アイディール
血潮が飛び散り残骸が目もくれぬ無惨と成り果ている。絶叫という音が絶え間なく咆哮となって斬核する。
空前の爆発が鼓膜を揺るがし生前の雲雲を震撼させる。
森の囀りは幼気な叫喚。海のさざ波は悲観な嗚咽。大空の暴風は怒りの呻吟。
斬撃と斬撃が交差する。夢にも見ない最中な一撃がどこか遠くで鳴り響く。
「はっ——」
青年の放った斬撃が覆面の男の剣を弾き飛ばし、軸足を駒として遠心力からの横凪の一閃。墳血を鮮やかに覆面の男を切り伏せた。
「がぁはっ——!」
血を吐き胸を抑えよろよろと後退する男に、青年は逃がさないと剣を突き出す。
「おまえは許さない!——赦さないッ!」
激烈な瞋恚が剣を燃やし眼光を強烈に覆面へと殺意のあらんかぎりを持って到来。燃えた剣は無情に覆面の男の臓腑を貫いてその身体を赤く輝かせた。
「ハハハハハ! ゲホゲホゲホっ……! あなたの殺意、怒気、悲しみ、存分に味わえて僕は幸せさ。その涙の味を知れて、僕は僕のやったことに意味があったんだって思えたよ」
男の身は死に逝く身。なのにその口は狂うままに語り続ける。
聞きたくもない声で、いつも耳にしていた声音で、知りたくない現実と怒りだけの失望と憎悪と嫌悪。
「そ、そんなことのために……ッ! 彼女をッ! ——ユイナを殺したのかァ‼」
「ああそうさ! 僕はね何をしたらあなたが一番苦しんで嘆いて悲しんで怒って狂ってくれるのか、ずっとずぅぅぅっと考えていたんだ。その結果が『彼女』! あなたが——」
「黙れェええええええええええ——ッッッ‼」
突き刺した剣をより深くねじ込み、ぐぇっと咽る覆面の顔をまじかに睨みつける。
「おまえのせいで誰がァ死んだァ! おまえの口からその言葉を出すなっ! ふざけるなァ! なんで……どうしてっ⁉ おまえは……っ!」
俺は震える手で覆面を脱ぎ捨ててその相貌を明らかにする。
その顔はよく知っていた。ずっとずっと一緒に育った『友達』の顔だから。
その『彼』を知っていた。俺とユイナと一緒に十六年の時を過ごした『仲間』だから。
「僕はあなたが妬ましいよ。僕に無いすべてを持っていて、僕が愛したものまで奪って、ほんとうに憎たらしくて同時に憧れた。かっこいいって思っていた。だけどさ、僕はもうあなたを許せない。僕からユイナを守れなかった『友達』なんて許せない。だから、歪めばいい。怒ればいい。狂えばいい。死ねばいい! だってあなたなんて所詮」
——誰も守れない無能なんだから
そう吐き残して『彼』は息を引き取った。体温が消えて魂がなくなった骸を見下ろし、すっと剣を抜いて血を掃う。
その骸が『友達』だったのかわからない。その骸の言葉が俺にはわからない。だけど——
「俺が無能なのは、そうなんだろうな……」
それだけが離れた木々に寄り添って眠る少女を現実に引き留めていた。
血がゆっくりと溢れている身体。冷たくなった骨肉。決して開くことのない瞼。
穏やかに血を浴びて静かに森の中で眠る女の子の視線合わせて膝を付いて、その冷たい手をとる。
「ごめん……おまえを守れなくて。……ごめん。おまえを救えなくて。ごめん……おまえを苦しめてばかりで」
月下に雫が花を咲かせて、風の囁きが草木を揺らし、ざわざわと二人を見守り続ける。雫の花から天へと昇っていく結晶たちは月の光を浴びて銀色に輝いた。
そんな美しい世界で、異様な赤だけが鮮烈に、流れ出した涙もまた静謐に光を宿した。
「ごめん、ごめんっ……ごめん! ユイナ……おまえのことが——」
その言葉が雨に濡れた。その感情は夢に焦がれた。その悲しみは花に落ちた。その苦しみは空に溶けた。その懺悔は航海の果てで永遠にその言葉を紡ぎ続けた。
俺には資格がなかった想い、『友達』を苦しめてしまった感情、伝えることを怖がり伝える前に失ってしまった形。
だけど、ごめんと、俺はその言葉を口にする。それが彼女への愛言葉なんだ。
「——好きだ。……好き、でした」
そうして静かに彼は彼女の隣で瞼を閉じた。
寄り添い合ってまるでキスをするように。
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