第16話 第四章 安らぎに微睡む者と戦場に酔いしれる者②

「女の人?」


 黒いブラックスーツを身に纏った男装の麗人が、二人の数歩先に佇んでいる。凛とした立ち姿は、惚れ惚れするほど美しい。


 彼女は、予想を裏切らない機敏な動きで会釈し、それから鈴のような声で心地よく聞く者の鼓膜を揺らした。


「お初にお目にかかる。僕の名はひまわり。アマテラスの記憶と能力を受け継いだ人間だ」


「な!」


 境は刀を出現させ、スラリと抜き放つ。


 自ら正体を明かすのはよほどの自信があるからだろうか? 超越種にとって、正体の露呈は弱点を露呈することと同義である。ゼウのように正体をひけらかす存在は稀なのだ。


 それに、驚いたのはそれだけではない。――神の記憶と能力を受け継いだ人間。


 そんな超越種など、境は知らない。


 驚愕に揺れまどう境とフヨウ。ひまわりは、二人を鈴の声で嘲笑った。


「何をそれほど驚く。超越種といっても、前世界の崩壊に生身で耐えた者もいれば、壊れて再生した者、転生した者など様々だ。私のように、ただの人間にアマテラスの思念が宿り、半端者の超越種となるケースもあるだろう」


「レアケースすぎんだろ。つーか、自分の正体をばらすとか余裕だな」


「ゼウからあなた様方の話は聞いていた。なのに、そちらは僕のことを知らないのは不公平だろう。まあ、もっともあの恐ろしき龍神あたりから、僕のことを聞いたのではないかな? ゼウが知れば怒りそうだが、どうでもいいことだ。


僕が求めるは戦だけだ。それだけが生きがいなのだ。さあ、戦おう。この世界の強者よ、楽しませろ」


ひまわりが、腕を前に出す。たったそれだけの動作で、骨の芯まで底冷えのするプレッシャーが、境とフヨウを襲う。


「太陽は、世界を照らす。仰ぎたまえ人の子よ。偉大なる恵みをもたらす、我が力を」


 太陽の化身が、腕を振るう。その瞬間、生じた灼熱の炎が蛇のようにのたうち回りながら雪を蹴散らし、周囲の空間を飲み込んでいく。


 寒さに震えるのが、冬の掟ならば、この灼熱は神の戯れである。世界は反転し、常夏の様相を呈した街は、季節を勘違いしていた。


「こいつ……クソ、行くぞフヨウ」


「ええ、援護するわ」


 驚愕に二人の心は揺れ動いたが、ここで膝を屈するほど彼らはヤワではない。


 戦いの初動は、フヨウから。彼女が投げナイフを投げ、それに追従する形で境が駆けた。


 距離にして数十メートル。境の身体能力であれば、一秒もかからぬ距離。


 ひまわりは、ナイフを避けようともしなかった。飛来した凶器を甘んじてその身に受け、さらには滑るように間を詰めた境の突きを胴体に食らう。


 幽玄刀は、あらゆるものを裂く、恐るべき刀だ。その刃に触れた者は、血にまみれて倒れ伏すのが道理である。――だが、境の手に伝わる硬い感触はなんだ。触れた瞬間、呆気なく切り裂く頼もしき感触が、まるで手に伝わってこない。


「この、手ごたえは」


 目を見開く境の目に、ひまわりの裂けたスーツの隙間が映る。鈍く反射するそれは、黒塗りの見事な甲冑であった。


「そんなものを着込んでいたのか。いや、そもそもなぜ切れない?」


「フフ、驚いているね。何、簡単なことさ。あなた様の刀は、見た所、次の世界の刀だろう。何でも切れる、とゼウからは聞いてはいたが、ああなるほどな。


 その刀は優れた刃であるが、全てを切り裂いているのは刃のおかげではない。未来の存在が、過去の物体に触れる。それは世界にとって、矛盾だ。


 世界はその矛盾を修正すべく、『未来の刀が過去の物体に触れて切れる』という現象を『刃が触れた箇所はそもそも切れていた、つまり未来の刀に触れて切れたんじゃなく、事故か何かで切れていたんだ』という解釈に置き換えているのだろう。この修正力は、過去の存在ほど強く干渉する。その刀が、僕ら過去の存在である超越種の異能さえも切り裂くのは、そういったことじゃないか、と僕は考える。だからさ、僕は考えた。次の世界の物質を鎧に練り込めば、あなた様の攻撃を防げるのでは、と。僕はこう見えても人脈が広くてね。ゼウ・リベ以外で活動している友人に譲ってもらったのさ。彼女には感謝しなきゃ」


