朝夜の眠り
朝を知りたかった。なんて馬鹿な願いを神様に願った。
静かな教室。君と僕以外に誰もいない校舎。冷たく青く銀色の景色。
君は埃が積もった机を指先でなぞる。
「夢のまた夢、どこか遠い異国で愛する人を待っている。夢うつつな明瞭の墓場で」
「なにそれ?」
指をついて埃に息を吹きかけて払う。その宙を舞った埃は芽吹き桜色の花びらとなって踊った。
「貴方を思った私の
そう微笑み君は銀色の月に照らされた。
「君はどうしてここにいるの?」
階段の踊り場で爪先を軸に一回転した君は揺れながら唸る。
「う~ん、なんでかな?」
「僕は君を知らない」
「だね。私も貴方を知らない」
「それなのに」
「私と貴方はここにいる」
ガラスのような青さを犇め体育館で上履きが床を擦る音が響く。僕より数歩前で立ち止まった君はバスケットゴールを見上げて。
「自由だからここにいるんだよ。静かな世界に二人っきり、ドラマチックだと思わない」
「僕と君は今日出会って今日恋人になるの?」
「それも悪くないけど、一夜限りなら私は貴方を忘れないくらいに深く刻みたい」
放った虚像のボールがリングへと吸い込まれ、架空の音を鳴らしてボトンと床に弾んだ。
「歌を歌って踊りを踊って君と星々の彼方まで。ずっとずっと歌って踊るの」
屋上でくるくると踊る彼女は口遊むように枯れない声を星の下に瞬かせる。
「ちょっと疲れそう」
「でも楽しいよ」
「そうなの?」
「うん!だって、好きな人と楽しいことだけをすんだから」
星々が流れ始める。声にならない光が世界に浴びせる。まるで目覚めのよう。
「もうじき朝が来るよ」
「…………」
夜の乏しリ、朝日のお迎え、静謐な世界が瞼を開ける。
「貴方は貴方。私は私」
「君は君で僕は僕」
「そうだよ。痛いくらいに私たちは違うんだ」
「だからこんなにも寂しい」
冷たい風がしくしくと泣いているように僕たちの髪と僕たちの存在の一部を撫でる。とても寂しくて、とても悲しくて、とても辛い。
「君とずっといたいと思うのは、僕の我儘?」
「ううん。違うよ。だって私も一緒だもん」
「君も……」
「私も……」
やがて朝日を迎える。静かな夜に陽光が昇る。闇が青に変わり雲雲が白く逆光する。
まるで終わりと始まりみたいに。
僕と君は手を繋いだまま、世界の始まりを迎えた。
—————
眼を覚ました時、僕は泣いていた。
覚えてもいない夢に、永い眠りから覚めた事実に、ただ君の存在に。
——僕は泣いていた。
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