第5話 大討伐広場
王都の中心部から西にやや離れた場所――
そこには、建物が一つもない広大な空間があった。公園として整備はされているが、不自然にここだけ避けられているようにも見える。そうなったのは、過去に起きた大事件が原因だった。
今より約半世紀前。王国は後世に大討伐広場と名付けられたこの場所まで、史上最強のフォグ・モンスターであるグリミナスの侵攻を許したのだ。その時は王都の最強チームであるブレイブ・ウィンド等の活躍によってなんとか撃滅できたが、激しい戦闘によってこの場所は完全に廃墟と化していた。
また、魔王とまで呼ばれたグリミナスが滅んだ場所に再び住もうとする者はおらず、最終的には憩いの場として蘇る。当初はあまり人も寄り付かなかったが、記憶の薄れた今では子供達の格好の遊び場になっていた。
最近では亡くなった英雄達の像も次々と建造されており、王都のシンボル的な場所になりつつある。その中心地にあるのが、この国の先王でもあるダン・グラウン・スティードの像。周囲には噴水も設えてあり、ここが一番の人気スポットだった。
他の英雄達の像は、そこから離れた場所に点在している。ただ、中心から遠くなるにつれて、人影はだんだんと疎らになっていた。
そして、広場の片隅に追いやられたような像が一つある。ぞんざいな扱いを受けているというよりは、単にそこ以外の用地が確保できなかっただけのようだ。ここまで来るといつも閑散として寂しいばかりだが、今はそこに若い男性が一人立っていた。
その人物――エイドはずっと故人の面影を見上げている。そこにあるのは、初老の男性がかたどられた像。好々爺を思わせる穏やかな表情だ。その足元では、表現として数匹の猫が戯れている。確かに、この人物も英雄チームの一人だったが、人気の面では皆無と言っていいほどだった。
エイドが何を思っているのかは、傍目には分からない。それは、背後から近寄って来た人物も同様だった。
「――ギリカ・ナムサスに興味があるのかね?」
「!」
その気配に気づかなかったエイドが弾かれたように振り向くと、そこにはかなり高齢の男性の姿が。
「随分と熱心に見入っておる。それとも、造形の方かな? 彼が亡くなったのは、まだ最近のことじゃから、これが一番新しい。技術もな」
「……前者だな。芸術の方は畑違いなもんで」
エイドのこの返答に、老人はどこか感心した様子だ。
「そうか。若いのに珍しい」
「あんたは?」
その問い返しに、高齢の男性は周囲に視線を向けながら答えていた。
「わしか? わしはこの公園の管理をしておる。同世代の英雄達じゃからな。感慨深いものがあるんじゃよ」
「ふーん……」
「わしのお気に入りは、あそこにあるグレイム・ジャードじゃな」
そう言いながら、中央にあるダン・グラウン・スティードの像からもっとも近い場所を指し示す。若干距離があるので小さく見えるが、特徴的であるため、見間違うことはなかった。
「はぁ……」
エイドが適当に聞き流す中、老人はしみじみと語る。
「最強の戦士じゃった。わしも昔は憧れたもんじゃよ」
「矛だけ材質が違うように見えるな。大きさもちょっと規格外だ」
その指摘に、高齢の男性は小さな苦笑をしていた。
「あれの複雑な意匠だけ再現が難しかったみたいでな。金属製で別発注したら、サイズが合わなかったらしい」
「適当な仕事だな……」
エイドが呆れていると、ここで老人が急に背を向ける。
「さて、学生さんがこんな時間に寄り道しておってはいかんだろう。続きはまた今度にしようかの」
それだけ言い残すと、すぐに背を向けて去ってしまっていた。
「……なんだったんだ……?」
エイドはそう呟くしかない。勝手に喋って勝手に行ってしまった。とりあえず、年寄りの気紛れと理解しよう。そう思いながら、再び近くの像を見上げようとしていた。
ふと――
「――あの御老人の言う通りだと思いますよ」
急に、再び声が掛かる。
「!」
エイドが先程と同じ勢いで視線を逆方向に向けると、そこには近寄ってくる同年代の少女の姿が一つあった。
「おはようございます。それと、遅刻しますよ」
フミル・マブタリー。黒髪をボブカットで丁寧に仕上げており、その身にはエイドと同じ系統の制服を着込んでいる。ただ、付けている記章が異なるので、お互いの身分はやや異なるようだ。手には革製の小さな鞄を携えており、小さな顔には穏やかな笑みをずっと浮かべていた。
ただ、エイドはその顔を見るなり、怪訝そうな表情になる。
「お前、なんでここにいるんだ?」
突き放したような詰問に、フミルは気にせず敷地の外を指差していた。
「すぐそこが通勤路ですから。いつものように歩いていたら、聞き覚えのある声を聞いたもので」
「……厄介なのに見つかったな……」
エイドがわざと聞こえるように呟くが、一方の少女は全く意に介さない。
「では、厄介ついでに一つ御忠告」
人差し指を立てると、その先を目の前の像へと向けていた。
「いつまでもモンストル・マスターにこだわっていても益はありません。教官殿も困っていましたよ」
「お前には関係ない」
相手がすぐさま突っぱねるが、フミルは一切気にしなかった。
「確かにそうですけど、こうもあからさまに道から外れていく人を放置はできませんから。人間なもので」
「見なかったフリをしてくれるのも人間じゃないのか?」
その揚げ足取りにも、少女の感情は揺らがない。
「確かに、そうかもしれませんね。では、私の個人的なお節介ということで」
そんな一連の反応に、エイドは小さな溜息を洩らしていた。
「……やりづらい……」
「それよりも、アカデミーの方へ行きましょう。先程も言いましたけど、講義に遅刻しますよ。私の方は自由度があるので大丈夫ですが」
フミルが本来の経緯を思い出して促すが、彼の方はまだ動かない。
「お前、俺と一緒にいてもいいのか?」
「どういう意味ですか?」
思わず訊き返すと、ここでエイドの方から意外な問い掛けがあった。
「俺と一緒だと、周りの連中に変な目で見られるだけだぞ」
的確な自己分析を含んだその内容に、一方の少女は小さくおどけてみせる。
「私は気にしません。あなたを近くで観察している方が面白いですから」
「……この偏屈な性格がなけりゃな……」
再度の聞こえる声だったが、フミルにはやはり変化はなかった。
「さて、では行きましょうか」
「へいへい……」
エイドもそう答えるだけで、大人しく少女の背を追い掛ける。二人でいつも通っている道に戻ると、適当な雑談を繰り返しながら目的地へと向かっていた。
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