わすれてなんて……
息の音を感じて転がっていく。
声の音を聴いて消えていく。
心の音を瞳の中に流していく。
君の瞳を見つめて、僕はひとつだけ、確かなものを伝える。
世界が変わる前に、たったひとり愛して君へ。
「好きです」
届かない愛はさざ波に打ち消され、誰もいない世界で一人、君と見た夜の海を見つめる。
僕が転がっていった。
どこか違う、きっと君のいない場所へと。
「海が綺麗だね」
そう呟いた君に僕は何も言えなかった。
口を噤んでしまった僕に、君は寂しそうに微笑む。
それがもの凄く申し訳なく思いながらも言葉は紡げない。
罪悪感が募っていく。
「ねぇ、どこか行こうよ」
君は唐突にそう言った。
首を
寂しいくせに、悲しいくせに、転がれないくせいに。
だから僕はどこに?と訊ねた。
君がいつだって決まってこう言う。
「ここみたいな場所」
……ここみたいな場所。
海が見えて夕陽が綺麗で風が心地よくて、そして――
「隣にあなたがいる場所」
君が隣にいる場所。
僕は何かを言いかけた。違う何かを言いたかった。この胸に溜まり燻り痛いほどに暴れまわる感情のすべてを君に捧げたかった。
忘れてしまうほどに、そのすべてを忘れないほどに。
そんな全部を、愛一つじゃ呼べない、恋一つじゃ足りない、好き一つじゃ表せない僕の全部を、君にたった一人の君に……
だけど、僕の喉は口は胸は臓は意識は、僕は何も言えない。
やっぱり君は寂しそうに微笑む。
そしてこう言うんだ。
「くち下手」
僕は下手くそに笑う。
笑ってやる。
苦しいさ。痛いさ。悲しくて寂しくて、恋しいさ。
だけど、僕は君の前からいなくなる。
僕は消えていく存在なんだ。
言えるはずがない。
君だけが生き続ける世界で、君に愛を囁くなんてできるはずがない。
それは『愛情』じゃなくなる。『呪縛』になってしまう。
僕は君が苦しむ姿なんて見たくない。
「わかってるよ。でもさやっぱり、私の隣はあなたがいいな……」
切願する君に手を伸ばしそうになって、いいのだろうかとあぐねる。宙を彷徨う手は、君がとった。
指を絡め心臓を重ね合わせるみたいに掌をくっつける。
綺麗な君の笑顔が好きだった。
「いいよ。ずっとこうしてよ」
熱が泣いているみたいだ。
「こうしてたら離れられないもんね」
声が縋っているようだった。
「だからさ……ずっとこうしていようよ」
君は笑えていたのかな?
僕はわからない。多分、僕がいなくなっても僕はわからないし、君もわかってるのかわからない。
それでも、嗚呼、それでもと涙が出そうで痛くて痛くて痛くて……
両手を繋ぐ。
君の頭が僕の胸板にこつんっと当たる。
潮風が冷たくて、海が綺麗で、夕焼けが悲しいや。
見えない君の顔。
僕は精一杯、何も言えないからせめてものと、ぎゅっと握りしめる。
熱くて火傷してしまうくらいに。ぎゅっとぎゅっと、強く痛く離したくなるくらいに……離したくなくなるくらいに。
永遠の星が落ちていく。
終わりは幻想と共に世界の表情を変える。
薄暮は通り過ぎて夜を迎え、さざ波を浮かべる海と見守る続ける星屑。
蒼と闇が世界を染める。
「好き……」
「好きっ!」
「大好き‼」
「だから――」
「願いだから……っ」
「ここにいて……」
「私の……」
「隣に……いて」
「お願い、します」
「一生の願いですっ!」
「私の命に代えて願います」
「どうか――」
「どうかっ――――」
「彼をっ――」
「彼を――――」
「――――――消さないで――」
夜明けが来る。
あなたのいない朝が来る。
残るものを離さないように。
あなたの全部を離さないように。
私は、あなたを抱きしめる。
もうじき、朝が来る。
夜明けが来る。
あなたのいた世界が終わる。
私だけの世界が始まる。
好きだ――
「好きだよ」
好き
好き好き
好き好き好き
好き好き好き好き
「――大好き」
――忘れてね
昏い夜が終わりを告げる。
始まる光の世界に夢を思い出す。
たった一つ、涙の止まない夢を。
「すき……」
零れた言葉があった。誰に向けた言葉かわからない。
でも――
「わすれない、よ」
忘れてしまった夢に忘れないと誓う。
忘れてしまった『 』に忘れないと『 』。
私は起き上がり涙を拭って今日も生きていく。
笑顔を浮かべて幸せな日々を見つけに走りだす。
「わすれてなんてやらないから‼」
そう大きな声で叫びながら、いつかの世界へ私は走るのだ。
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