃ」

と、驚嘆させた。

 そしてマサムネの紹介で先の会議に出席し、共和国の原型にあたる連合軍を提唱し、会議の出席者たちに信頼された。以後は、4州によって選ばれた主宰者の右腕として重用されることになる。


 さて、シケイが共和国を構想したキッカケは、甥の回想録とよれば、こうであった。

 かれは療養のために甥の家にきたのだが、そのとき甥の家などで、農民や労働者を鞭打つ光景を目撃した。

「シケイおじさんは、田舎の粗野や不正といったものに、深いショックをうけたのであった」(回想録)

 つまり、このようなことが起こるのは、社会自体に問題があると考えたのである。

 そして、これが民衆のための国、そのための前段階としての連合体制の構想を生むキッカケとなったのである。

 この甥の名は、マルゼンスキーという。

 シケイはこの事業の道半ばで死亡し、その事業は友人のシンクロウと、弟子のシメイに託されることになった。


 シメイはルネージュの出身で、幼いころはシケイのもとで、学んでいたという。そのあと軍人になった。

 シケイの死後は、シケイの友人シンクロウと一緒に共和国構想を進めた。自身の部隊で電光石火、連合の領主たちを脅し、必要なら粛正することで、大陸史上初の普通選挙を実現させた。そうして初代統領にヘズンという領主が就任した。シンクロウが初代首相となり、シメイは近衛連隊隊長となった。

 そのころ皇国が共和国侵攻の動きをしめしていたが、シメイは病気をよそおって、警戒心をとき、敵将ウィナスを孤立無援に追い込んで、息子ともども捕らえて処刑してしまった。

 その祝宴で、シメイはウィナスの霊にとりつかれてしまい、シンクロウに

「裏切り者の鼠、猫目のクソガキ」

とののしり

「われこそはウィナスなり」

と、叫ぶなり、体中から血をながして息絶えたという。

 しかし、これはシメイがくだんの防衛戦の後に病死してしまったために広まった伝説にすぎないようだ。享年36。


 シンクロウの祖父は帝都出身の行政家で、名前も同じシンクロウ。土着した後は領主の1人となった。次代には連合でも有力な領主となっていて、シンクロウの父(かれの名前もシンクロウで、3代にわたって名前を世襲している)はシケイの政治的な後ろ盾であった。

 3代目のシンクロウも有能な民政家で、初代首相として在任中に大陸初の憲法制定をはじめとした、共和国を国家として確立する事業に力を尽くした。在任期間は12年。首相の座から下りたのちも、政界の重鎮であった。


 シメイとシンクロウのコンビの活躍として知られるのが、ロギオン城夜戦である。

 シケイの死後、帝国に戻ろうとした領主たちが、ロギオン城を包囲した。すぐに開城すると思われたが、守将であるルカーチは半年以上も耐えた。その間にシンクロウは方々に和平交渉を働きかけた。何か月も攻城戦を続けていた上に、共和国側の消極的な動きに、帝国に戻ろうとした面々は油断した。機を見極めたシメイは、ある日の夜、ついに敵に強襲した。3000名以上討ち取ったという。この勝利で、共和国の地盤は強固になる。


 ルカーチはもともと2代目シンクロウのもとに居候していたものだったが、シメイに見いだされて、1軍を率いる身分となった。シメイの死後は、共和国の軍権をになっていくことになる。

 性格は良く言えば勇猛果敢、悪く言えば粗忽もので、シメイはかれを評して

「もしわが軍が破れて、死亡者を見分すると、23体目にルカーチがおるだろうにゃ」

と、言っていた。


 リビッチは共和国の音楽家として知られている。生まれは現在は共和国領であるエスタリア。

 帝都の音楽学校で学んだ彼女は、故郷へ帰るとすぐに起こった共和国建国に至る混乱の中を義勇兵としていくつかの戦場へ赴く。

 その後、リビッチは故郷エスタリアで音楽の教鞭をとり、後進の育成にあたりながら、作品を作っていった。

「とても熱心で、そして人柄も良くって人気の先生だったにゃ」

とは、後年教え子だった音楽家の回想。

 作風は地元の民俗音楽と、帝都で学んだ現代的な音楽の影響を受けて斬新な新旧の結合と評される。代表作は『叫び』『ワールズエンド』「グッパイハピネス。」等がある。


 フラウスターは帝国と共和国の係争地だった領域で、共和国独立時に同じような独立をのぞんだが、帝国の侵攻をうけ、のちに『アラモ砦の再来』と呼ばれた悲劇的な戦闘をへてなんとか無事に独立をはたした。

