第6話 追撃の果てに
対アンデッド戦に特化した能力を持つメリアは、自己の総合的な戦闘能力にはそれほど自信はなかった。ただ、それ故に、ある程度のトレーニングは行っている。護身術等も身につけており、その過程で一般的な同年代の女子以上の身体能力を獲得していた。
そのため、弱体化したアンデッドを追跡することは、それほど苦にならない。視線の先に相手の背中が見える度、追撃のスキルを飛ばしていた。
そんな折――
「……うん?」
視界の向こうで、リギウスの足が急に止まる。何か想定外の事態に陥ったようだ。その場で右往左往している。メリアが木々の向こうの状況を確認すると、アンデッドを半包囲するような形で崖が迫ってきていた。どうやら、逃げる方向を間違えたらしい。要するに、袋の鼠という訳だ。
「――チャンス!」
メリアはそう判断して、一気に距離を詰める。相手もその気配に気づいて横に活路を見出そうとするが、その先に彼女の方が回り込んでしまっていた。
「――ぬお……ッ⁉」
リギウスが思わず後退る中、一方の彼女は徐々に袋小路へと相手を押し戻す。
「どうやら、年貢の納め時みたいね。きっちり徴収してやるから。王家の横暴だとか言わないでよね!」
その宣言に、アンデッドは最大級の殺意を発していた。
「……このままでは終わらん! 追い詰められた者の覚悟、見せてやる……ッ!」
「はいはい。ど――」
ただ、メリアの言葉が終わらないうちから、リギウスが動く。
「〈シャドウ・フレイム〉!」
しかし、結果に変化はなかった。彼女の永続的な防御はまだ有効なのだ。
「……ッ……!」
アンデッドが歯噛みを繰り返す中、メリアは涼しい顔で呟く。
「最後の悪足掻き……か。一応訊いておくけど、グリミナスの元手下は他にあとどのくらいいるの?」
「言う訳なかろう!」
リギウスのこの即答は、彼女の方も予想していたようだ。
「……でしょうね」
小さく肩を竦めたあと――
「だったら……もうあなたに用はない!」
すぐに最後の一手を打っていた。
目に見える全ての範囲が、どこからともなく出現した光の粒に包まれていく。
「!」
その光景にアンデッドが慄く中、メリアは自らの全てをその一撃に乗せていた。
「清々しく消えなさい!」
周囲の空間全てが――
「――〈ヘブンズ・インパクト〉!」
力ある光に呑み込まれてゆく――
それに、リギウスは一切抗えることもなく――
「ぬ――ぐおおおおおお――――――ッ⁉」
振り絞った断末魔の声と共に、一気に消え去っていた。
やがて、周囲から光の力が消え失せる。
「……終わったか」
通常の森の雰囲気に戻った中、メリアは一息つくが、ここで即座に思い直していた。
「いや、まだ向こうが残ってる」
そう言いながら、すぐ次の行動に移る。敵はまだ他にも存在するのだ。改めてその位置を確認する。場所はリギウス戦が始まる前と、ほとんど変化していないようだ。目的も存在もよく分からないが、あれの対処も必要だった。
ただ、疲労感から足取りが重い。
「……でも、ちょっと消耗が激しいかも。接近するまでは、〈セイクリッド・フィールド〉は解除しておこうか」
そう判断し、静かに能力を一旦終了させていた。
が――
その直後のことだった。
「――⁉」
メリアは――
「え……何……⁉」
急に悪寒を覚え、その場で立ち止まる。敵の気配はやはりないが、確かに何か周囲の様子がおかしかった。
すると――
(――この時を待っていた――)
突然、頭の中で聞き覚えのある声が響く。
「⁉」
それが、先程まで戦っていたアンデッドのものであることは、即座に分かった。
(――我が身の全てを捧げ、汝を煉獄の檻に――)
ただ、その言葉でやっとある可能性に気づく。
「まさか……自らの消滅を引き換えにした呪詛……⁉」
知識しかなかったが、確かに古い書物でそのような記載を見た覚えがあった。ただし、関係者の間でも認知されていないほど、前例が少ない。故に、誰もがこの展開は想像できなかった。
アンデッドが生ける者を道連れにする最後の手段。自ら消滅しようが、誰かに滅ぼされようが関係ない。自身が消えることこそが、そのマッド・スキル発動の条件だった。
だが、その対抗策を思い出す前に、状況はさらに悪化する。
(――〈マキシマム・カーズ〉――)
最早、考えている暇はなかった。
「やば……ッ! セ――」
とにかく、安全牌だと思われる能力を即座に再開しようとしていたが――
「――う……ッ⁉」
そこで――喉が詰まる。胃の奥から熱量を持った不快な何かが一気に込み上げてきていた。吐瀉物とも違う。いや、その感覚は既に全身にも及んでいた。
ただただ――
(……気持ち……悪い……)
そんなメリアの苦悶に、リギウスは消えながら、ほくそ笑む。
(――せいぜい……もがき苦しむが……い……い――)
それと同時だった。
メリアは――
自身の身体が一気に膨張するような感覚に囚われる。
いや――
それは、実際に物理的に起こっている現象だった。
もっとも、今のメリアにそんな実感はない。
「う――ああああああ――――――ッ⁉」
その叫びは――
途中で、野獣のような咆哮へと変わり、マティカの森全体を大きく震わせることになっていた。
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