「な、おま、お前」


 境の頭は、数瞬パニックに陥る。次の世界の物質をこの世界に持ち込めるのは、調律者だけのはずだ。もし、ひまわりの言ったことが真実であれば、大事件だ。


 次の世界の物質を持ち込める能力を持って超越種がいる。あるいは――


「若いな。敵の眼前で考えごととは」


「境、前!」


 火花が散った。ひまわりがいつの間にやら召喚していた薙刀の一撃を、境はなんとか弾くことに成功する。


「ああ、不意打ちが失敗した。これは、楽しき獲物だ」


 ひまわりの顔には、みるみる笑顔が広がった。目に宿る狂気を加速させ、滑るように踊るように薙刀を振るう。


「そら、そら、そうれ」


「あああ、クッソ、ああ、めんど、くっさ」


 常人では視認できない速度で、刃が高速移動する。


 残光と火花の中、交錯するは刃と視線。


 楽しげに笑うヒマワリは、手の中で柄を滑らせ、突き、斬撃と淀みなく攻撃の質を変えた。


 一合、二合、と刃と刃が衝突するたび、境は舌を巻く。


 あまり手ごたえがない。武器をぶつけあっているのに、手に伝わる感触は水面を切っているようだ。


 うまく力を反らされている。そうとしか考えられない。


(こいつ刃の扱いについては僕の数段上か)


「境」


 フヨウの手裏剣が、縦横無尽に飛び、ひまわりに殺到する。並の超越種であれば、一撃くらいはもらってしまうだろう。――並の存在であるならば。


「ほう、面白い。この男児の隙を埋める良い援護だ。しかしな、それでは僕は滅ぼせない」


 戦闘に派手な動きはいらない。ひまわりは、足の小さな運びで手裏剣を回避し、僅かな手首の動きで、境の斬撃を反らした。


「二人とも良き才能を持っている。磨けばさぞ、一騎当千の古強者となろう。だが、まだ未熟。僕と出会うのは時期尚早だったか」


(なんて強さだ)


 孤児院を去り際に、ミラが言っていたことが境の頭に蘇る。


「人に危害を加える超越種たちは、新時代に生きるあなたたちに恨みを抱いている。死に物狂いで戦いを挑むでしょう。


でもね、中には変わり者もいるのよ。恨みで戦うのではなく、己の信念を守ったり欲求を満たしたりするために戦う変人が。案外、そういった相手のほうが厄介かもしれない。予想だにしない思考で戦いを挑んでくるから全く何をするのか読めないわ」


 ――まったく、その通りだ。僕は混乱している。


 境は、面白くなさそうに舌打ちをした。


「君たちの成長を待っても良いが、僕は今すぐ楽しみたい。ならば、戦場で進化するしかなかろう。よし、一つ君たちのやる気を引き出してやろうじゃないか。君たちが僕に一撃でも加えることができれば、ゼウ・リベの情報をあげるよ」


「な!」


「ふえ?」


 ありえない、と境とフヨウは思った。


 ひまわりが、ゼウ・リベの幹部であることは間違いがない。ならばこそ、そんな真似はしないはずだ。


 境は、射抜くように睨みつけた。


「そんな与太話。どう信じろと?」


「信じるかどうかはそちら次第。だが、急がないとゼウたちは、計画を完遂してしまう。そうなれば、君たちに勝ち目があるとは思えないな」


「なんだと?」


「続きを聞きたくば、頑張るのだな。そら、第二ラウンドといこうか」


 ヒマワリが、指を鳴らす。その刹那、道路を埋め尽くす炎のうねりが、境たちに殺到する。


 境は、フヨウの位置まで後退し、大上段から刀を振り下ろした。


 左右に分たれた炎は、住宅の塀を溶かし、ポタリとフヨウの額から落ちた汗を瞬時に蒸発させる。


「ほう、存在が不確かな刃は、虚ろよの。天叢雲剣が如く名刀であるのは間違いない。しかし、それではまだまだ。いかに常人を超えた動きが出来ようと、君が相対するは神である。ま、僕のベースは人間である故、全盛期にはほど遠いが、若いものには後れを取らんよ」


