第11話 第三章 邂逅②
――弾かれたように目が覚めた。
まず感じたのは、全身から吹き出す汗。次に感じたのは、底知れぬ恐怖。ガタガタと震える自らの身体を両手で抱きしめた。
(……見覚えのある天井。ここは私の部屋だ)
意識が覚醒したことで、身体の痛みをはっきりと感じる。だが、それに相反してなぜこれほどの恐怖と痛みを感じているのか、まるで見当もつかない。
(落ち着け、落ち着け私。何があったっけ?)
仰向けのまま、記憶の底を探った。朝、目が覚めて、境と任務に行って……。初めは幽霊のように不鮮明だったが、徐々に記憶がはっきりとしてくる。
(ああ、そっか。私、潜入がバレたんだ。なら、どうして部屋にいるの?)
キメラが暴れ、注射を首筋に刺されたことまでは思い出した。……ああ、なんと歯がゆいのだろう。あいにくと、それ以降の記憶は霧がかかり見えない。
「……ともかく水、飲も。うわ!」
身体を起こし、ベッドの横を見れば境がうつ伏せで眠っている。フヨウの手の数センチ横に頭を置き、気持ちよさそうに寝息を立てる顔は緩みに緩んでいた。
「ちょ、何で私の部屋で。起きて、ちょっと」
「……フン」
「いや、フンじゃなくって。ねえ、ってば。この、馬鹿!」
「グハ! なんか、あれ、痛い。なんで? あ、ようフヨウ」
「……何してんの?」
「フヨウの看病と任務を伝えようと思ってきたんだけど、部屋に戻るのだりぃから寝ちまった」
「……性犯罪者」
「いや、なんでだよ、なんもしてねぇよ。もう、良いだろ。わざとじゃなかったんだから。それよか、お前怪我の具合は。人体の限界を無視した力出してたから、かなり痛いだろ?」
なんの話をしているのだろう? だが、身体が痛いのは現実だ。
ぎこちなくコクリ、とフヨウは頷く。
「う」
「あ、まだ動くなよ。……あー、クッソ。あのさ、そんな状態の君に任務を言わなきゃならないのは苦しい。でも、状況がそうさせてくれんのさ」
境は、拳を握り締め、口を開こうとする。けれど、上手く言葉を発するのに、数分は時間を要した。
「何から、話せば良いのか」
ポツリ、ポツリと、屋根から滴り落ちる雨の雫のように、境は語りだした。
フヨウが操られ救出されたこと、死刑にされそうなこと、そしてこれから為さなければならないこと……。彼は包み隠さず話した。
フヨウは、話を聞けば聞くほど心が酷く荒れていくのを感じた。嗚咽が漏れ出そうになり、身体の震えが増していくが、彼女はジッと唇を噛んで耐える。
隣で、こんなにも苦しそうな表情で話す境がいるのだ。ここで泣いてしまおうなど、情けなくてできない。
「そう、なんだ。私が、超越種の血を……。そりゃ、死刑って言われても仕方ないかも」
「おい、仕方ないなんてないだろう。もうお前の体内には神の血はない」
「で、でも……ふ、うう」
「泣いてるのか?」
「泣いてない!」
ああ、本当に情けない。だが、堪えることなどできなかった。次から次へと透明な涙が頬を濡らす。悔しい、自分から敵の本拠地に行っておいて、このざまはなんだ。
超越種の血を入れられたなど、調律者に仕える者としてあるまじき失態。これでは、もう、この人の傍にいる資格はない。
フヨウは、境の瞳を見た。いつもの緩み切った様子はどこにもなく、ただひたすらに辛そうな色が浮かんでいる。こんな想いを境にさせていることが、フヨウには何よりも辛い。
「私、あなたの役に立ちたかったの。それが、かえって負担をかける結果になるなんて最低よ。……ねえ」
フヨウの手が、境の両手を掴み引き寄せる。引き寄せられた場所は、彼女の細い首筋だ。
「殺してよ。私、どうせ死刑になるなら、あなたに殺されたい。他の人になんて嫌だ」
「なに言ってんだよ! 上位の超越種を殺せばどうにかなる。お前の怪我は、最新医療を駆使してなるべく短時間で治す。その後は、僕と一緒に倒す方法を考えよう」
「そうじゃない、そうじゃないの……。あなたの隣にいるのに、こんな穢れた女は相応しくない。私、あのね、境のこと大好き。あなたのために腕を磨いて、補佐の地位を勝ち取った。でも、こんな情けない私はあなたの役に立てない。私は、私は!」
「フヨウ……」
境は、フヨウの手を払いのけ、羽で包み込むように彼女を抱きしめた。
「境……」
「そんなことを言うな。……なあ、覚えているか? 僕のせいで親父と母さんが殺されちまった後はさ、君が誰よりも傍にいてくれて、支えてくれたよな。
思い返せば、君はその時だけじゃなくてずっと前から僕の近くにいて、時に叱ってくれたり、時に優しくしてくれたりした。僕が立ち直れたのは、きっと君がいたからだ。
――なあ、フヨウ。僕のことを殴ったりするところは苦手だけどさ、でも感謝してるんだ、支えられているんだ。君がいるから僕は、超越者に立ち向かえる。君がいるからめんどくさくてもやれてんだ。
死ぬなんて言うな。生きろ。僕は君がいない人生はつまんないよ」
ポロリと、境の瞳からも涙が零れた。その雫が、自らの背中を叩いたのを感じたフヨウは、堰を切ったように、大声で泣いた。
数多の涙、潤む四つの瞳、抱き合うは二人。
互いの熱と吐息を感じながら、涙が収まるまでそうしていた。
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