化け物の孤独
あなたがいなくなった世界で、私はどう生きればいいのだろうか。
静かな街並み。誰もが化け物となって生きる世界。フードを被り人間じゃなく化け物を装い静かに街を渡る。
世界は既に壊れた。人間は化け物となり文明は衰退し、世界は終わりを迎えた。人類は絶滅したのだ。
そんな世界で私だけが唯一の生き残りだった。なんの因果かは知らない。だけど、化け物が群がり人間のようにけったいに生きる街で、私だけが人間として店でお金を払ってパンを食べる。
今日は何をしようかな、そんなぼんやりとどうでもいいことを考えるのがしばらくの日課だ。だって、学校はなくなったし友達はみんな化け物になってしまった。お母さんもお父さんも妹もみんなみんな私を置いて変身した。それが人間の進化した姿なのかは知らない。だけど、私はああなりたくない。みんなには悪いけど、私は旧人類として生き延びて死にたい。それが最近の私の目標だ。
朝が来た。眼を冷まして顔を洗って昨日買ったパンをトースターで焼いていちごジャムを塗る。今日もおいしいとのんきに咀嚼しながらテレビの電源を入れた。当たり前にテレビに映るのは化け物のみ。意志相通ができるのか会話ができるかわからない。そんな彼らを眺めながら食べるパンはおいしくなかった。
お気に入りの桜色のスカートに白のブラウスの上にフードを被って私は今日も冒険に出る。
人間とバレたら化け物たちは追いかけてくる。それは排除が目的なのか食べるのが目的なのかはわからない。なるべくバレないように声を出さず顔も見せず素肌も見せない。
タイツで覆った脚に履く膝下のブーツはお母さんが買ってくれたちょっといいもの。洋服屋で買ったピンク色の手袋を嵌めて、私はとびっきりのオシャレをして街を彷徨う。
ショッピングモールでうろうろと物色して、ゲームセンターのクレーンゲームでうさぎのぬいぐるみを取って、缶のミルクティーで休憩。春の陽光が温かい。
そんな晴れやかな日に、私はあなたに出会った。
「きみ!」
久しぶりの人間の声に身体がびくっと跳ねる。恐る恐る空耳だと疑う声の方に視線を映して——
「…………うそ」
そこにいたのは私と同じ人間の身体と顔をした表情のある男の子だった。
フードを少しあげて顔を覗かせた男の子は笑う。
「僕以外の人間にやっと会えた」
それから私とあなたは一緒に過ごすようになった。味気なかった一人の日々にあなたととう鮮やかな太陽が輝きだした。
あなたは明るくよく笑う人だった。何もない所でこけそうになった時、咄嗟に支えてくれて「なにやってんの」って頬を緩める。レンタルショップで借りてきたお笑い芸人のDVDでもあなたはよくお腹を抱えて笑ってその度に私に「面白いね!」と微笑みを向けてくれた。私が孤独に挫けそうになった時、「僕が君の傍にいるから大丈夫」といつだって沢山の言葉と感情で私を励ましてくれた。
あなただけがこの化け物に支配された世界で、たった一つの私の希望だった。
でも、そんな幸福な時間はやがて終わりを迎えた。
原因はわからない、どうしてか理解できない。だけど真実だった。
私の目の前であなたは化け物に変わってしまった。
何度も呼びかけた。何度も触れようとした。何度も取り戻そうと足掻いた。だけど、私に反応することも近寄らせることもしなかった。
他の化け物と違うそこだけが嗚呼、あなたなんだと私は泣いてしまう。
こんな姿になってまで私を支えてくれているのだと、泣いてしまう。
あなたがいるから私の傍に他の化け物は寄ってこない。だけど、あなたも私から距離をとる。
もうどうしようもないほど、私は泣くしかなかった。
あなたのいない世界、私はどうやって生きていけばいいですか?
あなたは今も私のことを覚えていますか?
出会った日々を覚えていますか?
私は覚えています。あなたと共に過ごしたすべての時間。
だから——さようなら。私の希望。
私は旅に出ます。化け物に支配されたこの地球で最後まで人間として生き抜きます。
だから——忘れないでください。私の大切な人。
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