第28話 蠢動する魔王の影
三人が大討伐広場の敷地内に突入した直後、天の漆黒は急に一点を目指して降下を始めていた。まるで瀑布のような光景だったが、それが流水とは似ても似つかぬものだということは既に全員が分かっている。その真下に存在する者を視認できる距離まで接近すると、フミルが声を大にしていた。
「――レッサー・デビル! グリミナスの欠片です……ッ!」
大討伐広場の中央にあるダン・グラウン・スティードの像。そのすぐ傍に、奴はいた。絵に描いたような悪魔そのものの姿だ。先程のアンデッド程の力は感じないが、状況は限りなく逼迫していた。
(想像通りの……最悪の展開……ッ!)
「どうするんだ⁉」
エイドが隣に尋ねると、少女は目標を指差す。
「もちろん、このまま殲滅します! 手遅れになる前に!」
その直後――
「――メルマーク⁉」
エイドは先頭を走る従者が急に立ち止まり、攻撃態勢に入ったことに気づく。
(一撃で……仕留める!)
メリアが先程と同じ咆哮で遠距離から仕掛けようとしていたが、彼の方がそれを制していた。
「待て! もう援護効果が切れてる!」
(……!)
メリアがその事実に気づいて硬直する中、エイドがすぐに援護スキルを発動。
「〈エンジェル・トレース〉!」
(……お誂え向き!)
再び退魔効果が全身を包み込み、改めて攻撃態勢に入っていた。
そこへ、フミルも続く。
「私も行きます!」
少女も掌を目標に向け、ハイセージとしての実力を示そうとしていた。
そして、数秒でお互い臨界に達する。
(〈プラトニック・ロアー……フォーカス・ブラスター〉!)
「〈ボルケーノ・ブラスター〉!」
前者は先程よりも範囲を絞った指向性の聖なる波動。後者は火炎を操るスキルの中では最上級の攻撃手段。その二つが一斉にレッサー・デビルへと襲い掛かっていた。
次の瞬間――
『!』
目標が見事に弾け飛ぶ。相手は場所を動くことができなかったようで、完全に直撃を受けていた。
「やったか……!」
エイドが思わず歓喜の声を上げていたが――
(……いえ……)
メリアは不穏な気配を感じ、警戒を続行。それはフミルも同様だった。
「まだです!」
行き場を無くして周囲にわだかまっていた漆黒の闇とレッサー・デビルの肉片。それらが交わりながら徐々に膨張していく。傍にあったダン・グラウン・スティードの像はそれに圧迫されて一瞬で崩壊。その異様な光景に、エイドは言葉がなかった。
「……おいおい。なんだこりゃ……」
思わず呆然としていると、フミルが声を張り上げる。
「こんな状態になっても、魔の意識が一つに纏まろうとしています! それだけ強烈な存在が出現しようとしているんです! 手を休めないでください!」
(厄介な……ッ!)
メリアも一瞬で意識を戻す中、仮初めの主人の方が先に行動を再開していた。
「〈リバース・ソング〉!」
再度の援護スキルでメリアの能力が上昇。すぐさま攻撃態勢に移っていたが、その前にフミルが次の一手を発動していた。
「〈アイシクルズ・ウェイブ〉!」
標的が先程よりも大きくなったため、広範囲に効果があるスキルを展開していた。これは周囲の水分を集めてそこに冷気を上乗せし、目標に無数の氷の矛を突き立てる大技だ。出し惜しみは一切ない。それはメリアも同様の理解で、フミルの才能に感嘆しつつ、ここで一気に決着をつけようとしていた。
(〈プラトニック・ロアー……マキシマム・バースト〉ッ!)
限界まで広げた大顎から、先程よりも強化された咆哮を放つ。それら二つの波動は一気に目標へと押し寄せ、未完成な存在を吹き飛ばそうとしていた。
だが――
『!?』
次の刹那、漆黒の塊の中心から爆発のような強烈な衝撃波が全方位に発生する。三人はこの攻撃に、その場で踏ん張るだけで精一杯。目も開けることができなかった。
ただ、一瞬のことだったため、三人はすぐに状況を確認する。真っ先に結果を理解したのはエイドだった。
「弾かれたのか……!?」
フミルの氷の矛は目標到達寸前で全壊している。メリアの全力も届いた様子はまるでなかった。
また、近くにあった英雄の戦士像が金属製の矛だけを残し、跡形もなく崩壊している。その衝撃波は大討伐広場の外まで到達していたが、周囲の家屋を倒壊させるまでには至っていなかった。住人達が何も気づかなかった訳はないだろうが。
なんにせよ――
(こいつ……もう……ッ!)
メリアは既に他のことが目に入っていなかった。ダン・グラウン・スティードの像があった元の場所に、二十メートルを超す黒い人型が屹立している。その巨体を支えるため、足元は巨木の根元のように太かった。まるで、黒い山だ。それが虚ろな意志を持ち、周囲の様子を静かに窺っていた。
エイドが小さな声で呟く。
「……もしかして……こいつがグリミナス……か? 復活したとでも……」
だが、その憶測にフミルは首を横に振っていた。
「……違います」
「!」
エイドが真剣な眼差しを向けると、少女は黒い山に視線を向けたまま語る。
「文献によれば、魔の王はもっとコンパクトな姿をしていたはずです。それに、意識も力も安定していないように見受けられます。これが敵の最終目標だったのか、中途半端になったのかは判然としませんが……」
そこで一旦言葉を切ると、語気を強めていた。
「なんにせよ……強敵です!」
その直後――
『⁉』
黒い山が行動を開始する。ただ、その意識は三人には全く向いていなかった。
「こいつ、俺達を無視して王城に向かうのか……!」
エイドのその理解は、他の二人にも瞬時に伝わる。それと同時に、メリアが焦燥感を一気に強めていた。
(行かせない!)
