第24話 道中

 メリアが進路変更をしてから、しばらく経過した時のことだ。

「――うん? 気配が減ってる……?」


 先程までは二つの存在を感じていたが、今は一つしか認識できなかった。しかも、大きな気配の方が消失している。今は自分の力が安定しないため、気づくのが遅れたようだ。ただ、フォグ・モンスターが自らの気配を自在に操るための条件は、極めて厳しいはずだった。


 そのことを考慮しながら走り続けていると、やがて目的地の場所がおおよそ判別できるようになる。

「この先は……もしかして大討伐広場?」


 自分の祖父が討伐した魔の王――グリミナスが没した場所。まさしく、そこから気配が漂ってくるのだ。

「嫌な予感しかしないんだけど……!」


 メリアはさらに焦燥感を募らせながら、速度を上げていた。何をする気なのかは分からないが、一刻も早く対処しなければならない。人のいない夜間とはいえ、どんな被害が出るのか想像もできなかった。


 だが、路地裏から広い街道を横切ろうとした時のことだ。

 急に、真横から人影が出現。

「――わ⁉」

「⁉」


 相手も驚いて立ち止まるが、暗闇でその顔は判別できない。なんの目的で徘徊していたのかも不明だったが、メリアに構っている暇はなかった。

「ごめんなさい! 急いでるんで!」


 そのまま駆け抜けようとしていたが――

「――殿下⁉」

 と、相手に認識される。


「え……⁉」

 メリアが驚愕して振り向くと、月明かりの下にその人物は進み出てきていた。


「……やはり、殿下ではないですか。覚えておりませんか? 王城で拝謁したことがあります。商人のムルーガーです」

「あ……!」

 彼女の方もすぐに思い出す。確かに、最近も見た覚えのある人物だった。


 そのベイスは少々困惑気味で続ける。

「……驚きました。何故このような時間に、このような場所に? いや……」

 次いで、真摯な様子で尋ねていた。

「それよりも、行方知れずと伺いました。まさか、このような場所にお出でとは……いったい何が起きているのですか?」


 もっとも、その追及にメリアは口籠るしかない。

「……いや……えっと……」

 どうにか言い訳を探していると、ベイスがさらに親身な様子で発言していた。


「それに、そのお召し物……只事ではないと推察します。私にも何かできることはありませんか?」

 この申し出にメリアは一瞬戸惑うが、すぐに切り替える。


「――とにかく!」

「⁉」

 ベイスが驚く中、彼女はもうこの場を離れようとしていた。


「今は急ぎます! 事情はいずれ話しますから、見なかったことにしてください!」

 そうは言われても、即座に納得できるものではない。

「ですが……」


 さらに困惑を深めていたが、メリアは真剣な面持ちで頼み込むだけだった。

「お願い!」

 その熱意に、ベイスも折れる。


「……分かりました」

 納得はしていない様子だったが、どうやら説得は諦めたようだ。ただ、何気な動作で懐に手を入れながら、距離を詰めてくる。


「ですが、あまりにも不用心です。こちらをお持ちください」

「え……?」

 その言動に、メリアが首を傾げた――


 次の瞬間だった。

 ベイスはその手に銀の刃を隠しながら、殺意と共に急接近。


 ナイフの切っ先が一気にメリアの腹部に迫っていたが――


「――なんて……ッ!」

 彼女の方も唐突に意識が反転。小さく飛び退るのと同時に、下方から片足の先端を鋭く跳ね上げる。


「――⁉」


 爪先がベイスの手に直撃すると、その得物は虚空に放り出され、回転しながら地面に突き刺さっていた。

 緊迫した静寂が流れる中、さらに距離を取っていたメリアがおもむろに口を開く。


「……引っ掛かると思ったの? 私も見下されたものね」

 そして、相手に人差し指を向けながら叫んでいた。

「正体を見せなさい! うまく人の深奥に隠れているつもりなのかもしれないけど、私の眼を誤魔化そうなんて十年早い!」


 この完全に見透かした様子に、ベイスが小さな苦笑をする。

「……おやおや。お互い臭い芝居でしたか……」

「!」

 メリアが眉根を寄せる中、相手はその瞳に狂気を宿していた。


「確かに、このような奸計であなたを欺いても面白くありませんでしたね。色々と予定通りに事が進みませんが、それも一興でしょうか」

「何者……!」


 その誰何の声と同時だった。ベイスの身体が急に前方へと崩れ落ちる。次いで、同じ場所に濃密な気配が集束し始め、人に似た虚ろな形状が出現。その存在は、今までとは違う重苦しい声音で宣言をしていた。


「……我が名はネグヴァ……グリミナス様の一の忠臣である……!」

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