「調子に乗って! あ、境!」


 フヨウの声に、境は頷く。ゴーンからの連絡がきたのだ。耳に押し込んだイヤホンごしに、ゴーンが、ある用意ができたことを告げた。


 よい報告ではあるが、果たしてどう活用したものか……。悩む境に、フヨウはそっと耳打ちした。


「え? 正気かよ」


「仕方ないでしょう。でないと、射線を確保できないわ。……ほら、早く決断して。もう、私たちも周囲も持たない」


「ぬう」


 フヨウの指摘は正しい。


 飴細工のようにアスファルトを溶かす炎を、矢継ぎ早に放つヒマワリを相手に、これ以上の戦闘は無理がある。それは境の苦しそうな表情に現れていた。


 炎を払うたびに汗がとび、熱気で肌がチリチリと焼ける。何とか人の少ない場所を選びながら戦っているが、一般人の被害が出るのは時間の問題――いや、すでに出ている可能性が高い。なにより、彼女にはまだ底知れぬものがあると、境は直感的に感じ取っていた。


「フヨウ、やろう」


「エヘヘ、待ってました」


フヨウは、腰のウエストポーチから銀色のガントレットを取り出した。肘の辺りにスラスターが付いているそれに、銃のマガジンに似たものを装着し、腕に装備する。


「方角は?」


「ここから一時の方向。三時の方向だと、タワーマンションがあるから駄目。被害が出てしまうわ」


「なら、正確にしねえとな。ふう、馬鹿げているが――ミッションスタート」


 境は足に力を込め、焔を裂きつつ前進した。その後ろを、拳を握りしめたフヨウが追う。


 人の身で神に挑む蛮行。きっと身の程を知らぬ行いに怒る神もいるだろう。――だが、ひまわりは、笑った。手の甲に鳥肌を覗かせながら、はずむ声で呼びかける。


「こい、あなた様方」


「フン」


 境は接近と同時にひまわりの手を狙って斬撃を見舞う。あっさりとひまわりは躱すが、焔の放射は止まった。続くフヨウは、スライディングをしつつ、足払いをかける。


「おっと、転ばぬぞ?」


「そう? なら、喰らえ」


 転びはしないが、体勢は崩れた。フヨウは、その無防備な腹部にガントレットを装着した右拳を叩きこむ。


 ――さあ、神よ。御覧じろ。人が生み出し鉄の拳が、御身を殴る。


 御三家の技術部門が総力を結集して生み出したセブン・ブレイカーの一つ。一撃でビルを倒壊させるほどの破壊を生み出す鉄人のパンチ。


 肘のスラスターから莫大な量の炎が吐き出され、さらに内部の撃針が作動し、雷管を叩いた。その瞬間、金属の筒に包まれていた火薬が瞬時に燃え上がり、莫大な衝撃を発生させる。


