第10話 嗅覚
嗅覚。 これは比喩ではありません。
私、鷲見朋は思い出します。
アメリカなどで一流の鑑識は、現場についた時に重視するのは
先入観のない状態。それならば、犯人が現場に到着した感覚に近づく。
そのため、鑑識の中には臭いを重視する人もいる……らしいです。
おそらく、文くん……禅野文という少年は知識から身に着けた技術ではなく天性の感覚で行っているのでしょう。
その技術は、所謂プロファイリングのような事も……
「誘拐という行為はリスクが高い。家族がいる家に被害者を連れ帰る……そんな実例もないわけではないが……コイツは計画的。それなら事前に準備もしているか……」
ブツブツと彼は呟き、スマホの地図アプリを開きます。
「それは何を?」と私は聞きます。
「ん? あぁ、犯人の潜伏先。その条件に該当する場所に記録している」
横から覗き込むと、3か所の建物が赤い丸で囲まれています。
私は酷く驚きました。
「これは犯人が……礼がいる場所が3か所まで絞られているという事でしょうか?」
「……まだ3か所。もう少し絞れる――――いや、ここだ」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
廃ビル。 埃の臭い。
そして、山の臭いだ。
窓ガラスもなく、吹き込んだ雨と風はコンクリートの床に土をばら撒いている。
腐った植物と昆虫の死体が混ざった異臭。
田舎では当たり前のソレは都会では異物となり、不快感を生み出している。
廃ビルでも、そこは高い階層だ。
吹き抜けで、声を障害する物はないが、叫んでも人の耳に届く事はない。
そういう場所だ。 そういう場所を選んだ。
オレは少女を見下ろした。
廃ビルには似つかわしくない豪勢なベッドの上。 彼女は寝ている。
微動だにしない美しさは、時折――――
(死んでいるのではない?)
そう不安に駆られるが、規則正しく上下している胸の呼吸が否定をしてくれる。
彼女――――花牟 礼は天才だ。少なくともオレは、そう思っている。
彼女の作品を見た瞬間、自分の胸を抉り取られたような錯覚に陥った事を思い出す。
自分の中に潜む闇――――邪悪なる本質を見せられた感覚。
(いやだ。自分は異常者なんかじゃない)
心は、そう叫んでいた。
だが、痛みは慣れる。 一度、我慢できると言う事は一生、我慢できると言う事だ。
鈍化した異常は肥大化する。まるで――――
「まるで、異常者である自分が肯定されいくような心地よさだ」
口にした事で不意に思ってしまう。
「どうして、自分は彼女を攫ったのだろうか? こんなにも慎重に、計画と立てて?」
だから、自覚してしまう。 どうやら、自分は彼女を――――
いや、彼女が表現する自分の異常性を独り占めしたくなった。
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