第3話
絵里のクラスメイト達を口八丁手八丁でひらりと躱しきった遼太郎は、空路が居ると予想した場所である昇降口にまで足を運び、キョロキョロと辺りを見回しながらポツリと言葉を零す。
「いやぁ、空路が陰キャムーブでやってたなんて」
以前、遼太郎が彼と知り合ったばかりの時はもう少し八方美人キャラであったためにそのギャップに彼は内心で笑ってしまった。
それでも遼太郎が空路の動きを予測できたのは、彼の中身を知っているのが一番大きい。
そして遼太郎はクラスメイトのあの反応からクラスメイト達が空路の存在を知らない、つまりはスタートダッシュが肝心な学校のカーストに関して表に立つ事をしていない事に気づいた。
後はあの状況から見て、彼は目立って見つかる前に出ていったんだろうなという結論に達した。
「お、いたいた」
そしてその予想は直ぐに的中し、彼は入口の外で壁にもたれ掛かる空路の姿を発見する。遼太郎は後ろで縛った髪を揺らしながら手を振って空路の元に駆け寄った。
その様は傍から見れば付き合ってるカップルの待ち合わせにも見えなくはなく。
結局の所、空路の回避も遼太郎の気遣いも昇降口にいる生徒の視線がチラチラと向いている時点で無意味になりつつある事を二人は気づかない。
「おーい空路ー」
「おう、来たか」
そんな中、遼太郎の呼ぶ声に反応した空路は背中を壁から離して遼太郎の隣に並び、二人で駐輪場から自転車を回収してから共に校門を出た。
「悪い事をしたね」
「いや、別にいい。別に大事な理由があってああしてる訳じゃないし……てか百鬼は百鬼で俺に用事があったんじゃないのか?」
「いや、ちょっとした暇潰しにね」
二人で自転車を押しながら帰る中、そう言ってヒラヒラと手を振る遼太郎にその暇潰しで自身の静かな学校生活が揺るぎかけたのかと空路は苦笑いを浮かべた。
「今日はどこかに寄るのかい?」
遼太郎は、そんな空路を横目に見ながら慣れた様に聞いた。
中学からの付き合いである遼太郎は、空路が妹と二人暮らしであり、中学生の時から夕飯等の買い出しのために帰りによくスーパーに寄っていた事を彼は知っている。
空路も彼には何度か買い出しに付き合ってもらっており、そのついでに家に寄ることもあったために妹とも仲良くしてもらっていた。
「スーパーとコンビニに寄るつもりだった」
「そっか。それなら僕も付き合うよ」
「毎回悪いな」
「おや、君の口から謝罪が聞けるなんて……」
「馬鹿にしてんのかお前」
態とらしく涙を拭くような仕草をする遼太郎を睨みつけながら、空路はふと遼太郎を見て気付いた疑問を口にする。
「そういや、百鬼は今の高校からならバスか電車の方が良いんじゃないのか?申請すれば交通費援助だって出るだろ」
遼太郎の家は高校からでは二駅分ぐらい挟む距離にある。幸い最寄りの駅とそこにバスターミナルもあるため、そちらの方が断然早いはずである。
遼太郎はその疑問を聞くと、ハハハと笑いながら空路に流し目を送り口を開く。
「交通手段は空路の言う通りなんだけどね、三学期から昨日まで互いに何かと忙しかっただろう?空路はきっと自転車で来るだろうから、久しぶりに一緒に帰ってやろうと思ってね」
「お前そんな友達想いな奴だったか」
「あとは君がいつものように何かトラブルを引っ張って来ないかと期待してたんだ」
「期待してても黙っとけよそれ……」
空路のツッコミに対し遼太郎はチラリと後ろに視線をやってから、でも、と付け加えた。
「期待通りじゃないか」
「非常に遺憾だがな」
二人は顔を見合わせてから今度は立ち止まって後ろを向く。されど、後ろには特に気になるような光景はない。
それでも、彼ら二人はここに至るまでにずっと背後から視線を送る人物の存在に気が付いていた。
そして二人が前に向き直って再び歩き出しても背後からの気配が消えることはなく、遼太郎はニヤリと口角を上げて空路に視線を送る。
「どうする?誘き出すかい?」
「いや、今日は放置でいい。自転車で撒くぞ」
虚ろは後ろを向いた時に、人が隠れられる物陰はあれど自転車を同時に隠すほどの死角は無かったことに気づき、相手は徒歩であると予想した。
予想は当たっていたらしく、二人がスーパーに自転車を停める頃には視線はすっかりと消えていた。
「撒けた様だけど、本当に良かったのかい?」
「まぁどっちに用があるかも分からないし、何かあればまた後をつけてくるだろ」
「えー、空路なら未だしもその対象が僕だったらどうするのさー」
態とらしく口を尖らせる遼太郎だがその態度に心配の色は微塵もなく、勿論、空路にも心配の色は全くといってない。
「百鬼ならどうとでもなりそうだけどな」
「買い被りすぎだよ」
遼太郎はまたハハハと大きく笑い、スーパーへと足を向ける。
「ま、その時はその時で……そうだな、どら焼き一つで手を打ってあげよう」
「その時は首を突っ込んだ自業自得だろ」
「手厳しいなぁ」
空路は中学の時と変わらない飄々とした態度の遼太郎に、どら焼きが好きなのも含めて相変わらずだなと苦笑した。
◇
翌日。
帰りのホームルームを流し聴きながら、空路は昨日の事に思考を飛ばす。
あの後、無事入手したコンビニの新作スイーツに舌鼓を打つ妹の笑顔で英気を養った空路は、その英気にて怠惰な学校生活を乗り切りつつ、昨日の視線の主が今日は特に出てこなかった事に安堵とは違う不安のようなものを感じていた。
(朝も授業中も視線は感じなかった……付けてくるのは下校の時だけなのか?)
先程チャットにて他クラスである遼太郎から特に視線を感じることは無かったと連絡が入っており、今日の所は手がかりゼロであった。
(まぁ本当に付け狙ってるならまた出てくるだろ)
そう楽観視し気を抜いた頃には既に帰りのホームルームは終わっており、クラスメイト達はワイワイと放課後の予定を立てていた。
「ねぇ放課後どこ行く?」
「私部活見学あるからパスー」
「私のアクセ見に行きたいんだけど」
思い思いにそれぞれのグループで盛り上がる生徒達を横目に、帰ろうと立ち上がった空路は、偶々机の上に置きっぱなしにしていた消しゴムを落とした。
「あら、落としましたよ」
そして落ちた消しゴムは、丁度そこを通りかかったクラスの頂点、雪城の足元へと転がった。
「あ、あぁ……ありがとうっ?!」
雪城から拾い上げた消しゴムを受け取ろうと手を伸ばした時、空の指が雪城の指に触れてしまい、思わず彼の声が裏返った。
「ふふっ……ごめんなさいね」
「こ、こちらこそ悪かったな」
上品に微笑む雪城と挙動不審気味に消しゴムを受け取った空路のやり取りは、一瞬だったため特にクラスメイトに注目されることも無かった。
「……むっ」
……幼馴染一人を除いては。
「青春……って柄でもないか」
上品な歩き方で教室を出ていく雪城の後ろ姿を見て、自身の消しゴムを握った手を見た空路は、妙な胸の高鳴りを……否、謎の胸騒ぎを感じていた。
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