「ゴッドクラッシャー起動、吠えろぉおおおおおおおお」


 ――ゴウウウンンンンンン。


 腹に響く轟音と衝撃が、ひまわりを叩く。


 神は、口から血を吐き出し、さらに笑みを深める。


「クッハ! ウ、ウハハ、何と重たい拳よ」


「痛いくせに笑うなんて気持ち悪。だったら、喜びなさい。一発で終わりにしないわよ」


「なんと!」


 ガントレットの側面から空薬莢が排出され、再び轟音が鳴る。今度は一発ではない。二発、三発、四発、五発……、度重なる重撃が、ヒマワリの体を浮かせた。


「止め」


「合わせるぜ」


 境が宙で身を捻り、蹴りを放つ。そして、その蹴りは、フヨウの一撃と重なり、轟音のデュエットを奏でた。


「ゴッハァ」


 ヒマワリの体は放物線を描いて空に舞う。


 その姿を、スコープに収める男が一人。


「ナイスショット。続くよ、オッサンも」


 ゴーンは、口に加えていたマイファのタバコを投げ捨て、紫煙を吐き出した。


 彼の指が引き金に触れている銃は、特注の対物ライフル。名を【ナイン】と呼ぶ。


 セブン・ブレイカーではなく、あくまでゴーンが個人的に開発した私物である。


 口径9.9㎝の砲身と銃口が三門あり、巨大な本体とそれを支える無数のパイプ類のせいで、彼がいるビルの屋上は、足の踏み場もないほど入り乱れていた。


 境は初めてこのライフルを目にした時にため息を吐いた。『ゴーン、君はアホだ。こんなもの使えば、お前ひとりのせいで街が滅ぶ』


 ゴーンは、その言葉を思い出し、口角を上げた。


「角度、風向き、速度を計測」


 スコープを覗きながら、パソコンにデータを入力。


 画面に「グッドラック。引き金をあなたへ」という文字が表示された。


「はいよ。悪いね美人な神様。これも仕事なんだわ」


 カチリ、と引き金を引く。


 身体全体に響く轟音。イヤーマフ越しでも完全には防ぎきれない。


 砲身が回転し、次の砲身がセットされ、再び銃のお化けは咆哮した。


 銃弾は計三つ。宙を流星の如く駆けていく。


「あ、凄いじゃないか。見直したよ人間。まだまだ僕は、退屈を知らなくて良いんだ」


 ヒマワリは笑顔で出迎える。眼前に迫る地獄のアギトを。


 莫大な熱量の焔が、空を焦がす。一発目の弾丸は、ドロドロに解けて霧散したが、続く弾丸は溶け切らず、人型を二度もひき殺した。


「命中。目標沈黙」


 ゴーンからの連絡を受け、境は長く息を吐いた。


「あっぶね。ここがアホ銃の射程エリアで良かった。あんな化け物とは、予想以上だ」


「本当ね。正直倒せたのは幸運だわ、絶対」


「あ!」


「どうしたの?」


「あいつ、一撃入れることができたら情報くれるっていったよな。何発も入れたんだから、めっちゃくれないとダメじゃね?」


「いや、本気にしすぎでしょ」


「まあ、所詮超越種だからな。あの世から情報教えてくれるわけないし……ゴフ!」


 硬い物が、境の頭に激突した。花火が頭の中で咲き、無視できない激痛が彼を襲う。手足をばたつかせ、地面を転がりながら涙を流すのは決して大げさではなく、ありのままの事実だ。


 フヨウは気の毒そうに境を眺め、痛がる彼の代わりに落ちてきた物を拾った。これは、スマホである。フヨウは画面を表示させ、咄嗟に口を手で覆った。


「嘘」


「どうした?」


 画面にはメモ帳が表示されており、文章が記されている。




 おめでとう。負けたよ、君らに。


 約束だからね、教えてあげる。


 どんな情報が良いかな、と思ったけど、ゼウに会って聞ける話は僕が話すのはつまんないから、なしね。


 僕からあなた様方に教えてあげる情報は、ゼウの居場所だ。




「おい、これって」


「まさか、あの女生きてるの? いえ、それはそうと、この場所って」


 ゼウの居場所を示す住所が、画面の一番下に記載されている。


 見覚えのある住所。頭に思い浮かべた境は舌打ちをする。その反応は、至極真っ当だ。その場所は、境たちが住む屋敷の目と鼻の先にある高層ビルなのだから。


「あいつ、常に僕を監視できる場所にいたわけだ。……ひとまず、ヒマワリは後回しだ。情報の信ぴょう性はあんまりだが、情報がこれしかない。本当かどうか知らんが、本当だと仮定した場合、この場所にいつまでも陣取られるのは困る。


……決めた。一気にゼウの拠点に攻めてぶっ殺す。トップが死ねば、組織など烏合の衆だ。すぐさま攻めるぞ。ゴーンは先に戻って戦闘準備を進めておいてくれ。僕とフヨウは、近隣の人たちの無事を確かめてから帰る」