 反撃の指揮を執ったディアナという女性が初代元首についた。

 しかし、帝国の圧迫は続き、ついには首都ロギオンを包囲され街には無法者デスペラードと呼ばれる犯罪者が徒党を組んで暴れるなど、内外が危機的状況になった。事ここに至って、フラウスターは共和国との合流をえらんだ。

 なお、ディアナは毎年の12月25日、救護院や貧者の家庭にプレゼントを持って訪問したりする1面があり、そのため

「すべての民たちのために生きる女性で、民衆の元首である」

と、評された。


 アニーは丸太小屋に生まれた。10歳で天涯孤独の身になると、父に学んだ狩猟を始める。銃の名手となって、天京院末吉の息子元春が主催した野外劇で活躍した。

 空中に投げたトランプのハートの6を落下するまでに6つのハートすべて撃ち抜くことができた。

 性格は謙虚で親切で、博愛主義者であったという。


 2方面に兵を割くのを避けるため、1時的とはいえ帝国と講和しなければならなくなったとき、たまたま帝国からティブという男が帰ってきた。かれはロギオン城夜戦で敗北した側にいて、帝国に逃げる1団の中にいたのである。

 なぜかれが帰ってきたのかいぶかしむ声もあったが、ともあれ貴重な帝国の内情を知っているかれを中心に、和平交渉がはじまった。

 のちに救国の女傑といわれるフェルミダにたいする残酷な処遇で悪名高いティブはこうして共和国の政界に登場したのである。

 結果として、共和国が帝国に臣下の礼を取ることで和平は(多くの不満を残しつつ)成った。この和平は皇国との戦闘が終わり、かれらとの和平が模索されたときに改定されることになる。

 ティブは晩年、身体のあちこちが膿み腐り、苦しみながら亡くなったという。嫌われていたかれには揶揄や嘲笑が投げかけられ、街ではこんな辛辣な小唄が流行った。

『ティブはその生涯を使い切り

その哀しい運命を終えた

ドロボウどもよ、震えるがよい、悪女たちよ、逃げるがよい

おまえたちは父親をなくしたのだ』


 ある戦場でシメイのかたわらに見知らぬ若者がいたので、ルカーチは訊ねた。

「誰ですにゃ?」

 シメイは答えた。

「本国無双の勇士、ナオイエだにゃ」

 すると、ルカーチはさらに訊ねた。

「へえ、その若造が?」

「うむ、帝国や皇国との戦場で、オヤジといっしょに命を捨てるような戦いを何度もやってるにゃ」

 これを聞いたルカーチはガハハと笑いながら言った。

「そんなんだれでもやってますにゃ。わたしは一軍を預かる身なので、指揮することで忠をしめしてるのですにゃ」

 そして、その場に控えた部下たちに

「お前ら、今度の戦ではテメエで戦って、本国無双の勇士と褒めてもらえにゃ!!!」

と、叱咤した。


 共和国政府は、外交上の利益とすべく他国の支配者に特別な関心を寄せており、当然タイシン帝の身辺情報も入手しようとしていた。

 帝都駐在の大使マクセンがその使命を負っていた。かれは常に片手に時計を握っていた。マクセンは共和国に対して、タイシン帝の後宮の庭園での休息には、政治的思惑は認められないと報告した。

『タイシン帝はガーデナーの娘と30分を共に過ごすことを日課としていますが、会っている時間の短さからわかるように、お求めになるほどの利益はありません』


 さて、ティブのあとを継いで共和国の政務を司っていたのはヤスモリというものであったが、帝国追従路線を進める過程で専制の色を強め、当の親帝国派すら忌避されるようになっていた。結果としてかれは何者かに暗殺され、ちょうど大統領選挙の時期でもあったので、共和国の国民は新しい指導者を選ぶことになった。

