第15話 留保

 それから小一時間ほどして、レイアが二人の人物を引き連れて戻ってきていた。場所はモンスター・バンクの敷地内。親切な行商人の姿はもうない。一人はフラッグ・ギルドにおいてモンストル・マスターを管轄する監督者で、五十代ぐらいの冴えない男性。元々、魔獣使いの所属数は多くないため、この担当は閑職だった。


 もう一人は、エイドにとってよく見知っている人物だ。

「誰かと思ったら、教官殿じゃないっすか」

 どこか得意げな様子で口を開いていたが、一方のマジョブはフォグ・モンスターに目が釘づけになっている。


「……本当に……トロルじゃないか……」

「どうっすか? これでも文句ありますか?」

 エイドが以前のやり取りを思い出しながら尋ねていたが、それでも教官は意識を向けなかった。


「本当にどうなってるんだ……? 暴れそうな様子もないようだが……」

「教官。とにかく、これで俺のこと認めてくれますよね? ついでにここの許可証も出してくださいよ」

「……ドルムさん。どう思います?」


 と、マジョブは無視してギルドの責任者に顔を向けている。

「……うーむ。前例が全くないので、なんとも……」

「おーい。人の話聞いてるか?」


 さすがにエイドも口を歪めていたが、それを見ていたメリアは少しだけ痛快な気持ちになっていた。

(無視されてるし。ま、なんとなく分かるような気もするけど)


 そんな中、やっとマジョブが教え子に向き直る。

「とりあえず、だ」

 次いで、厳しい視線を向けていた。

「まずは、支配の証明として、何か指示を出してみろ」


 この命令に、エイドは少し思案しながらトロルに視線を向ける。

「証明……か」

(……うん?)

 その何か期待感に満ちた瞳に、メリアが嫌な予感を覚えていると――


「――うむ。お手!」

 彼は想像通りの言動に出る。

(⁉)

 メリアは一瞬思考が停止したあと――

(――ふぬうッ!)

 脊髄反射で前回と同様の対応をしていた。


「――のわぁッ⁉」

 エイドが慌てて上段からの一撃を回避。トロルの掌は再び大地を激しく叩き、砂埃が周囲に舞っていた。


 偽りの主が肝を冷やした様子で呟く。

「……相変わらず、愛情表現だけは過激だな、お前……」

(違う、そうじゃない……)

 メリアが内心で頭を抱えていたが、周囲はやはり何も気づかなかった。


 マジョブが同じ言動を繰り返す。

「……ドルムさん。どう思います?」

「……うーむ。主のことを叩き潰そうとしたようにも見えましたが……」

(うん……半分正解)


 メリアが捨鉢な様子で思っていたが、一方のエイドには認められない。

「違いますよー、何言ってるんすかー、やだなー、もう……」

 どこかおどけた様子で否定の言葉を並べていると、ここでギルドの責任者が私見を述べていた。


「ですが、確かに通常のトロルならこんなに大人しいことはないでしょう。なんらかの影響は受けているものと思われます」

「その通り! おっさん分かってるな!」


 エイドの顔が急に明るくなる。一方のドルムはその不躾な言葉使いに少々苛立ったが、他に重要な事情があったので聞き流していた。


「……それに、このトロルは王女様失踪の件に関わっている可能性もあります」

(!)

 メリアが敏感に反応する中、ギルドの責任者は続ける。

「現状では、手元に置いておくことが最善でしょう。そのためにも、彼の協力は必要になるものかと」


 このもっともな指摘に、マジョブも納得するしかない。

「……分かりました」

 そして、エイドに向き直りながら結論を告げていた。


「とりあえず、お前には臨時の許可証を出してやる。ギルドや王室からの要請があった場合は、速やかに出頭するように」

「ええ! そこは本証明でいいだろ! まだ、俺の能力を疑ってるのかよ」


 教え子が不満を漏らすが、マジョブは翻意しない。

「そう思われたくないのなら、日頃の態度を改めるんだな」

 その言及に、エイドは口先を尖らせるのみ。一方のメリアはそのやり取りには全く興味を向けておらず、内心で決意を新たにしていた。


(……忍耐……か。今の私にはそれが必要かもね……)

 その後、エイドとその従者は責任者達と別れ、すぐ傍のモンスター・バンクの施設に向かう。レイアに裏手へと案内され、大きな開閉式のフォグ・モンスター搬入口から内部へと入っていた。

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