第8話 異変
状況が落ち着いてきた――
メリアがそう感じたのは、それまでずっと体内にあった膨大な熱量が徐々に失われつつあるからだった。罠に嵌められたことによる悔恨の念と、未知の現象に遭遇したことで、脳の処理能力はただでさえ落ちている。そこに追撃の形で高熱が加えられて頭がクラクラしていたが、これが消滅したことで冷静に周囲を観察できるようになっていた。
しかし――
(……?)
メリアは思わず首を傾げていた。自分がいるのは確かに先程までの森だが、どうも目線が異様に高いような気がする。周囲の樹木が、何故か小さくなったような感じがするのだ。まだ後遺症か何かで視力が完全に戻っていないため、少し腰を下ろして、もうしばらく身体を休めることにしていた。
ふと――
(……?)
何か、肌が異様に大気の気配を感じていた。衣服を着ているはずなのに、皮膚が外気に晒されているように思えるのだ。局部等の一部には感じない。まるで、水着でも着ているような感覚だったが、状況から考えてその結論はあり得なかった。
とにかく、もうしばらく休むことにする。地面の辺りを見回すと、何かの白い布切れが散らばっていた。だが、今は視力が安定していない。それがなんなのか、この時は全く分からなかった。
(……そういえば……)
と、不意に思い出す。
(私……あのアンデッドから何の呪いを受けたんだろ……)
どうやら死に至る呪術ではなかったようだが、悪い予感しかしなかった。考えられることとしては、グレーター・プリーストの能力封じだろうか。
(……だとすると……すっごい厄介なんだけど……)
そう感じて、すぐさま現状の自分の能力を確かめてみることにしていた。
が――
(――!)
その前に行動を中断。何かの物音が耳に届いたからだ。
(……あっちの方向……何……?)
同時に、自身の探知能力に意識を向ける。先程まで使用していた〈デム・ソナー〉は無意識で制御されるスキルであるため、今もすぐに知覚できるはずだった。
だが、それが全く働いていない。相手がアンデッドなのかどうかも判別できなかった。どうやら、悪い予感は的中しそうだ。敵であればこれ以上最悪の展開はないだろう。メリアは素早く立ち上がり、すぐにでも逃げ出せる体勢を取っていた。
しかし――
(あ……)
『――⁉』
それは杞憂に終わっていた。そこに現れたのは、二人の騎士。見覚えがある。自分をこの森まで護衛していた者達だった。
(……なんだ……状況を察して、ここまで来てくれたの……)
その決断は危ういとも感じていたが、これは渡りに船だ。とりあえず、保護してもらわなければならない。そう思い、いつものように指示を出そうとしていた。
ところが――
「……ひ……ッ⁉」
(……?)
どうも、その二人の様子が先程からおかしい。両者とも顔面が引きつっているのだ。
(……え、何? なんなの……?)
状況が全く分からなくなって立ち往生していると、騎士達は徐々に後退を始め、片方が後方に向かって急に大声を上げていた。
「――ト……トロル・ロードが出現……ッ! 早くレチリアン隊長に一報をッ! 繰り返すッ! トロル・ロードが出現……ッ!」
それを耳にして――
(………………え……)
メリアは絶句していた。
最初は――
周囲のどこかに、アンデッドではない新たなフォグ・モンスターが出現したのかと思った。だが、騎士達の視線は明らかに自身へと向いている。確かに、この二人は自分のことだけを意識していた。
頭の中で――
(――ッ⁉)
先程よりも、もっと最悪の可能性が過る。いや、それは最早確実と言ってもよかった。
例のアンデッドの呪術による結果、今の自身の姿は――
(……ま――ッ⁉)
メリアは――
(――ッ⁉)
声を出そうとして絶句する。トロル系のフォグ・モンスターは発声器官が脆弱であるため、意思疎通のための言葉が発せないのだ。
「こ、こいつ……やる気なのか……⁉」
思わず距離を詰めてしまったため、騎士達が思い違いをしている。無論、こちらに危害を加えるつもりなど毛頭なかった。
(ま……待って……!)
だが、相手にその意図は全く伝わらない。
「くそ……やってやる……ッ!」
「シンディ……俺を守ってくれ……!」
メリアは――
(………………ッ!)
自身の中で何かが音を立てて崩壊する様を感じていた。
スティーダム王国の王族であり、国における絶対的な守護者。その地位が自分の唯一の居場所だったはずだ。
それが――今、目の前で崩れ去っていく――
その絶望感に衝撃を受けていたが、状況は待ってくれなかった。
(――⁉)
騎士達の後方。新たな気配が複数出現している。先程の呼び掛けに呼応して、他のメンバーが集まってきているのだろう。このままでは、間違いなくフォグ・モンスターとして討伐されることが目に見えていた。
(……私が……こんな最後を迎えるっていうの……?)
この理不尽な状況に打ち震えていたが――
(――ッ!)
黙ってそれを受け入れる気はない。そんな後ろ向きな判断をするような彼女では――なかった。
「あ……ッ!」
騎士の一人が声を上げていた。目の前のトロル・ロードが急に背を向け、逃走を始めたからだ。
「……逃がすか!」
タイミングが少し遅れたが、騎士達がそれを追う。ただ、その足は鈍かった。自分達だけで討伐するのが困難であることも分かっているからだ。王女がいれば援護を受けることも可能だが、今は彼女を完全に見失っている。無論、目の前の魔獣がそうだとは夢にも思っていなかった。
なんにせよ、あれを放置することはできないと判断。騎士達は相手を見失わない距離を保ちつつ、後方が追いつくのを待ちながら森の中を駆け抜けていた。
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