雑音を求めて

 雑音が叫んでいた。

 小高く熾烈に音が地球を循環する。まるで血流が暴走しているかのように、壊れたギターの弦が永遠に弾かれているように。それでも絶えず変わらず流れ続ける。その音が歌となる日をみな求めて。

 雑音が叫んでいた。

 

「君は雑音は嫌いかい?」


 そんなどうでもいい質問を先輩は僕にした。唐突のできごとに顔を上げれば、上級生とわかるリボンの色が目に入り、もう少し顔を上げれば先輩の相貌が眼を打った。


「それで、君は雑音は嫌いかい?」


 首を傾げるのと一緒に長い髪がばさりと落ちる。大きな瞳と白い肌。細い体と艶のいい唇。唖然とする僕に先輩は身体を上げて腰に腕を置く。


「雑音じゃ定義は曖昧過ぎるかな?」

「い、いえ。そうじゃなくて……」


 別に雑音の定義なんか求めていない。雑音自体漢字からして雑な音、うるさい音と解釈は満場一致だと思う。だからそんな問いなんてどうでもよくて、僕がこうも唖然としているかは目の前の先輩のせいだ。


「どうして、僕なんですか……?」

「うん? それはどういう意味だい?」

「だって、その……僕は友達もいなくて暗いし、その先輩みたいなキラキラしている人とは合わないっていうか……」


 誰かと会話する、それも女の子で、更に先輩なんて緊張があり得ないほどに心臓を爆速させる。今はこの心拍が『雑音』に思えて仕方がない。

 先輩は「なんだそんなこと」と、淡い笑みを浮かべて腕を後ろで組んだ。柔和な態度で僕に微笑む。


「君が私の視界に映ったからさ」


 そんな曖昧な先輩にしか理解できない理由に、僕はすっかり毒気が抜かれた。


「先輩って不思議な人なんですね」

「そこは可愛らしいとか美人って言ってほしいけど、その言葉は誉め言葉として受け取っておくよ」


 淡かった微笑みだったと思えば先輩といった風格で楽しそうな笑み。コロコロと先輩が変わっていく。


「で、話しを戻すけど君は『雑音』が嫌いかい?」

「雑音……」


『雑音』が嫌いかどうか。普通に考えて嫌いだ。うるさいし耳障りだし邪魔だし。だけど、先輩が求めている答えじゃないような気がした。ううん、違う。先輩が求めている答えを答えたくなった。

 友達のいない僕に話しかけてくれた美人な先輩に、僕は応えたくなった。


「――――嫌いな音もあります」


 そんな曖昧な答えに先輩は楽しそうに身体を前に倒す。


「なら、好きな雑音はなんだい?」

「好きな雑音……僕は、こんな日常生活の『雑音』が好きです」


 たぶん、思っていなかったような想いがこもって、その言葉は口を出た。唾液に絡まり、水分に潤い、熱に発光して、心音に手を抑える。

 そのすべてが心地いいと、僕は初めて『雑音』を好きになった。


「先輩との雑音……僕、好きです」

「…………」

「先輩は『雑音』が嫌いですか?」


 そう訊き返すと先輩は微笑むのだ。その少し儚くも満開の笑みで心から嬉しそうに。


「私は好き。日時溢れる雑音が好き」


 だから――と。


「君は私にどんな雑音日常をくれるのか、楽しみだよ!」

 

 雑音が叫んでいた。

 こんな日々を過ごしたいと、大切な誰かと過ごしたいと、雑音が叫んでいた。

 だから、雑音が好きだと彼女は求める。

 人々が行きかう街や道の雑踏で、煌めいた雑音が歌となることを。

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