「親帝国とも反帝国とも距離がある大統領が良いにゃあ」

と、選ばれたのはネルバという猫であった。


 ティブが大統領になったころ、バンという流浪の民がいた。多くは地主や金持ちの奴隷となり、家畜の飼育係、下男、料理番、農場の労働者、楽師として仕えた。

 かれらは天下無敵の自由な民で、法律は無視、教育は受けず、あまつさえモノをかすめ取る。そのため差別され、とくにヤスモリの時代には集団虐殺まで発生したという。

 ネルバが大統領になって、ヤスモリの政策を多くは継承したが、バン対策については、トラヤスという部下の

「彼らの習性にあわせて、生活を向上させましょうにゃ」

と言う献言で、かれらに学習や就職を推進し、またバンの長老に交渉した結果、長老が裁判官として、トラブルの解決を任せた。またかれらが音楽が得意ということで、国営のブラスバンドを設立。

 そのため、バンの政治家が生まれるほど、社会的に向上し、この功績で、トラヤスはネルバ政権の首相に任命される。


 トラヤスは、もともと首相のような地位に就く身分ではなかった。先祖代々、兵士や専業農家、アニマ掘りといった労働系以外の生業になったものはいなく、トラヤスも共和国の1兵士として生涯を終えるはずであった。

 しかし、運命とはわからないもので、護衛ボディガードとしてヤスモリに仕えたとき、その頑健さの裏にある政治家としての能力に気づいたヤスモリに

「オレの腹心になるにゃ」

と、特別補佐官に就任。ネルバ政権になっても留任して、首相にまでなったのである。

 そして、ネルバの退任後、ついにトラヤスは大統領に就任する。ネルバは既に病気がちで、退任直後に亡くなった。ネルバ政権は1月7ヶ月続いた。

 そして跡を継いだトラヤスの時代に『第一共和政』と呼ばれる当時の共和国は絶頂期を迎えるのである。


 あるとき、補佐官がトラヤスに高名な軍人のサインとかれらが書いた詩を見せた。それを見てトラヤスは

「軍人なのに武勇がにゃくて豪華なのは、ネコがネズミを捕らにゃいで毛色が麗しいのと同じにゃ。戦にキチンとしていれば、芸事が出来にゃくても豪華にゃ。戦こそ軍人の本業にゃ。自分の本業でもない芸事に優れていることこそ心残りにゃ。石うすはいろいろ役にたつが部屋に入れず、茶うすは茶を挽く1つの本業で部屋に置けるにゃ。この2名のサインも詩も石うす芸にゃ」

と、言ったという。


 さて、あるとき大統領官邸の増築が急に決まり、腹心のバドというものが指揮を任されることになった。かれは利発な猫だったので、大工を大勢集め、昼夜をとわず働かせ大枠を造った。カベは紙を貼ってその場をしのいだ。

 トラヤスは喜んだが、当時首相であったドノーレが

「バドは知恵者にゃが、心得違いがあるにゃ」

と、バドを呼び出して曰く

「偉い方には、出来ることと出来にゃいことを知らせにゃきゃいけにゃい。トラヤス大統領の威光で、1日でどんな作業もできるだろうにゃ。しかし、それは自分がにゃんでも出来るという過信につにゃがる。それでは下のものも疲れ、無益の浪費もあるにゃ。心得られよにゃ」

 バドは

「わかりにゃした、以後気を付けますにゃ」

と、神妙にうなずいた。

 ドノーレはティブに幼少のころえから信任され、以後ヤスモリ、ネルバ、トラヤスと代々の大統領に近臣として仕える。トラヤスの治世で首相に任命された。


 トラヤスの時代、かれ自身が人材登用の門戸を開けていたので、いろいろな者が共和国に来ていた。

 たとえば、あるドラゴニアンは、熱湯風呂に入って溺れたフリをしたり、熱くなった食べ物を一生懸命に食べ、それは滑稽であったが、トラヤスは

「おうおう、愛い奴だにゃ」

と、可愛がっていた。

 また、こんなものもいた。

 かれは完璧な観察眼と周到さで最適な隠れ場所を選ぶと、夜明けの寒さも真昼の太陽も耐え、延々と待ち、標的がくるやすぐに撃って、標的を倒した。その正確さや、百発百中。敵ながら見事な狙撃の腕に、帝国や皇国の兵士は苦しめられながらも感嘆し『釘打ちポロ』と呼んだ。釘打ちポロが何名の兵士を射殺したか、正確な数字は不明だが、その正体や最期については何もわかっていない。というのも、ある時期から釘打ちポロの話が兵士たちの間でパタリとなくなり、記録にも存在しなくなったからである。

