第14話 不本意な帰還

「――いったい、なんの騒ぎですか?」

 レイアがその騒然とした雰囲気に気づいたのは、ちょうどカフェでの昼食から帰ってきた時のことだった。大通りからいつもの職場に戻ろうとしたところ、正門の外で何やら人だかりができている。特に時間も気にしていなかったため、何気にそちらへと足を向けていた。


 すぐに見知った衛兵の顔を見つけて声を掛けていたが、相手は視線を向けないまま口を開く。

「あ、レイアちゃんか! ちょっと、あれ見ろよ!」


 その人差し指が示す方向に視線を動かしながら、彼女は何気に正門を潜ろうとしていた。

「なんですか? また妙な手口で私を連れ出そうとしてるんじゃ――」


 と、そこで突如異様な物体が目に飛び込み、思わず足が止まる。

 それは――

「――って、ええッ⁉」


 巨大なフォグ・モンスターだった。身の丈は人の二倍ほど。凶悪な顔つきと剛腕を想起させる体つきは、一般人を震え上がらせるには充分だった。


 ただ、周囲の他の野次馬達も戸惑うばかりで、今すぐここから逃げ出そうとする様子もない。そのフォグ・モンスターには確かに敵意はなく、どことなく落ち着かない様子で立ち尽くしていた。


 そして、傍には一人の若い男性。レイアがその顔を見て瞬時に以前の記憶を思い出していると、相手もこちらに気づいていた。

「お! モンスター・バンクの人!」

 同時に、小走りで近づいてくる。


「俺のこと、覚えてるか? 前は手続き上の問題で追い返されたけど、状況が変わったんだ。こいつの仮住まいに関して、話ってできるか?」

 見覚えのある青年――エイドが立て続けに尋ねるが、レイアの方はまだ頭の整理ができていなかった。


「お、覚えてるけど……ち、ちょっと待って……!」

 そう告げると、彼の肩越しに見えるフォグ・モンスターを恐る恐る指差す。

「……トロル……よね、あれ……」

(そうです。しかも、その上位種です……)


 メリアがどこか投げやりな様子で認めていたが、その心の声は誰にも届かなかった。

 レイアが以前のやり取りを思い出しながら訊く。


「もしかして、ギルドで噂になってるやつじゃないの? ほんとに……あなたの支配下にあるの?」

「もちろんだ。そうでなければ、もう大事になってるのでは?」


 エイドによるこの客観的な指摘に、誰も反論の余地はなかったが、メリアだけは思わず内心で口を挟んでいた。

(……そういう設定なんですけどねー……)


「……信じらんない……どうなってんの……?」

 レイアが唖然としていたが、一方の彼は勝手に話を進める。

「それで、一応の仮住まいが欲しいんだけど?」

「え……?」


 彼女が反応できなかったため、エイドは改めて口にしていた。

「いや、だから、こいつを王都内で連れ歩くことはできないんだから、例外的に置いてもらうことはできないかって相談なんだけど?」

「え! あ……確かに、そうだけど……」


 レイアがようやく状況を理解している中、一方のメリアは今後の短期的な居場所を今の会話で知る。

(……うー……檻の中……か。今までよりは、多少はマシなんだろうけど……)


 人間だった頃の自分が王城の地下牢に繋がれている姿を想像してしまい、これ以上ないほど暗澹たる気持ちになっていた。


 また、レイアも戸惑いを隠せない。

「……どうしよう……これって、私の一存で決めてもいいの……?」

 困惑を深めていた直後のことだった。


「――これはいったい何事ですか?」

『?』

 この不意な発言に、その場の全員が同じ方を向く。すると、正門の外に繋がる街道の上で、いつの間にか一台の荷馬車が立ち往生していた。


 次いで、四十代前半ぐらいの男性――ベイスが幌つきの荷台から地上に降り立つと、巨大な魔獣に警戒感を向けながら一団に近寄る。

「何故、こんなところにトロルが……?」

 誰しもが思うことを呟きながら立ち止まっていると、衛兵の一人が慌てた様子で近寄っていた。


「あ、ムルーガーさん。通行許可ですか。ちょっと待ってください。実は――」

 と、事のあらましを簡素に告げている。それを何気に見ていたメリアは、相手の顔に見覚えがあることに気づいていた。


(うん? この人、商人の……)

 確か、王城で何度か顔を合わせているはずだ。それだけ有名な商会を王国内で率いている人物で、身の上ははっきりしている。どうやら、行商でたまたまここを通り掛かった様子だった。


「――なるほど……にわかには信じられませんが……」

 説明を聞き終えたベイスがエイドに注目すると、当の本人は何故か上から目線になって胸を張る。


「事実だよ。あんた、未来の大魔獣使いの能力の片鱗が見れて良かったな」

(……調子に乗ってるな、こいつ……)

 メリアが半眼になって偽りの主人を見つめるが、エイドは全く気づかない。それよりも、彼は必要以上にベイスに観察されており、急に居心地が悪くなっていた。


「……ん? なんだ?」

「……いえ、なんでもありません」

 一方のベイスは何か納得した様子で小さく頷くと、すぐにレイアへと視線を移す。


「とりあえず、上司の指示を仰ぐべきでしょう。モンスター・バンクはアカデミーとギルドの共同管轄でしたね。幸いなことに、私はその両方に顔が通じます。共に赴いて、私からも事情をお話ししましょう」


 この提案は、彼女にとって渡りに船だったようだ。

「ほんとですか! 助かります!」

 即断すると、ベイスの簡易的な手続きを待ってから共に移動を始めていた。


 その二人の背を見つめながら、衛兵達が雑談を始める。

「……持ってかれちまった……」

「そういや、お前はあの娘にベタ惚れだったな」

「……やっぱり、レイアちゃんも金持ってる男の方がいいのかな……」

「あー……どうだろうな……」


 そんな中、エイドが急に割り込んでいた。

「おい、あんた達」

『?』

 そして、トロルを指差しながら尋ねる。


「待ってる間、こいつをこのままここに放置してもいいのか?」

「それは……」

 一人がその問題に気づいて口籠っていると、エイドはなおも上から目線で語っていた。


「門の外でも目立つからな。内側で静かな場所に案内してくれよ。未来の大魔獣使いに恩を売れるんだから、名誉なことだぞ」

 その無遠慮な言動に衛兵達があからさまに不快感を示すが、その懸念だけは事実だ。渋々従って、両者をモンスター・バンクの近くまで誘導していた。


 その間のメリアの感想は、やはり一つしかない。

(……ほんと調子に乗ってるよね……)

 その苛立ちは周囲に届かなかったが、今は流れに身を任せるしかない様子だった。

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