第29話 暴かれる欺瞞

 大討伐広場のすぐ外側で暮らしていた者達は、やはり先程の衝撃波によって異変に気づいていた。誰もが表に出てきていたが、そこで絶句してしまう。そして、混乱と恐慌が一気に駆け抜け、周囲は騒然とし始めていた。


 誰もトロル・ロードのことなど気にしていない。当の本人も、もう他人の目など全く眼中になかった。


(……こ――んのおおおお――――――ッ!)


 まだ完全に傷が癒えていなかったが、思わず飛び出してしまう。そのまま怒りに任せて飛び掛かっていたが、爪が届く寸前に相手が再び腕を薙ぎ払っていた。

(――ッ⁉)


 同じ光景が繰り返されるが、さすがに一度見ている。先程よりも防御のタイミングが早かったため、地面に叩きつけられても、すぐに立ち上がることができていた。


 次いで、力の限り相手を睨みつける。色々と複雑な感情があったとはいえ、ここしばらく行動を共にしていた者を失ってしまった。これでは、例え相手を滅ぼすことができても、今後の身の振り場がない。少し冷静になってそんな個人的な計算も働いていたが、それよりも、内から湧き出てくる情動の方が抑えられなかった。


(こいつ……絶対に滅ぼす……ッ!)

 そのまま、何も考えずに再び突撃しようとしていたが――


「――メルちゃん! 落ち着いて!」

(――ッ!)


 フミルの一言で、思わず立ち止まっていた。次いで、メリアが視線を向ける。すると、少女の姿はいつの間にか戦域の外れにあった。傍には、例の老人がいる。その手を引きながら、敷地の外へと誘導しているところだった。


「……お爺さん。ここからは一人で避難してください!」

「あ……あう……」

 相手はかなり動揺していたが、その指示に従ってこの場から逃げる。それ自体は確かに理性的な行動だったが、メリアは納得ができなかった。


(あの子……知り合いを目の前で失ったのに、なんで……!)

 エイドのことを全く気にしていないのだ。その点に苛立ちを隠せず、思わず睨みつけていると、急いで戻ってきたフミルが再度同じ言葉を投げ掛けていた。


「落ち着いてください!」

(⁉)

 その言動にメリアが戸惑っていると、少女の方は黒い山に視線を移しながら語る。


「……大丈夫です。ある意味、これは僥倖といったところですから」

(何を言って……)

 メリアが呆然としていた――


 その刹那のことだ。

「ぬ――」

 と、向こうから唸るような男子の声が。


 メリアも弾かれたように黒い山に向き直ると――

(――ッ⁉)

 直後に、その大木の根元のような足がゆっくりと持ち上がってきていた。


 そして――

 その下で、見覚えのある男子が歯を食いしばっている。


「ぐ……〈グラビトロール……マキシマム・パぅワぁああああ〉――――――ッ!」


 絶叫のような声でスキルを発動しており、さらに大木の根元が上昇。このあり得ない展開に、メリアは完全に度肝を抜かれていた。


(え――ええええ――――――ッ⁉)


 そんな様子などお構いなく、エイドはそのまま天に向かって全力を突き上げる。


「ふ――んぬおおおお――――――ッ!」

『⁉』


 それによって、黒い山は体勢を崩し、大地の上でひっくり返ってしまう。大討伐広場の敷地内に大量の砂塵が舞い、大きな振動が激しく大地を揺さぶる中、メリアはもう唖然呆然とするだけだった。


(……な………………は……?)


 すると――

「……ようやく、本気を出してくれたみたいです」

 フミルがそう呟きながらさらに接近する。

(!)


 メリアが再度弾かれたように振り向くと、少女は肩で息を切らせているエイドの方を見つめながら断言していた。

「あれが、あなたの御主人様の本来の能力ですよ。上の人達から見れば、まだまだ未熟なようですけど」


 だが、そう言われても理解ができない。

(――って、ちょっと待って!)

 メリアもエイドの方に向き直り、常識的な疑念を心中で力強く吐露していた。


(今のって……戦士系のスキル・マイスターが扱える最上級の能力でしょ! なんでモンストル・マスターに使えるの!?)

 通常、魔獣使いは特殊な能力以外が扱えないはずだ。簡易なスキルであれば別だが、ここまでの大技は系統上不可能。あり得ない出来事に目を丸くしていると、フミルが静かに語り出していた。


「残念ながら、やはりエイド君には魔獣使いとしての才能は全くありません」

(⁉)

 この心中を見透かしたような発言にメリアが絶句する中、一方の少女は相手に向き直りながら事実だけを簡素に伝える。


「あなたがどうして彼に付き従っているのかは存じませんが、実際は全てが欺瞞なんです。自身にもそれを向けているようですけど」

 この言動自体にもメリアは少々動揺したが、それよりもここで一つのある可能性に気づいていた。


(エイドは……モンストル・マスターじゃない? もっと別系統の……それも、かなりの熟練者?)

