第7話

 突然の話だが、この世には因果律という言葉があるのを知っているだろうか。

 その言葉の意味を簡単に言えば、物事には必ず原因と、それに伴った結果という二点が必ず存在するというもの。

 つまり何かのフラグを拾った時点で、終点とまで言わずともそれが原因となって繋がった結果の部分にはその因果は必ず通るのである。


 因みに、誰かの言葉だとその間には過程という物が挟まるのだが、それはまた今度話すとしよう。


 つまり何が言いたいかというと。


「いや、私の家あっちなのだけれど」

「言ったろ和菓子屋があるって。俺を巻き込んだ時点でここに来ることは確定事項だ」


 空路を巻き込んだ事が原因で雪城が真っ直ぐ家に帰れない事は、逃れられない因果であった。


「えぇ……」


 謎の理論を持ち出して勝手に行き先を追加された雪城は、思わず遠い目をして引いた。

 雪城が空路の指の感触を無意識に楽しみながら上の空で歩いていれば、気がつけば道は自宅への曲がり角を過ぎていた。

 彼女の意識が上の空な事自体が稀な事なのだが、誰かの温もりを感じて安心したのか、それとも異性との接触に緊張していたのかは分からない。


「……どうかしているわ」

「なんか言ったか」

「いいえ」


 いつもの調子ならば、揶揄うだけで直ぐに手を離していたであろう。

 しかし繋いだ手を離さなかったのは、ある懸念への不安を払う為もあるのだが、一番は女子との、しかも用紙にそれなりに自信のある自分自身との触れ合いに一切の動揺を見せないこの男への小さな意地であった。


