第21話 不穏
ほぼ同時刻――
王都の中にある高級住宅街の一角に、エイドの姿があった。彼が寄宿するアカデミーの寮の近辺で、そこにはよく整備された小さな公園が一つ。昼間であれば住民達の憩いの場として賑わっていたが、今の時間帯では他に誰の姿もなかった。
そんな中――
エイドは何故か、四つん這いになっていた。そして、視線の先には一匹の野良猫。周辺住民に餌付けでもされているのか、毛並みが非常に良い。人間に見つめられていても全く臆する様子もなく、ベンチの上で寛いでいた。
そして、彼の方は徐々にその距離を詰めている。まるで獲物を狙う肉食獣のようだが、そんな緊張感はまるでなかった。相手の野良猫が訝しむ中、さらに接近。その目前まで到達すると、静かに片手を伸ばしていた。
「……おーし、怖くないからなー」
そう言いながら、野良猫の頭を撫でようとした直後のことだ。
「フギャアアアアッ!」
相手が急に激高。その人間の顔に対して爪を立てる。
「ぎゃああああッ⁉」
エイドが思わぬ事態に絶叫を上げる中、野良猫はその場から一気に遁走。
「あ! ちょ――」
彼がすぐに追い掛けようとしていたが、その姿はもうどこにもなかった。
さらに、すぐ傍の家屋の窓が急に開く。
「うるせえぞ! あ! また、お前か! 今、何時だと思ってやがる!」
近所の住民からも激怒され、エイドは慌てて逃走を開始。
「やべ!」
そのまま公園の敷地を出て、路地裏を疾走していた。
しばらくすると、立ち止まって背後を振り向く。誰にも追い立てられていないことを確認すると、小さく肩を竦めていた。
「……むぅ……この時間は厄介だな。あそこはちょっと間を置くか」
モンストル・マスターには、猫見法という基礎的な修練がある。なんでも、フォグ・モンスターと縁を結ぶ感覚は、野良猫とのそれに極めて近いようだ。このため、その道を目指す者は、まず近場で彼らを相手に練度を高めることが基本だった。
傍目には、単に猫と戯れているようにしか見えない。猫好きにしてみれば、訓練というよりもむしろ御褒美タイムに近いようだ。ただ、なんにしても才能がない場合は、結果も伴わなかった。
無論、エイドもその例には漏れていない。連戦連敗の毎日だったが、一向に諦める様子はなかった。
「……千里の道もネッコから……か。昔の人は美しい言葉を遺したものだ」
何やら意味不明なことをしみじみと呟きながら、天を見上げる。頭上の満月の位置から時刻をおおよそ認識すると、その視線を通りの先へと向けていた。
「まだ時間があるな。次は河川敷の方へ友を探しに行くか」
そう独白しながら、静かに歩き出す。客観的に見れば時間の無駄でしかなかったが、誰にも彼を止めることはできなかった。
が――
「……ん?」
ふと、エイドがそこで立ち止まる。同時に、あさっての方角を見つめながら、眉間を狭めていた。
「なんだ……この気配は……?」
エイドの鋭い感覚が何かを捕捉している。王都の中のようだが、今までにこのような経験は全くなかった。状況が分からず、しばらく立ち尽くす。周囲の空気が徐々に張り詰めてきているような錯覚も感じており、意識が完全に別の方へと切り替わっていた。
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