第30話 乱心する従僕
動力源を失った魔の王の巨大な影――
それは、既に崩壊を始めていた。その意識は闇の奥へと後退し、自重を支え切れなくなった巨体は夜の帳へと徐々に溶けていく。まだ完全に消滅するまでには時間が掛かるが、ここから復活するような気配は微塵もなかった。
そんな中、エイドは思わず腰から崩れ落ちる。
「もう……動けねー……」
慣れない大技を連発したため、膝が笑っている状態だ。その場に仕方なく留まっていると、不意にフミルが声を掛ける。
「お疲れ様でした」
次いで、何か意味深な視線を向けながら、その労をねぎらっていた。
「さすがエクストリミティは違いますね。すごいスキルを見せて頂きました」
相手を持ち上げていたが、一方のエイドはいい顔をしない。
「……お前は何を言ってるんだ? 何度も言うが、俺はただのモンストル・マスターの卵だぞ」
「ただの無精卵だと思いますが」
フミルからのこの指摘に少し沈黙するが、彼はすぐに切り替えていた。
「……それよりも、お前」
と、少し前の行為を非難する。
「さっき、メルマークと共謀して俺のこと嵌めただろ?」
だが、フミルは惚けるだけだった。
「なんのことですか? 魔獣使いでもない私にメルちゃんと意思疎通なんてできる訳ないじゃないですか」
「……お前なら、なんかできそうなんだよ」
エイドが怪訝な目で指摘をするが、少女の反応は変わらない。
「できませんよ。ねぇ、メルちゃん?」
そこで、視線を急に背後へと向けたため、彼もそれにつられていた。
「あ……!」
同時に、静かに近寄ってくる本来の元凶に詰問しようとする。
「メルマーク! お前、さっきはよくも――」
しかし、そこで言葉を切っていた。相手の様子がどうもおかしいからだ。フミルもそれに気づいて注目する中、トロル・ロードは主人の手前で立ち止まる。そして、何故かエイドの両肩に両手を置いていた。
「お……?」
彼は思わずポカンとしていたが――
「――⁉」
次の行為によって、完全に思考が停止していた。
トロル・ロードが――
エイドの頭部を丸ごと口腔に含んでしまったからだ。
無論、当の本人は息ができない。
「む――ご――――――ッ⁉」
「エイド君⁉」
フミルも突然の出来事に仰天するが、立ち往生するしかない。そんな状態がしばらく続いたが、急にトロル・ロードが何かに反応していた。
(――!)
同時に、エイドの頭部を無造作に吐き出す。
「ぶ――は――――――ッ⁉」
彼の方はそのまま大地に転がるが、慌てて上体を起こしていた。
「……お、おい! メル――」
と、憤懣やるかたない様子で文句を言おうとしていたが、ここでトロル・ロードが急にあさっての方角へと駆け出してしまう。
「――って、どこ行くんだよ⁉」
エイドが慌てて引き止めようとするが、相手は一切立ち止まらず、そのまま無人になった周囲の住宅街の中へと消え去っていた。
「……なんなんだ……いったい?」
彼が唖然とする中、フミルが腑に落ちない様子で尋ねる。
「……えーと、何があったんですか?」
「分かるか! なんか……頭ごと喰われて、口の中にまでなんか入ってきたんだよ!」
エイドが理解できる範囲で答えていたが、少女の方も憶測でしか語れなかった。
「……愛情表現……でしょうか? 甘噛みのような」
この言及に、彼は一応の納得をする。
「……そう……なのか? まぁ、確かにあいつの表現は過剰だからな」
「過剰なのは、エイド君の欺瞞の方だと思いますが」
続けてあった再度の指摘に思わず閉口していたが、再びすぐに切り替えていた。
「……とにかく、だ!」
と、少々声を荒げながら今後の予定を口にする。
「まだ動けそうにないから……メルマークを追うのはあとだ。王都の外には出られないだろうが、あれが街中をうろつくのはマズい気がする」
この見解にはフミルも同感だったが、ここで急に背を向けていた。
「そうですね。では、頑張ってください。私はアカデミーに戻って事情を報告しなければなりませんので」
これを聞いて、エイドは渋面になるしかない。
「……そうだろうが……なんか、ちょっと薄情じゃねーか?」
メルマークに対して、フミルが急に淡白な態度になった気がしていた。その理由がよく分からない。そうであるが故の追及だったが、一方の少女はそれには何も答えず、小さな笑顔のみを残して去って行った。
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