「ふんっ」

「いっだぁ!?」


 何故とは言わないが、雪城は空路の指を絡めて握ったままその手を引き抜くように離した。

 もちろん握ったままだったために、空路の指からはゴキリと音がした。きっと指の関節が鳴った音であろう……多分。恐らくは。


「お前捻挫してたり折れてたらどーすんだおい」

「大丈夫よその時はまた舐めてあげるから」

「お前にそんな何処ぞの島の奴みたいなヒーリング能力はない……ってかいつの間にか俺が舐めてもらうのをお願いする立場になってないか」

「変態ね」

「風評被害だ!!」


 何もしていないのに変態のカルマをまた一つ背負わされた空路が深々とため息をついたが、雪城はその様を見ても悪びれることも無く先へ歩いた。

 しばらく二人で会話を続けていると、雪城は川沿いの道の向こうに『翡翠堂』と書かれた小さな木彫りの看板を見つけた。


「あれが和菓子屋かしら?」

「そうだ、あれが和菓子の老舗、翡翠堂」


 空路の首肯を横目に見ながら辿り着いたその墓所は、敷地が狭いながらも木造の家屋は年代を感じさせながらも立派に建っており、老舗と言われるだけはある店構えをしていた。


「いらっしゃいませー……って空路さんじゃないですか!お久しぶりです!」

「久しぶり……と言ってもこの間も店に来てたんだがな」

「えー知らなかったです!勿体ないことしたなー」


 空路がガラリと引き戸を開けると、正面のカウンターに立っていた少女が店員としての対応をし、客が空路だと分かった途端その態度は軟化した。

 そんな様子に雪城が少々ばかり気後れする中、空路は気にした様子もなくその少女にヒラヒラと手を振った。


「彼女がここの看板娘。夏海ちゃんだ」

「空路さんのご学友ですか?お客様はここ初めましてですよね!ご紹介に預かりました糸魚 夏海いとい なつみ、今年で十四歳です!」


 溌剌とした声で自己紹介をし、短めのポニーテールが可愛らしく跳ねる様は良いとして、何故格好がフリルマシマシの和風メイド服なのか。

 この男も、店内に一人二人いた客も特に気にしてないし聞いたら負けなんだろうか。

 なんていうモヤモヤを抱えながらも平静を装って雪城も返答をする。


「何故年齢まで……雪城 咲夜よ。それにしても、こんな所に和菓子屋があったなんて知らなかったわ」

「あはは、まぁ人通りが多いとこじゃないですからねここ。あ、少し待ってて下さいね」


 そう言ってパタパタとレジの方へ行き、店内の客の会計をする夏海を見送りながら、雪城は空路へ彼女の格好への疑問を呈した。


「彼女、何であの格好なのかしら。別にここの制服って訳でもないんでしょう?」

「本人の趣味らしいぞ」


 カウンターへ行く際にカウンター越しにちらりと見えたガーターベルトを思い返しながら、すごい癖だななんて考えた雪城だったが、人の指を舐る彼女が言えたことではない。


「この間もスーパーで見たわよゴスロリの子」

「この街の流行りなんじゃないか」


 そんな流行があってたまるか。


 この街の風紀について雪城が懸念を感じている間に、手際よく客を捌いた夏海はこちらへとにこやかに戻ってきた。


「お待たせしました~!……で、今まで百鬼さん、花宮さん、妹さんしか連れて来なかった空路さんが連れてきた雪城さんは一体どういう関係で?」


 夏海の質問に雪城は言葉を詰まらせる。

 出会って間もない上にそのエピソードの中身が中身であるために大声で言えることでもない。

 こんな事ならば口裏ぐらい合わせておくべきだったかと後悔していると、意外にも空路がその問に対して何でもない風に答えた。


「ただの友達」

「ホントですかぁ~?学校では猫被ってても中身がアレな空路さんに?こんな美少女の友達?」

「アレってお前……でも否定出来ねぇ……」


 ニヤニヤと笑う夏海のことは置いておいて、学校では猫を被っているとはどういう事なのか。

 いや、夏海は中学二年生。恐らく彼の素性を知る機会があるとすれば、二人が去年同じ学校だったと仮定すれば辻褄が合う。


 彼はあの陰キャが素ではないのか。

 思えば彼は人付き合いが悪いかと言われれば人と話す事に忌避感がある訳でもなく、普通に受け答えも、冗談だって交えられる。

 一気に空路の人物像が掴めなくなった。


「そういえばこの時間に店番って、学校から帰ってから直ぐだよな?」

「はい!偉いですか?褒めてくれても良いんですよ?」

「はいはいまた今度な……」


 雪城が頭を悩ませてる横で勝手に二人で盛り上がっている事に毒気を抜かれた彼女は、二人の会話の輪に混ざる事にした。


「そういえば、ご両親はどうしているの?」

「お母さんは明日の仕込み……か夕飯の準備ですかね。どっちにしろ裏にいます。で、お父さんは多分地下ですねぇ」

「地下?」


 聞きなれない単語に首を傾げる雪城に、夏海は左腕を頭上まで上げ、あははと照れたような笑いながら説明を補足した。


「はい!お父さん、趣味でサバゲーの専門店を店の地下でやってるんですよ」

「どうせだ、見ていくのも良いんじゃないか」

「おぉ、女の子で共通の趣味って少ないので大歓迎です!是非どうぞ!」

「えっ、あっ、ちょっと?!」


 いつの間にかカウンターから出てきていた夏海に手を握られ、後ろに立つ空路にも勧められ、前後からの勧めに押された雪城は夏海に手を引かれるままに地下へと案内された。……最初の和菓子の話は一体どこへ行ったのだろう。

 夏海がこちらに向けてグッドサインをしているが、雪城的には何もグッドではない。


「……?」


 雪城が困惑しつつチラリと後ろの空路の方を向いた時、今まで見た事の無い冷めた視線を外に向けている事に彼女は少しばかり胸騒ぎがした。



 ◇



「疲れた……」

「でも雪城さんいい筋してますよ!お父さんも喜んでましたし。そうだ、良ければお父さんのチーム練習に参加してみませんか……?」

「凄まじく遠慮しておくわ」


 地下のサバゲーコーナーから雪城が開放されたのはあれから一時間後のことであった。

 ドッと疲れた顔をした雪城が夏海と共に地上へと上がり周囲を見回して空路を探すと、彼は端の飲食スペースで大福を食べていた。


「貴方……私を売ったわね……」

「……売ってないぞ。ただ俺は地下のを一度見た事があるってだけで」

「だからって一人逃げ出すことないじゃない、私だけ散々試し撃ちさせられたのだけれど?!」

「ん、ご馳走様」

「聞けおいコラ」


 憤慨する雪城をお茶を啜りながら鼻であしらった空路は、一つのビニール袋を雪城に差し出す。


「何かしら」

「まぁ、詫びだ。家族とでも食え」

「……っ」


 雪城が袋の中を覗くと、そこにあったのは大福や羊羹、どら焼きなどの簡単な和菓子が取り繕われて入っていた。

 その中身を見てなのか、空路の言葉に対してかは分からないが、少しばかり顔に陰を落とす雪城を横目に見ながら、席から立ってグッと伸びをした空路はレジに立っていた女性と夏海に顔を向ける。


「それじゃ、ご馳走様でしたお母さん」

「まぁ、お義母さんだなんて……!」

「照れますよ空路さん……!」

「勘違いも甚だしいぞ親子揃って」


 勝手に家族の一員にされかけた上に、空路は何だか地下から殺気を感じた。

 ……因みに夏海の父はサバゲーで五十メートル先までならば射程圏内に収めるガタイのいいスキンヘッドである。空路に勝ち目はない。

 空路は軽く咳払いをしてなるべく平静を装いながら、雪城を伴ってそそくさと店を出た。


「焦りすぎじゃないかしら」

「背中。俺。撃たれる」

「そんなまさ……帰りましょう」


 雪城が後ろを振り返り店内を見るが、いつの間にか地下から上の階へ上がってきていた夏海の父が手に持っているデカいアサルトライフルは見なかったことにした。

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君の薬指は蜜の味 樒キョウカ @amefuri-12

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