第12話 邂逅

 一度は奮起したメリアだったが――

 その心は、既に折れる寸前だった。


 わずかな希望を胸にして、さらに数日間森の中を彷徨い続けていたが、状況は一向に改善されていない。途中で何度か騎士達に見つかり、その都度遁走していた。


 しかも、彼らの言動がたまたま耳に入ったのだが、どうやらフラッグ・ギルドからの増援も送り込まれてくるらしい。無論、トロル・ロードになった自分を討伐するためにだ。この一連の現実に、精神力はあっという間にすり減ってしまっていた。


(……これ……いつまで続くの……)

 このままでは、時が来る前に発狂してしまいそうだ。苦難の道になることは覚悟していたつもりだが、ここまでの苦痛を味わうとは思っていなかった。


 メリアは思わず足を止め、瞳を閉じる。脳裏に浮かんでくるのは、王城にいた頃の優雅な暮らしだった。


 豪華な家具や調度品が揃った自室。

 気品に満ちたダイニングと、食べきれないほどのディナー。

 優しい両親と、可愛らしい弟や妹。

 いつも付き従ってくれるメイド達。


 それらは――

 瞼を開けると、今は影も形もなかった。


 王族という身分故の暮らしではあったが、自分としては使命を負っていることによる対価だと思っている。それだけの自負があるし、誇りもあるのだ。国民達からも慕われているし、どこにも破綻はなかった。


 無論、失敗をすれば、あっという間に転落してしまうという危惧はある。その最悪のパターンも頭の中では何度かシミュレーションしたことはあった。


 しかし――

 これは――ないだろう。


 今の自分には、本来の能力も権威も美貌も何もないのだ。今の自分は、ただ破壊の力だけを持った魔獣でしかない。こうやって追い立てられるだけの醜い存在。ここまでの奈落に追い落とされるほどの何かを自分はしたのだろうか。


 その答えは――

 どう足掻いても出てこなかった。


 ふと、メリアは頭上を見上げる。木々の合間からは曇天がわずかに垣間見えており、今にも雨が降り出してきそうだ。


 それを見た瞬間――

 彼女の中で何かが弾けてしまっていた。


(う――ああああああ――――――ッ!)


 心の叫びと共に、魔獣としての咆哮も上げてしまう。少し前にも犯したミスだったが、自分の意思ではどうにも止めることができなかった。


 しばらく力の限り鬱憤を晴らすと、すぐに空しさだけが襲ってくる。その絶望感にしばらく自虐的に浸っていたが、やがて重い足取りでその場から移動しようとしていた。


 が――

 ふと――

(……?)


 何かの気配に気づき、メリアは森の奥を注視する。最初は騎士達や森の住人かと思ったが、どうも様子が変だ。殺気もなければ、警戒感もない。先程の自分の声に導かれてきた様子で、真っ直ぐにこちらへと向かってきていた。


(……何者……?)


 すぐにでも逃走できる体勢を取りながら、相手を見極めようとする。どうやら、数は一つ。だが、どう客観視しても、この展開は不可解だ。そのため、正体を確認するまで留まることにしていた。


 そして――

 数秒後に、相手が姿を現す。メリアはその人物を確認して、思わず呆気に取られていた。

(……あの制服って……)


 短い期間だが、彼女もそこに通っていたため見覚えがある。スプラウト・アカデミーのものだ。歳は自分と同じぐらいの若い男子。武器等は特に何も持っておらず、敵意は一切なかった。


 それどころか、こちらに何故か好奇の視線を向けている。

(……え……何……?)

 あまりにも唐突で不可解なその存在にメリアが困惑を深めていた直後――


 彼はさらに意味不明な第一声を放っていた――

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