 もし、そう仮定すれば、今の現象も説明ができる。だが、それでも事実関係に破綻があった。


(……でも、そうだとしたら、さっきまでのモンストル・マスターとしてのスキルも扱えないはず――)

 と、そこまで考えたところで、さらにある欺瞞の可能性に気づく。

(――うん? え……ッ⁉)


 スキルの発動は口頭発音が基本だが、上級者になれば無音で扱うことができるようになる。そこに全く違う言葉を上書きすれば、似ているスキルを同じように使用することも可能なはずだった。


 通常は全く違うスキルを発動させて、相手を翻弄する場合にのみ有効な手段だ。同じ能力であれば意味はないし、術者自身が混乱する可能性すらある。しかし、エイドの場合はその理由が特殊だと窺えた。


(もしかして……これってエンジェル・トレースじゃなくて、ホーリー・ブレス⁉ 追加の援護もエターナル・ガード⁉)

 先程から、知識よりも強力なサポート・スキルが掛かっているような気がしていたが、それならば説明ができる。ただ、それでもまだ納得できなかった。


(いや、でも……!)

 そのどれもが、有名なスキル・マイスターの最上級の能力だ。系統上、そんな組み合わせの習得は不可能なはずなのだ。その事実に一層混乱しそうになっていたが、ここで極めて小さな可能性が一つだけあることにやっと辿り着いていた。


(……ッ!)


 スキル・マイスターとしての道を極めし者――


 そう呼ばれた伝説の存在が、過去の歴史の中に一人だけいるのだ。その人物は、一部の特殊な系統を除いて、ほぼ全てのスキルを習得できたらしい。また、この特別な才能は、数多のスキルから新たな術式を組むことも可能だった。


 さらに、その者はこの国で最大の功績を遺し、今でもその血脈はなくてはならないものになっている。それは、メリアにとっても掛け替えのない存在だった。


 そう――

 先王ダン・グラウン・スティードと同じスキル・マイスター。


(まさか、こいつ……エクストリミティ……ッ⁉)


 そうであれば、エイドが高級住宅街にある寮に入っている理由にも説明がつく。その才能を見抜かれて、スプラウト・アカデミーで優遇されていたのだ。全てが線で繋がっていたが、その反面、ここで途方もない愚かさにも気づいていた。


 エクストリミティは、一部の特殊な系統だけは扱えない。

 そう――

 モンストル・マスターのような、全くの別系統の才能には触れることができないのだ。


 そうであるにも関わらず、エイドはそれを目指すのだという。

 他に極めて素晴らしい可能性を秘めているというのに――

 早死にしたくないという理由だけで――


(な……なんという才能の無駄使い……)


 もう開いた口が塞がらない。呆れを通り越して憐憫さえ感じていたが、ここでフミルが現実に引き戻していた。


「……呆気に取られる気持ちも分かりますが、あとにしましょう」

(――!)

 そうだった。今は戦闘中だ。


「まずは、あれをなんとかしないと!」

(……確かに……!)


 すぐ黒い山に向き直ると、向こうから無傷のエイドが駆け戻ってくる。同時に、黒い山が蠢いていた。一度スライムのような不確実な存在に変化してから、元の巨人の姿に戻っている。その異様に一瞬だけ怯んだが、先程までの絶望はもうそこにはなかった。


(……とにかく! こんな姿だけど、グレーター・プリーストとエクストリミティが揃ってるなんて、これ以上にない編成! サポートの子も優秀だし、数は少なくても、これなら……いけるかも!)


 そう判断し、改めて身構える。そこにエイドがちょうど辿り着き、同じ方向に向き直っていた。

「おし! いくぞ、お前ら!」

(ええ――)


 と、メリアが応答しようとしたが――

(――って、ええ⁉)


 思わず振り向いて唖然とする。

 エイドの位置は――相変わらず魔獣使いとしての最後列だった。

 そこへ、黒い山からの衝撃波。

『⁉』


 エイドとフミルがすかさずトロル・ロードの背後に隠れる。今のメリアなら充分に耐え忍ぶことができたが、全く納得はできなかった。

「……くそ! この攻撃だけは厄介だな……!」


 エイドがなんの違和感もない様子で言い放っているため、メリアは心中で叫ぶしかない。

(そういうことじゃないでしょ! なんであんたが最後列にいるの⁉)


 その声が届いたのか、フミルも隣に促していた。

「……エイド君。今は非常時です。前に出てください。本気で対処しないと」

 しかし、彼の態度には全く変化がない。


「……お前はいったい何を言ってるんだ? ひ弱な魔獣使いは一番後ろだと相場が決まってるだろ」

 この言動に――


(こ……こいつは……!)

