第18話 未知と急報

 二人がつい先日にも訪れたギルド本部に足を踏み入れた直後のことだった。

「あ! ザイ兄さん!」


 フミルが受付の正面にある待合所に親族の顔を発見。そこには、もう一人見知らぬ男性の姿があり、その人物と何か話し込んでいる。エイドと共に小走りで近寄ると、ザイアムもすぐこちらの気配に気づいていた。


「お、フミルか。またどうした?」

 一方の少女は恐縮した様子で口を開く。

「お話し中のところ、すみません。ちょっと訊きたいことがありまして……」


 すると、もう一人の男性がフミルの背後に視線を移していた。

「おや、あなたは見覚えがありますね」

「え?」

 少女が少し驚いた様子で振り向くと、エイドは男性の方を見つめながら告げていた。


「……どうやら、タイミングが良かったみたいだぞ」

 フミルが改めて向き直ると、その人物は慇懃な様子で自己紹介をする。

「初めまして。ムルーガー商会のベイスと申します。こちらの方々とはどういった御関係なのですか?」


 同時に尋ねると、ザイアムも他の二人を紹介していた。

「うちの従妹とその学友ですよ。彼の方はちょっと噂にもなっていますから、それで知っていたんですか?」


「いえ、先日正門のところでちょうど例のトロルと一緒の所に出くわしまして。少しだけお節介をさせて頂きました」

 注目がエイドに移ると、当の本人は居住まいを正す。


「……その節はお世話になりました」

 この珍しい光景を見て、フミルは思わず驚愕していた。

「……エイド君が礼儀正しいなんて……」

「なんで死んだはずの人間を見るような目なんだよ……」


「それで、今日はなんの用だ?」

 見兼ねたザイアムが即座に問いただすと、フミルも切り替える。

「あ、そうでした」


 そして、本題を目の前の男性二人に示していた。

「先程、モンスター・バンクの方で奇妙な話を聞きまして。ギルドで指輪のようなものが話題になっているとか?」


 この疑問には、ザイアムが即座に反応。

「ああ、そのことか。ちょうど俺もうちのチームに、もっと融通してほしいって話をムルーガーさんにお願いしてたとこなんだよ」


 さらに視線を移すと、一方のベイスは小さく頷く。

「アビス・リングのことですね」

「アビス・リング?」


 フミルがオウム返しで確認すると、ベイスは自信をもって語っていた。

「ええ。うちの技術部が開発に成功したデフォッグ吸収装置ですね。現在、評価試験も兼ねて有名なチームに無償で配給しています。行く行くは全てのスキル・マイスターの標準装備になって、その負担が軽減できればいいと思っています」


 しかし、フミルにはやはり信じ難いようだ。

「……本当にそんな現象が起きるんですか?」

 怪訝な瞳を向けていたが、ベイスの態度に変化はない。


「もちろんです。既に、ギルドの方では実証済みです」

「……うちの方には情報が来ていないですね……」

 釈然としない状況に不満を示していたが、それについてはザイアムがフォローをしていた。


「アカデミーがその辺の基礎研究をしてるのは、ギルドの上層部も知ってるからな。角が立たないように、よく考慮してから伝えるつもりだったんだろ」

 それが事実なのかは判然としなかったが、とりあえずフミルは話を進める。


「……それで、実物を見せてもらうことってできるんですか?」

 詰問するように訊くと、ベイスは満面の笑みで快諾していた。

「もちろんです。今も持っているので、お見せしましょう」

『!』


 懐から取り出した小さな指輪に、若者二人が食い入っている。何の変哲も装飾もない銀色の物体だった。

 ベイスが満足げな顔をしながら続ける。


「これがアビス・リングです。普通の指輪のように装着して使用します。装備中はすぐにデフォッグが吸収されますので、その過程は視認できません。ですが、周囲にも効果があるので、実演は可能です」


 すると、フミルが即座に行動に出ていた。

「実際にやってみてもよろしいでしょうか?」

「構いませんよ。では、どうぞ」


 ベイスが差し出した指輪を、フミルは丁重に受け取る。そこで少し考え込むと、すぐ隣の人物にそのまま渡していた。

「……エイド君。こっちを持っていてくれますか?」

「仕方がないな」


 彼の方も興味があるのか、拒否はしない。掌の上で適当に転がしていると、ここでザイアムが口を挟んでいた。

「それよりも、お前ら。ちゃんとペナメモは彫ってるのか?」


 この問い掛けに、フミルは自分の袖をまくって見せる。

「もちろんです。実技課程も通っていますので」

「以下同文」


 エイドもつられて同様にしていた。それぞれの利き腕には、小さな赤い十文字。スキル・マイスターとしての十字架を背負っている証だ。それを確認して、ザイアムはすぐに引っ込んでいた。


「だったらいいんだ。フミルのスキルを実際に見るのは、これが初めてなんでな」

 その言動に反応する者は特にいない。静かになったことを確認してから、少女は一つの懐中時計を取り出していた。


「……では、始めます。使用するスキルは時間加速系のものです」

 そう言いながら、掌の上で時計を寝かせる。次いで、即座に宣言通りのスキルを発動させていた。


「〈コア・ブースト〉!」


 その言葉と同時に、懐中時計の針が高速で回転を始める。ちゃんとスキルの効果がある証拠だ。また、フミルの身体からは灰色のデフォッグが発生。それが徐々にエイドの手の上に集まり、螺旋状に旋回しながら指輪に吸収されていた。


「……!」

「おお……」

 フミルとエイドがそれぞれの表情で驚いている。それを見て、ベイスは再び満面の笑みを見せていた。


「どうですか? 素晴らしいものでしょう?」

 だが、フミルの方は一層厳しい顔つきになっている。

「……ん? どうした?」


 エイドがその顔を覗き込むと、少女は小さな声で呟いていた。

「……やっぱり納得できません。理論上あり得ない……」

「強情な奴だな。目の前で現実に起こってる事実だぞ」


 その指摘は無視して、フミルは向き直る。

「……ムルーガーさん」

「なんでしょう?」


 ベイスがキョトンとしていると、少女はエイドから指輪を強引に取り戻しながら尋ねていた。

「これをお貸しいただくことは可能でしょうか? 解析してみたいのですが」


 この願意に、ベイスは即座に頷く。

「構いませんよ。どんなことでもそうですが、新規開発は様々な方面からリスクの可能性を探ることが必須です。客観的な評価をお願いします」


 その真摯な対応には、フミルも丁寧な謝意を示していた。

「ありがとうございます」

 その直後のことだ。


 不意に――

「――ザイアム!」

 と、急に割って入る声。


『?』

 その場の全員が振り向くと、本部の奥から一人の男性。彼はザイアムを真っ直ぐに見つめながら、焦燥感を募らせた様子で告げていた。


「……緊急事態だ……!」


 場の空気が――

『!』

 一気に変わる。ギルド本部における緊急事態とは、一つしかないのだ。それぞれの間に緊張感が奔り、さらに近づいてくるその男性からは、誰一人として目を逸らすことができなかった。

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