 境はイヤホンを耳から引き抜くと、焼けたアスファルトの臭いが満ちる周囲を見渡す。


 莫大な熱量によって、地面や壁は形が歪められ、残留する熱は雪を払う。――まだ、街は季節を誤解している。


 なるべく人気がない場所を選んだとはいえ、場所は住宅地だ。残念ながら、助けられなかった人もいた。


 境は、警察と救護隊が後を引き継ぐまで救援を続け、去り際に助けられなかった人々の前に佇んだ。


「境……」


「また、こんな人々が出てしまった」


 気温が下がり、雪が再び降り注ぐ。


 ほんの数十分前に雪が降っていた時、この地面に横たわる人々は、家族と楽しいひと時を過ごしていたに違いない。


 だが、再び降り注いだ雪に触れた時、この人たちの体温は死人のそれとなっていた。


 境は、手のひらから血が流れるほど強く拳を握り締める。


「約束するよ。ダルいから戦うのは、あまり好きじゃない。でも、僕の両親みたいに、死ぬ人が増えるのは嫌だ。


 超越種は、ただ過去の存在だから駄目ってわけじゃない。あまりにも価値観が違う上に、力がありすぎるから駄目なんだ。価値観の違いは争いを生み、大きすぎる力は命を軽んじる。


ただでさえ、僕たちの世界は僕たち自身の力に振り回されて、血と硝煙が満ちているんだ。もうこの世界に、これ以上の暴力はいらない。多すぎるよ。だから、戦う。世界を調律するんだ」


「はい、調律者。私は、あなたについていきます。命が果てたその先であっても」


 フヨウが深々と頭を垂れる。


 境は彼女の肩に触れ、「ありがとう」と呟く。


 降る雪は、万人に降り注ぐ。生きる者も死んだ者も等しく。ただそれだけが、唯一の平等であるかのように。


 ※


 ――トゥルルル。


 ゼウはワンコールで電話に出た。


 イレーゼは、口に運ぼうとした肉を皿に戻し、ゼウの発言に注力する。


「俺だ、ヒマワリ」


「負けたよ。ワハハ」


 目を見開いたゼウは、そうかと短く告げる。


「申し訳ないけどね、負けた手前、勝者に報酬を用意してしまったよ」


「ん? どういうことだ」


「君らの拠点をばらした。それほど間を置かず、敵がくるはずだ」


「ク、ハハハハハ。あー、笑わせてくれる。やはり、面白い女だ」


 イレーゼは、乱暴にナイフを肉に突き立てると、切らずに歯で食いちぎった。彼女の聴覚はなかなかのものだ。恐らく聞こえていたのだろう。


 ゼウはイレーゼを尻目に、口元に笑みを湛えたまま続きを促す。


「で、お前はどうする?」


「僕は動けるようになったら、彼らに戦いを再び挑むよ」


「フン、任せる。お前のせいで予定を早めんといかんからな」


「それは済まなかった。良き戦を。楽しみたまえ」


 プツ、と電話が切れる。ゼウは、スマホを放り投げ、テーブルに置かれた皿を見下ろすと血が滴るレアのステーキを丁寧に切り分け食べた。


「あの女は、ふざけたことを言っていたわ」


「声を荒げるな、落ち着け。お前はあいつが絡むと、冷静さがなくなる」


「……そうですわね。美しくないことをした」


「そうだ。お前は美しくあるべきだ。美声と美貌で男を惑わす者の末裔よ」


「ああ、私のゼウ」


 イレーゼは、椅子から立ち上がり迷うことなくゼウを背後から抱きしめる。


 温かな体温とゼウの色気のある男らしい匂いが、イレーゼの鼻をくすぐり、彼女の脳髄をシビレさせた。


「良いか、イレーゼ。ヒマワリの奴は、最後の覚悟を俺に決めさせてくれたのだ」


「どういう意味?」


「敵にこの拠点をばらした。それによって、敵はここへなだれ込むだろう。しかし、それはチャンスだ」


「チャンス? どこが、ッ!」


 ゼウは、イレーゼの赤髪に手を差し込み、猫を撫でるような手つきでゆっくりと撫でた。


 心地よくじっくりと染み入るように、ゼウは言葉を発する。


「戦の支度だ。いよいよ戦いも大詰め。あいつらに散々痛い目を見せられたのだ。今度はこちらの番といこう」


「はい、仰せのままに」


 ゼウは、イレーゼを撫でたまま、虚空を見つめ続けた。

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