 メリアの中で何かが切れていた。現状が何も分かっていない。認識できないとはいえ、女性を前に立たせているのだ。


(もう――いい……ッ!)

 感情に任せて、すぐさま単独で行動を開始。ただ、その際にフミルの方へ一瞬何かの目配せをしていた。


「メルちゃん⁉」

 少女がその意図を察したかどうかは判然としないが、メリアは我武者羅に突撃する。それを見て、エイドが未だに恣意的な行動に移ろうとしていた。


「援護するぞ!」

 そんな中、メリアは目標の手前で大きく跳躍。


(あんなのに期待した私が馬鹿だった! 私だけでも――やれる!)

 また黒い山による腕の薙ぎ払いがあったが、今度は小さな咆哮を下方に発し、その反動を利用して器用に上へと回避。そのまま爪の連撃で相手の核まで掘り進んでやろうと画策していたようだが、そこでさらに反撃を受けていた。


 黒い山による頭突きだ。

(な――⁉)

 それを空中でもろに受け、再び地面に叩きつけられる。


「メルマーク!」

 エイドが慌てて援護スキルを発動させようとしていたが、ここでトロル・ロードの様子がおかしいことに気づいていた。


「……なんだ? 動かなくなったぞ……!」

 その場から微動だにしないのだ。その不可解な状況に動揺していると、傍のフミルが急に声を上げる。


「エイド君!」

「!」

 すぐさまそちらを振り向くと、少女はかなり焦った様子で告げていた。


「メルちゃんに何か悪い負荷が掛かってます! 直接診てあげてください! 魔獣使いじゃないと分からないはずです!」

 どうしてそれが理解できたのか判然としないが、エイドはとりあえず行動に移る。


「お……おう……ッ!」

 そのまま従者の元に駆け寄り、声を掛けようとしていた。

「いったい、どう――」


 が、そこでメリアが急に動く。

「――え……?」

 エイドがキョトンとする中、彼女はその頭を鷲掴み。


(……ナイス・アシスト……!)

 次いで、何事もなかったように立ち上がり、黒い山を標的として定めていた。

 投擲態勢に移りながら。


(詭弁はお互い様なんだから――)

「……おいおい……ちょっと待て……」


 エイドが嫌な予感を全力で覚える中――

(――恨まないでよ――ね!)


 メリアは力の限りの腕力で彼を投擲。


「ご主人様を――投げるなああああ――――――ッ!」


 エイドが絶叫を上げるが、彼女の方には微塵も罪悪感はなかった。

 あっという間に黒い山が近づく中――


「――くッそがあッ!」

 エイドはやむを得ず、本来の能力を解放。


「〈ディメンション……クエイカー〉ッ!」


 その瞬間、空間ごと黒い山がズタズタに切り裂かれていた。次元を跨いで影響を及ぼすかなりの大技だ。その攻撃で黒い山は関節を失ったからか、自重を支え切れずに崩れ始めている。まるで、山体崩壊だ。エイド自身はその破片の一つを足場にして、慌てて跳躍しながら退避していた。


『!』

 他の二人がその隠し持っていた力に驚くが、すぐに意識を切り替える。

「見えた!」

 フミルが、その黒い濁流の狭間に核を指し示す。


(好機……ッ!)

 同時に、メリアが駆け出していた。ただ、目的地は黒い山ではなく、その傍に落ちている金属製の槍だ。先程、例の戦士像が崩壊した時、材質の違うこれだけが残ったのだ。すぐさま拾い上げると、その矛先を目標に定める。聖なる力を全力で込めながら。


(この一撃で――)


 だが――

(――間に合わない……⁉)

 相手にも驚異的な回復力がある。既に元の状態に戻りつつあり、このタイミングではギリギリ届きそうになかった。


 そこへ――

「〈ライトニング・カスケード〉!」

 フミルが援護のためのスキルを発動。電撃ではやはりダメージは通らなかったが、一瞬だけその動きを止めることができた。


 それを――

 メリアは見逃さない。


(いっけええええ―――――――ッ!)


 凄まじい膂力によって、槍を投擲。

 その矛先は吸い込まれるように一瞬で的へと到達し――


 黒い山の核を完全に破壊すると、夜空に逆方向の流星を描きながら消え去っていた。

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