 また、こんなものもいた。

 イチと呼ばれる獣人は、絶滅危惧種であった狼型の獣人であった。かれがいた森にあったコミュニティの獣人は皆死んで、かれ1匹だけになってしまったという。保安官に捕まったかれは、『野生児』と呼ばれ、生物学者の四葉博士に預けられることになった。

 四葉博士はイチを見世物にせず、できる限り、もとの暮らしをさせてあげた。そのためかかれは

「ほかの仲間は皆死んでしまって、森には悪い精霊だけが住んでるから、帰りたくない」

と、研究施設を自らの居場所と考えたようである。

 やがて、イチは亡くなり、四葉博士は遺言にしたがって、森のどこかに埋葬した。今ではその墓の場所もわからなくなり、イチの記憶は四葉博士の妻が書いた本の中だけである。

 また、こんなものもいた。

 共和国南部びある小さな山にテツエモンという者がいた。道案内がとくいで、1万の中で特に優れていると言われていた。山のふもとにある村から共和国の首都まで不通に歩くだけで2週間もかかるところを荷物を持って2日で走破できたという。曰く

「1週間もあれば共和国を7周できるにゃ」

とのことである。

 また、こんなものもいた。

 シュンパンという猫は、ネルバ、トラヤスに仕えた吏僚で、皇国との要衝の差配をしていた。また、同僚の竹井という猫に詩を学び、今日では詩人として知られている。

 作品に

『薄に交る 葦の一もと 古沼の 浅き方より 野となりて』

がある。

 また、こんな話がある。

 ガンリュウとムサシというものたちの試合のことを、その日見たという古老に聞いたところでは、すでにその日、上下の区別なく見物のために会場の小島に渡海するものたちが甚だ多かった。

 ガンリュウも船場に来て乗船。かれは渡し守に

「今日は客が多いね、どうしたんだろう?」

と、訊くと渡し守は

「知らにゃいんですか、今日はガンリュウという方とムサシというものが小島で試合するんですにゃ。そのためにひっきりなしに客がくるんですにゃ」

と、返す。ガンリュウが名乗ると、渡し守は驚いて、小声で

「あなたがガンリュウにゃら、船を他所にやりますにゃ。早くお逃げにゃさい。あなたの技が神のごとしといっても、ムサシは仲間をいっぱい呼んでますにゃ。命を保つのも難しいですにゃ」

と、言った。ガンリュウは

「わたしは今日の試合に命を懸けてる。あなたが正しいとしても、試合とやると約束したからには、たとえ死んでも試合をしなければ。それが勇士というものだよ。わたしはかならず死ぬけど、あなたはわたしを忘れないでほしい」

と、言うとふところから財布を出すと、渡し守にあたえた。渡し守は涙を流した。

 そうこうしているうちに、船は小島に着いた。ガンリュウは船から飛び降りて、ムサシを待つ。ムサシもここに来て、剣を交わし合った。ガンリュウは一生懸命に電光のごとく技をふるったが、不幸にして小島で命を落とすことになった。

 また、こんなものがいた。

 シゲツグという尉官は、きわめて朴訥なものであった。トラヤスが最前線の砦から帰投する折、河原に人型を煮ることが出来るくらいの大きさの釜があった。これをみたトラヤス

「これを持ってこう」

と、言う。言われた通り釜を持っていく道すがら、シゲツグがそれを見て

「なんにゃ、これ?」

と、訊くと釜を持っていくよう命じられた兵士は仔細を話した。シゲツグは

「そりゃ、いかん。トラヤスさまがそのような所業が好きなサディストと思われるにゃ」

と、持ってきた兵士に命じて砕き、捨てさせた。

 それを聞いたトラヤスはシゲツグを呼び

「たしかにわたしが間違えていた。許してくれ」

と、謝った。シゲツグは感極まって涙を流しながら

「わかってくだされば、よろしいのですにゃ」

と、言った。

 また、こんな話がある。

 ある戦場で坂額という女傑が捕虜になり、共和国の将校が勝ち誇って

「坂額とやら、ずいぶん手こずらせたな。だが、こうなっては、手も足も出まい」

と、言った。すると彼女は

「にゃんの、捕まったとはいえ心は屈しにゃい。とっとと処刑するにゃ!!!」

と、返す。騒然とする中、ある者が

「わたしの妻として、迎えさせてください」

と、進み出る。かれは坂額に一目惚れしたのである。

「どう言うつもりだ?」

と、問われて

「これほど剛毅な女性この子どもならば、良き子となるでしょう。共和国のためにその子どもを作りたいのです」

と、答えた。

 その訴えは許され、かれは坂額にプロポーズすることに。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ、不束者ですがどうぞよろしくお願いします」