あの未完成の黒い山に、半世紀前の記憶が残っているのか。判然としないが、とにかく自分の家族を危険に晒すつもりは毛頭なかった。即刻そのあとを追って接近。幸い動きが遅いため、すぐに距離を詰めることができそうだった。
ただ、その体格差にエイドが焦る。
「メルマーク……!」
トロル・ロードが小人に見える今の状況に愕然とする中、一方のフミルは冷静に状況を分析していた。
「あの衝撃波がある以上、接近しなければダメージは与えられません! メルちゃんの行動は正しいです!」
「そうだとは思うけどよ……!」
相棒の身を心配するが、他に戦力がない以上は仕方がない。
「〈オーバー・ヴォイス〉!」
とにかくメリアに追加の援護スキルを上乗せし、その身体能力を可能な限り上昇させていた。
同時に、フミルが再び声を上げる。
「先程、魔が完全に集束する前に、例のレッサー・デビルの破片が核になっていくのを見ました! これだけの巨体です! それが動力源になっているはずです! そこさえ破壊できれば!」
(了解……ッ!)
身体機能全般が上昇しているため、突出しているメリアの耳にも内容は届いたようだ。理解しながら改めて突撃するが、その前にフミルがもう一手仕掛ける。
「これならいけるかも……援護します!」
今度は掌を天空に向けると、そこに雷雲が突如として発生。
「〈ライトニング・カスケード〉!」
次いで、黒い巨体に反応不可能な雷の一撃を解き放っていた。
しかし――
「少し足止めできただけ⁉」
電撃で一瞬だけ目標は立ち止まったものの、すぐに移動を再開しようとする。少女はその結果に歯噛みしていたが、接近していたメリアは構わずに跳躍していた。
(充分……ッ!)
そのまま爪の一撃を相手の背後に突き立てる。まだ誕生したばかりの黒い山はこの一撃で大きく裂かれていたが、次の光景に三人が絶句していた。
『⁉』
あっという間に傷口が塞がったのだ。
(こいつも回復能力が……ッ!)
メリアが地面に着地しながら確認する。こちらの攻撃は届いても無意味なようだ。トロルも同様だが、この種の手合いには一点集中の連続攻撃しか攻略方法はない。こちらは手の数が圧倒的に足りていなかったが、それでも諦めるつもりは毛頭なかった。
(これで終わりじゃ――)
再び跳躍し、その背に取りつこうとする。
が――
その直前、相手が振り向き様に巨大な腕を薙ぎ払っていた。
(――ッ⁉)
メリアが慌てて空中で防御しようとするが、間に合わない。そもそもの質量も全く違うため、簡単に弾き飛ばされて地面に激突していた。
「メルマーク!」
エイドが慌てて駆け寄ろうとするが、そこはトロルの上位種だ。
(……平気だけど……!)
すぐにメリアが起き上がっていた。こちらにも驚異的な回復能力がある。すぐには動けそうになかったが、致命傷は受けていなかった。
もっとも――
『――⁉』
三人は同時に気づく。黒い山が足を止め、その視線をこちらへと向けていることに。
思わず全員が怯んでいたが、エイドは気丈な様子で尋ねていた。
「意識は完全にこっちに向いたようだけど……さて、どうする?」
一方のフミルは明言する。
「火力が全然足りません。あの回復能力を上回る力でダメージを与え、核を剥き出しにする必要がありますが……」
「……この騒ぎを聞きつけた人達が援軍を呼んでくることを期待するか?」
エイドが他力本願による可能性を口にするが、少女に返事はなかった。ただ、意味深な視線で彼のことを見つめている。その何かを訴えかけるような眼差しに、お互いが一瞬硬直した時のことだった。
「――なんということじゃ……」
と、急に別の人間の声が届く。
『⁉』
三人が同時に顔を向けると、黒い山の足元に老人の姿があった。この暗闇で、間近の巨体には気づいていないらしい。また、エイドとフミルにとっては、一度だけ見たことのある人物でもあった。
「戦士様の像が……粉々に……」
この大討伐広場を管理しているという例の老人だ。この騒動に気づき、様子を見に来たらしい。そこで崇拝していた英雄の像が木っ端微塵になっている様子を目にして、ショックを受けていた。
エイドが慌てる。
「爺さん! 避難しろ! こっちに来るな!」
「んあ……?」
その指摘により、ようやく頭上を振り仰いでいた。
「――ひィ……ッ⁉」
だが、そこで完全に足が竦んでしまう。黒い山と目が合ったからだ。さらに、巨人の方はその小さな存在を疎ましく思ったのか、大木の根元のような足首をそちらに振りかざし、踏み潰そうとしていた。
この危機的な状況に、エイドがほぼ脊髄反射で飛び出す。
「くそ――ッ!」
「エイド君⁉」
フミルが仰天する中、彼は全速力で老人の元に到達。力の限り相手を突き飛ばして、自分もそのまま――
走り抜けるつもりだった。
が――
漆黒の塊は、一瞬でエイドの姿を呑み込んでしまう。
その一連の事態を――
(――な……ッ⁉)
回復中のメリアは、ただ見つめることしかできなかった。
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