第11話 斜め上の着想
王都にあるスプラウト・アカデミー。その本部棟の三階にフミルの研究室があった。ギルド本部で荷物を受け取ったエイド達は、途中で少しだけ寄り道をしてからここに戻ってくる。狭い空間だったが、様々な資料や素材が整然とした様子で棚に保管されており、人類にとって重要な研究が行われていた。
もっとも、エイドには今まであまり興味がなかったらしい。
「そういえば、これって何に使うんだ?」
荷物を持ったまま所在無げに立ち尽くしていると、一方のフミルは得意げな様子で語り出していた。
「もちろん、実験ですよ。スキルの効果を物質に定着できないか、色々とやっているんです。フォグ・モンスターの骨も試してみる価値はありますから。やっているのは、私だけじゃないんですけどね。あ、そこに置いてください」
その指示にエイドが従いながら、さらに訊く。
「最終的には何が目的なんだ?」
「主に、スキル・マイスターの能力を補助するものを作ることですね。他者が込めた他の能力を扱うことができれば、戦略の幅が広がりますから。戦争なんかには使われないようにしたいんですけど、そればかりは……」
少々困った様子で言葉を濁していたが、エイドにはやはり興味がなかったようだ。
「ふーん」
小さく反応しただけで、どこか上の空になっている。それを見てから、フミルは部屋の片隅に移動しようとしていた。
「それよりも、御苦労様でした。一服していきますか?」
だが、その好意にエイドは視線を逸らす。
「……いや、ちょっと用事を思い出した。また今度にしとく」
そう言いながら、すぐに退出しようとしていたが――
「――ちょっと待ってください」
フミルが何かを感じ取り、呼び止めていた。
「……なんだ?」
エイドがどこか余所余所しい様子で振り向くと、少女の方は小さく首を傾げながら尋ねる。
「いえ……何かちょっと変に感じたもので。今から、どちらに行かれるんですか?」
「……普通に帰るんだよ。問題あるのか?」
エイドが落ち着き払った様子で答えていたが――
「嘘ですね」
「――⁉」
フミルの断言に、彼は思わず硬直。その反応を確認してから、少女は溜息混じりに告げていた。
「顔に出ています。エイド君は分かりやすいですから」
ただ、彼には素直になる様子は微塵もない。
「……だとしても、お前には関係ないだろ。誰にも迷惑は掛けない」
断言で返していたが、一方のフミルは同じ調子だ。
「それも結果的に嘘ですね」
「は⁉」
エイドがその意味が分からずに困惑していると、少女は根拠がないにも関わらず、自信をもって指摘していた。
「これはただの予感ですけど……そうなる気がします。エイド君自身はそこまで深くは考えてないんでしょうけど」
「……なんでそこまで分かるんだよ……」
彼の方はその言動に不快感を覚えていたが、フミルは一切気にしない様子でなおも追及する。
「本当に誰にも関わらないんですか? 何をする気かは知りませんが、最後まで想像してみてください」
この指示に、エイドは返事に窮していた。どうやら、その杞憂には心当たりがあるらしい。一方の少女は彼の反応を見てから、改めて尋ねていた。
「……それで、何をする気なんですか? 場合によっては、通報とかしないといけないかもしれません」
だが、この穏やかではない発言には、エイドが敏感に反応。
「まるで犯罪みたいに言うな」
少々語気を荒げていたが、フミルは涼しい顔で強調していた。
「違法行為とまでは疑っていません。単に、あなたの身を心配してあげているんですよ?」
それでもエイドが口を曲げていたが、少女はなおも説得する。
「いずれ分かることなら、私ぐらいには話してもいいのでは? どうしても言いたくないのなら、これ以上は訊きませんけど……」
そこまで踏み込んだところで――
「……はぁ……」
エイドが嘆息。どうやら観念したようだ。
ただ――
「……偉業を成し遂げに行ってくるんだよ」
ようやく出たこの本心に、フミルはキョトンとしていた。
「偉業?」
オウム返しで尋ねると、エイドは大仰な仕草で頷いてみせる。
「うむ。そうだ。俺はこれから、トロル・ロードの懐柔をしに行ってくる。さっきギルド本部で聞いたやつだ」
「……はい?」
一方の少女が理解できずに唖然としていたが、エイドは構わずに喋り出していた。
「国内が何やら騒がしくなってるようだが、俺がそうすることで全てが解決することになる。マティカの森には平穏がもたらされるし、ついでに俺の才能を世に示すこともできる。うむ。これ以上の妙案は――」
その途中、少女が思わず割って入る。
「――ち、ちょっと待って!」
彼の方が少々不満そうにしていると、一方のフミルは頭を抱えながら追及していた。
「エイド君……本気で言ってますか?」
「無論だ」
この即答に、少女は唖然としながらもさらに告げる。
「……ええっと、知ってるはずだと思いますけど、トロル系のフォグ・モンスターは体力値が桁外れに高いので、過去にその例は一度もないはずです。英雄チームの大魔獣使いでも不可能だったことなんですけど……」
事実に基づいた指摘をしていたが、エイドは逆に自信を深めていた。
「だからこそ、価値がある」
「⁉」
フミルが言葉を失う中、彼はなおも語る。
「確かに、俺は今まで結果を出せてこなかったが、それも普遍的なフォグ・モンスターとは相性が悪かったからだろう。前例のない相手なら、上手くいく可能性があるはずだ」
「いえ、そういう問題じゃ――」
少女が即刻否定しようとしていたが、エイドの方は全く聞く耳を持たなかった。
「じゃ、そういうことだからな。通報はしなくてもいいぞ。あ、トロルを連れてきた時に備えて、事前にモンスター・バンクに通知はしてくれてもいいぞ」
そう言いながら、踵を返してしまう。
「ちょ――」
フミルが慌てて引き止めようとしていたが――
「吉報を待て。じゃな」
短く言い残し、あっという間に部屋から立ち去っていた。
「……行っちゃった……」
フミルはそう呟いたあと、しばらく呆然としていたが、さすがにこのまま放置はできない。自分の仕事を一旦後回しにすると、身内と相談するために、急いで部屋から退出していた。
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