 こうして、結婚したかれらは、仲睦まじく暮らしたという。

 また、こんな話がある。

 ある剣士が病に倒れ、静養中の話である。

 昼間に療養所の庭を散策していたかれは、野良ネコを見つけた。斬ろうとするが、斬れない。次の日の昼間にまたネコを見かけたので、再度試みるが、ネコの眼を睨むことしかできない。

「オレ、もう斬れない」

と、悲痛な声をあげて倒れ、急いで医師を呼ぶ騒ぎになった。それきり回復せず、その次の日のやはり昼間に眼を閉じたまま看護師に

「あのネコは来てるだろうね」

と、これが最期の言葉で、その夕方に息を引き取ったという。

 また、こんな話がある。

 引退したケイハームの元知事が庁舎にお金を送った。曰く

「わたしが在任中はわたし自身が庁舎にくるハトのエサをやっていたが、今では誰もエサをやってないと聞いたので、それ用の予算を送りました」

 それ以来、庁舎にハト係が出来て、エサやりをしているという。

 また、こんなものがいた。

 アミニーヤは共和国南部にあるサンゴ島の大半を支配したというマジディヤという領主であった議員の4男であったという。本来家督を相続する立場になかったが、長男は皇国との戦争で戦死したため、代わって後を継いだ。しかし、家中を統率することが出来ず、議員資格をはく奪されてしまう。以後は教師としてトラヤス統治下ですごしたという。

 また、こんなものもいた。

 ムートン氏は、もとは帝国東部出身の獣人であるが、あらぬ罪をきせられ、ケイハームに移住、そこの経済官僚として生涯を過ごす。

『大陸の平和は1日にしてならず、また単一の構想によって成り立つものではない。事実上の結束をまず生み出すという具体的な実績を積み上げることによって築かれるものである』

と、著書に書いたように、協定にケイハームをねじ込むことによって大陸世界平和の可能性を示し、今日では大陸世界統合の父と呼ばれる。

 さて、ムートンがもう1つ有名な理由は、どこへ行くのも、クリメントというヴァレットを連れていたからである。ヴァレット使用人の一種で1名で主人の身の回りの世話、具体的には

・クリーニング

・靴磨き

・荷物の荷解き

・風呂の水の入れ替え

・射撃のとき、銃弾を装填

と、いろいろなことをする役職である。

 また、こんな地域がある。

 ドライアードは共和国と南洋諸島の中継地である。もともと熱帯雨林が生い茂るくらいで特徴があまりない地域であったが、共和国南部に運河が出来ることで、その周囲にあったドライアードも発展を始める。

 この地域で特徴的なのは、来訪者の世界で『スマートシティ』と呼ばれる都市モデルの大陸世界における理想的な都市であるからであった。

 また、こんなものたちもいた。

 ティルという農夫は農業の合間に軍記を読んで、内容を忘れず、村の集会では質問されたら、書のように正確であると評判であったという。

 著作としては『共和国前史』童話『シマウマのコンバ』がある。

(編注:本書で書かれた共和国の記述もかれの著作を参照したところが多々ある)

 その息子はティルという名前であったが、父に似ず武辺もので、長じてトラヤスの護衛となった。かれは兵士として戦場にいたとき、眼前にいた敵を見捨て退いたことがある。トラヤスは

「ティルよ、どういうワケで眼前の敵を見捨てて退いたのか?」

と、訊いたので、ティルは

「わたしに向かう敵ならば、たとえこの身に矢弾が当たっても、その敵を倒さないでは退かないのですが、戦いを好まない敵はたとえ眼前にあっても、捨て置いて引き上げます。敵でもしたがえば味方です。それゆえ向かわない者を殺すことは好まず、生かし置いてしたがえることがよろしいかと思います」

