第2話 禅野文
「人はなぜ、人を殺してはいけないのか?」
僕の生まれる少し前に流行った言葉らしい。
子供に問われて答えられない大人たち。
稚拙だけど哲学的な言葉だ。
(非常に哲学だ。200年ほどにイギリスの哲学者がそれらしい答えを出している)。
けど、想像してほしい。
子供ではなく、大人……僕は、幼い頃、実の両親から、この言葉を投げかけられたのだ。
当時の僕は、どう返せばよかったのか?
(笑う以外に返事する方法があったら教えてほしい)
さらに僕の両親は、こう続けた。
「実はね、お父さんとお母さんは殺人鬼なの」
なんのジョークだよ?
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
放課後の学校。僕こと、禅野文は夜の学校を歩く。
目的はない――――いや、ある事はあるが、まだ手掛かりを探す段階だ。
闇が深みを増していく。自分が体から剥離していくような感覚に襲われる。
「まるで二重人格を気取ってる思春期の少年だ」
独白を楽しむ。
二重人格の殺人鬼。 新伝綺の世界だ。
「でも、きっと僕が言うと自虐的に感じる人がいるんだよな」
そんな時だった。 視線が赤く染まっていく。
殺意が広がっていく感覚。
誰の殺意?
僕のだ。
発作的に襲ってくる殺人衝動。
「あぁ……どうしようもなく僕は異常者だ」
獲物がいる。
まだ、僕自身が認識できていない獲物。
どうやら未知の器官が感知しているらしい。
殺人鬼としての遺伝が存在しないはずの器官を作っているのかもしれない。
「どこだ? どこにいる(おちつけ、人を殺すつもりか?)」
「匂いがする(そんな嗅覚があるはずがない。錯覚だ)」
「いた(目を閉じろ。見なければ――――)」
「馬鹿が、お前はまだ自分が人間だと思っているのか?」
眼が痛い。 血が眼球に集結していく。
視界の赤が、濃さを増す。 深紅の視界。
女性がいた(獲物だ)
呑気に窓から外を覗いている。
こんな日に星空を眺めているのだろうか?
駆け出したく衝動を抑え、僕はゆっくり歩く。
無音の夜。 自分の足跡が妙に耳に残る。
コツコツコツ……
彼女(獲物)が僕に気づく。
「お疲れ様です。今日も、礼が美術室に――――え?」
彼女は、僕に何を見たのだろうか? 何を見て、そんなのに驚いているのだろうか?
僕の精神だけではなく、見た目も醜い怪物にでも変貌しているのか?
しかし、彼女の言葉は、僕の意表を突くものだった。
「……綺麗な瞳」
僕は彼女に抱きついた。
なぜか?
きっと、殺意よりも愛しさが勝ったのだろう。
どうすればよかったのだろうか? 僕の手にナイフが握られている。
見覚えのないナイフ。 無意識に購入して、無意識に持ち歩いていたのだろう……たぶん。
「どうして私を? 貴方は誰?」
強い女性だ。他者に命を握られて言葉を発せれる。
僕もそんな強さが欲しかった。
「すまない」と自然と言葉を漏らしていた。
僕は、誓った。 決して、彼女を――――彼女だけは殺さない。
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