第2話
空路の馬鹿な感想なぞ知る由もなく、絵里はさも当たり前のように空路の隣へと腰掛けた。
よく観察すれば派手なのは頭部だけでなく、ジャケットは気崩して肩を出しており、その下のワイシャツは第一ボタンを外し、その内側に秘められた胸の主張が目に入る。
腰のスカートにはチェーンアクセを着け、当然の如くその長さは膝上、そこから覗く太ももは思春期男子高校生には眩しいものであった。
「なに?」
「いや、なんでも」
空路の視線に気づいた絵里は半眼で睨むが、空路は何処吹く風とすまし顔で視線を弁当へ戻す。
昔は地味だった彼女が見違える様だと、空路はまるで親戚のおじさんのような気分である。
まぁ最も空路は叔父になったことも無ければそういった親戚も身内に特に居ないので、あくまでも彼のただの私見なのだが。
空路の視線のせいか、態度のせいか、それとも全身の格好を見た上で何も言わなかったせいか。
真偽は分からないが、何故か絵里は若干むくれた表情で力強くコンビニのパンの袋を開ける。
「あんた、まだやってる訳?というか高校でも続ける訳?その孤独ごっこ」
「孤独ごっこじゃない。あのクラスの人間と連む価値を見いだせないだけだ」
絵里の問いに空路は考える間もなく答えを返す。
あのクラスの人間と仲良くなった所で、得るものは使えない駒からの無駄な信頼。失うものは時間と金とエトセトラ。
空路にとってどちらを優先すべきかは火を見るより明らかであり、結論も決まっていた。
特に言葉に出す訳でもない自己弁護を一通り考えた所で、彼はそもそもの疑問を呈した。
「というかお前こそ、こんなとこで油売ってていいのかよ。朝にそれなりに友達作ってたろ」
「あー……確かにお昼誘われたけどね。つーか私がどうしようがアンタに関係なくない?」
「まぁ、確かに」
絵里の返しに彼は今度は歯切れ悪く引き下がる。
関係ない。
そう言われてしまえば引き下がらざるを得ないが、かと言って双方互いに興味が無い訳でもどうでもいい訳でもなく、それなりに気にはしている。
彼ら二人の『幼馴染』という関係は、そんな絶妙で不安定なバランスの上で成り立っているのだ。
「……」
「……」
自分から話を振っておいて自分でぶった切ってしまった気まずい空気に耐えかねた絵里は、少しばかり視線を彷徨わせてから会話の糸口を探し、空路の持つ弁当に目線が行った。
「美味しそうな弁当じゃん」
「唐突だな」
「うっさい」
絵里の思うように行かず、話に乗って来なかった空路に絵里は仕返しとばかりに彼の弁当からもう一切れの卵焼きを指で摘んで奪う。
「ちょっ」
「ん、美味しい」
「お前なぁ……」
空路は絵里の突然の行動に半眼で睨むが、美味しそうに自身の作った卵焼きを食べる彼女を見て怒る気も失せた。
「まぁ、美味しかったならいい」
「私もお弁当作ってみようかなぁ」
空路に触発され弁当を作ろうか悩む絵里に対し、空路はあることを思い出し言葉を返す。
「お前料理出来たっけ」
「た、多少は?」
「確か中学の調理実習の時にクッキー真っ黒に焦がしてたよな」
「何で覚えてんの……」
あれは中学二年の調理実習。
突如オーブンから煙が上がり、絵里が黒い何かを持って大泣きしていたあの光景を空路はきっと忘れることは無いだろう。
同じ光景を思い出し、苦い顔をした絵里は空になったパンの袋を握り潰して立ち上がる。
「萎えた。帰る」
「そうかい。俺は久しぶりに話せて楽しかったぞ」
全然楽しそうではない空路の顔は置いといて、不意打ちのように言われた言葉に驚いた顔を浮かべた絵里は空路に一言呟く。
「うわ、キモッ」
「女子のキモイの殺傷能力って凄いな……」
絵里の言葉が心に深々と突き刺さり苦笑いを浮かべる空路を一瞥した絵里は、ポーカーフェイスが崩れない内に足早に立ち去った。
(もう何でいつもサラッと言うのそういう事!)
「本気で嫌われてないといいんだが……いやまさかね?これ以上減る友達いねぇよ?……いやまぁ友達どころかただの腐れ縁でしかないんだが」
早々と立ち去る絵里の後ろ姿を見ながらそんなことを思い、独り言を呟く空路。
二人の溝は、もうしばらくは埋まらぬ様である。
◇
「連絡事項は以上だ。お前らさっさと帰れよー」
一日目の授業、そして帰りのホームルームも終わった現在。
クラスの皆がその開放感に和気藹々とする中、無事ぼっちデビューを果たした空路は脳内で一人ぼんやりと放課後の予定を立てていた。
(スーパーに行くのは確定として、本屋寄ってから行くか、いやでも未来から新作コンビニスイーツ頼まれてたんだっけ)
未来とは今朝、某人気カードゲームの罠カードで学校を破壊しようとした妹、
彼女からは午後の授業の合間にコンビニの新作スイーツの画像と共に、買ってきて欲しい旨を長々と説明したチャットがチャットアプリに届いていた。
「おーい、空路いるー?」
空路がそろそろ教室を出ようとした所で、自身の名を呼ぶ声が聞こえた。
その声のする方向を向くと、教室の出入口から顔を覗かせるロングの髪を後ろに纏める男子生徒の姿があった。
「ねぇ、誰だろあの子」
「えーちょっと可愛いんだけど!」
「睫毛長くない?てかよく見たら男子じゃん」
「あ、
男子にしては珍しい容姿と、その姿でも違和感のない整った顔立ちをした美形ということもあって教室内がザワつく中、旧知の中である絵里がその少年、
「やほー絵理ちゃん」
「え、花宮さん知り合い?」
「うん、同じ中学の百鬼君」
「マジ?!やば!私、絵里の友達の
「僕は百鬼遼太郎だよ。絵里ちゃんをよろしくね」
ノリの良さ、そして爽やかな受け答えにクラスメイト達は好印象を受けたようで、更にお近づきになろうとクラスメイト達が口を挟もうとするが、その前に遼太郎は先手を打つ。
「皆とお話したいのは山々なんだけどね、ちょっと今日は用事があるんだ。ごめんね?それで絵里ちゃん、空路いる?」
「え、空路ならさっきまで……あれ、居ない」
遼太郎の言葉に絵里が空路の席の方を見たが、そこには既に彼の姿は無かった。
話題の中心にいる二人から発せられた『空路』という謎の人物名に『誰そいつ』という言葉が上がるのを見て、遼太郎は大体のことを察した。
「あぁ、これは彼に悪い事をしたね……ありがと絵里ちゃん。彼の居場所なら大体分かると思うから」
「え、あ、うん。バイバイ」
「うん、じゃあね絵里ちゃん」
勝手に結論を立てて、未だ関わりに行くクラスメイトを言葉巧みに躱しながら帰っていく遼太郎の姿を見て絵里は一つ溜息を吐く。
「良いなぁ、ああいう関係」
相手の考えが何となく互いに理解し合える関係。
小学生の頃から空路の考えがよく分からない絵里には、彼らのそれが改めて羨ましく感じた。
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