と、答えた。トラヤスは

「これぞ、わたしの護衛にふさわしい智勇兼備だ」

と、殊のほか称賛したという。


 トラヤス時代の逸話をいくつか紹介したが、最後にトラヤス自身の評価について書いておこう。

 トラヤスは知勇仁の徳があり、騒がず、戦略を心に秘めて領土拡大の意志があり、共和国を久しく治めた。このうえ、戦場では自身ヤリを取り闘い、身体にいくつかキズがある。帝国、皇国、共和国にはそれぞれ名将がいるが、他のものと違い、トラヤスは慈悲をもっぱらとし、民を大事にしたので慕われていた。

 文武両道の達人で

「敵を侮ってはならない」

と、士卒をいさめ、無事なとき国境線の拠点に兵士を置いて、敵が襲来しても驚かず、まことに万人に勝つことを考える勇気がある。反逆者たちが、一度は帝国や皇国に属しても、のちにかれらは

「なんてことをしてしまったのか」

と、悔い哀しみ降参する。トラヤスは相手のあやまちを許し、それに恩を感じたものは一心にトラヤスに尽くしたという。


 さて、ある年トラヤスは例年のように帝国との対決のために遠征を準備していた。しかし、そのさなか、トラヤスが倒れてしまうというアクシデントが起こってしまう。一命をとりとめたものの、遠征は中止せざるを得ない。

 こうして帰還したわけだが、トラヤスは親類の見分けがつかず、食べたいものは指を差すばかりであったという。重要事項も忘れて、遠征も知らない風であった。そのため、バドやドノーレら腹心が、代理で政務を務めた。

 結局、トラヤスは1時小康状態びなったのだが、すぐにまた悪化し

「跡はバドに任せるニャ」

と、遺言を残し亡くなった。


 さて、バドの時代の逸話をいくつか紹介しよう。

 ある村人の夫人が、村に帰る山越えの道で、若者にまとわりつかれ、脅されて不義を迫られた。夫人は拒めば殺されると思い、従った。村人には黙っていた夫人だが、若者が別件で逮捕され、それを告白した。そのため、夫人は共和国首都圏の司法を任されたローデ氏の取り調べを受けることになった。

 当時、このような事例がなく、夫人が裁かれる可能性もある。そこでローデ氏は

「この不義は、強要された余儀なき不義である。しかし、黙っていたのは良くない」

と、夫人を訓戒とし、若者は死罪とした。

 また、このような話がある。

 あるとき、サデュース氏という役人のもとに同僚が訪れ、ある犯罪者を拷問するとのことなので

「まだ早い、もう少し詮議しなさい」

と、言って同僚を帰らせた。翌日、同僚が

「成果はありませんでした。拷問したら白状するのに、なぜいまさら詮議しなきゃにゃらんといけないのでしょうか?」

と、訊いた。サデュース氏は

「そもそも、拷問じたいがわれわれの恥です」

と、返す。

「どうしてですか?」

「穿鑿を充分しないで、調べることはないと思い込みで拷問というのはどうでしょう?穿鑿で謎が解ければ、なぜ拷問が必要なのでしょう。結局、尋問者が無能だから拷問するのです。それゆえ恥と言いました」

 サデュース氏の意見を聞いて、同僚は

「なるほど、たしかにその通りです」

と、納得したようにうなずいたという。

 また、こんな話がある。

 ある男が許嫁を捨てて、ほかの女と結婚した。捨てられた女は

「悔し、悔し、悔し、悔し、くやしい!!!」

と、言いながら、生まれた子どもを殺して、死刑になった。

 そのあと、男の行くところ、白い野うさぎがついてまわるようになった。

「ええい、しつこい」

と、逃げ続けた男はある日、炭坑の穴の中で、死体で発見されたという。


 バドの治世について、同時代のものはこう記している。

『若者のヤリ、美しき調べの詩想、良き行動を擁護する公的正義が花開くという言葉は、古の為政者より、バドがこの20年ちかく行なってきた現在の統治にふさわしい』

 最後に、そのような賞賛を得たバドの政策を1つ紹介しよう。

 すなわち、大統領の任期を4年とし、民に決めさせるという制度を作ったのである。

 これ以後、共和国は来訪者が言うところの『議会制民主主義』の道への1歩をふみ出したのである。

(編注:共和国の記述はここで終わる。バドの治世は以後も続くの思うと、著者はシケイの構想から作られた共和国はここで終わると考えていたのがわかる)

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