第22話 察知

 モンスター・バンクの檻を抜け出したメリアは、無事に職員の衣服を拝借することに成功していた。途中でレイアが目を覚ましそうになったが、事無きを得たようだ。薄手のコートを直に羽織り、解けている髪の毛は後頭部で適当に纏める。履きやすい靴も一足調達し、人気のない夜道を駆けていた。


 かなり薄着だったが、今後の展開を考慮すれば、その方が話は早い。目的地はエイドの寝室だ。色々と考察してみたが、やはり解呪のために一番条件が良い相手は彼しかいなかった。


 例のアンデッドの声は、今の自分を愛する者、という回りくどい設定を付けている。今という条文にトロル・ロードである自分のことも含まれているのであれば、エイドしか該当者はいないのだ。他の選択肢を探す時間はないため、迷わず行動をしていた。


 ただ、そこまでに至る手段も考えてはいたが、それを思い出す度にメリアは悶絶しそうになる。

「……強引に及ぶことになりそうだけど……完全に痴女だよね……」


 どう想像しても、自分がエイドに跨る絵にしかならないのだ。これも時間の都合だったが、王族としてはあまりにも凋落した姿だった。


 場合によっては、相手に拒絶されるかもしれない。そうなったら、もうプライドもズタズタだ。そうならないために取れる手段は、色仕掛けが最良だろう。そのために、薄着で来ているのだ。


「……大丈夫。私の色香でそこは――」

 と――

 そこまで呟いたところで、思わず口籠る。


 先程――

 自分の魅力について、何か否定的な出来事があったような気がする。思わず足が止まりそうになっていたが、再びなかったことにしていた。

「と、とにかく……!」


 当初の予定通りに行動することが優先だ。トロルの時ではなく、人間の姿でその行為に及ぶことにはかなりの抵抗もあったが、ずっと化け物の姿のままで良い訳はない。そこは度外視だった。


 事を済ませたら、得意の護身術で相手を気絶させる。万が一、エイドに襲われそうになった場合も同様だ。そのまま朝まで眠ってもらい、夢として処理してもらう。構想にやや無理があるとも思ったが、細かい問題が発生しても、そこは王家の力でねじ伏せるつもりだった。


 そんな一連の作戦を成功裏に収めるためにも、まずはエイドの住居に向かわなければならない。先日、檻の前でレイアと住んでいる寮の話をしていたので、問題なく情報は入手できている状態だ。どうやら彼は地方の出身であるらしく、その場合はそこに入るのが一般的だった。


 また、メリアも一時的ではあったが、アカデミーに在籍している時、その寮に足を運んだことがある。なんの用事があったのかは覚えていないが、道順をなんとか思い出しながら、なおも夜の路地裏を疾駆していた。


 ただ、ここでふと疑念が湧いてくる。

「……あれ? そういえば、あそこの寮って、いいとこの出身じゃないと入れなかったような……」


 他にもある一般の施設と違い、フォルドゲート地区の物件は条件が厳しかったはずだ。そのため、入寮しているのは貴族出身の者がほとんどで、一般の訓練生は限られている。だが、エイドの家名は王家の耳に入っていなかった。


「……いいとこの商人の出自なのかも。他にも特例があったような気もするけど……」

 少し考えたが、答えは出ない。また、特に重要なことでもなかった。


「ま、いっか」

 すぐに思考を中断し、当初の目的に集中しようとしていた。


 しかし――

 徐々に、メリアの速度は落ちてきていた。時間が押しているはずなのに、足が前に出ていない。その理由は、一時的にでも人間に戻ったことで、少しずつグレーター・プリーストとしての感覚が戻っているからだった。


 故に、気づいた。


 王都の中に――アンデッドの気配があることに――

「――――――ッ!」


 ついに立ち止まったメリアは、弾かれたように振り向いていた。数は、おそらく二つ。一つはかなり強大だ。どうやって侵入したのかは判然としなかったが、これは今までにない異常事態だった。


 同時に、かなり嫌な予感も覚える。秘密裏のことではあったが、今は自分が失踪中という状態だ。もし、まだ王城で待機していれば、どんな小さな反応でもすぐに気づけたことだろう。また、昨日エイドとレイアの雑談の中で耳にしていたが、今は王都に在籍しているフラッグ・ギルドの主要チームがほとんどいない状況だった。


 明らかに――その虚を突いている。全てが計算されているということだ。何をするつもりなのかは分からないが、これでは王国側の取れる対応策が限られてしまう。その結論に達し、メリアは一気に意識が切り替わっていた。


 ただ――

「……!」

 すぐに方針転換しようとして、思わず立ち止まってしまう。ここで人類の敵の対処に向かえば、解呪のための時間はもはや皆無だ。そのため躊躇してしまったが、一ヶ月後にまたチャンスが巡ってくる。それまでの期間は苦痛でしかなかったが、今の対処を誤れば、それどころではなかった。


「……迷ってる場合じゃないか!」

 メリアは即座に覚悟を決めると、進路をアンデッドの気配が感じる方へと向ける。今の状態でどこまで戦闘ができるか不安だったが、ただ使命感だけで突き進んでいた。

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