第4話 マティカの森
王都を旅立ったメリアの一行は、まずマティカの森近郊の村で一泊をしていた。今後は戦闘があるため、余計なアクセサリー類はここで全て外しておく。また、そこで改めて現地民から集めた情報を整理してみたが、王城の祈りの間で聞いた内容と差異はほとんどなかった。
ただ、ここまで直接やって来たことで、メリアはある確信をしていた。この村からも視認できるあの森には、確かに上位のアンデッドが存在している。彼女の能力であれば、それが分かるのだ。そのことを周囲にも認知させ、改めて翌日の朝から行動を開始することにしていた。
アンデッド系フォグ・モンスターは日中の方が力は弱い。討伐にこの時間帯を選ぶのは普遍的なことだ。薄暗い森の中ではあまり差はないかもしれないが、慎重に手を打っていた。
森の入口まで辿り着いたメリアは、そこで護衛の騎士達と別れて単独行動を取る。アンデッド系はそれ以外のフォグ・モンスターと連携することが基本的にないからだ。それでも本来は同行すべきだが、彼女がグレーター・プリーストとして動く場合は特例だった。
上位のアンデッドが相手では、むしろ足手纏いなのだ。メリア並みの耐性を持っていないと、無闇に犠牲が増えることになる。それだけならまだしも、死んだ者達の骸がそのまま敵へと変貌してしまうような事態は最悪だった。
また、魔の物の存在によって野生動物の気配も失せている。森の中に他の危険はない状態だ。ここにはメリアと討伐対象の二者しかいなかった。
いや――
と、メリアは森の深奥に進みながら思う。
「……ちょっと遠いところに、もう一匹いるようね……」
彼女の探知能力――〈デム・ソナー〉が、アンデッド系フォグ・モンスターに類似した存在を感知している。森の中にはいるようだが、こちらの戦闘には関与できない程の距離があった。
「……後回しでいいか。こっちの方が逃がせないし……」
向こうの方が反応は低い。弱いということだ。それならば、当初の目的を完遂することの方が優先度は高かった。
メリアが警戒を厳にしながら進み続けると、徐々に相手の気配も強くなってくる。もう向こうもこちらには気づいているはずだ。どうやら、逃げる気はないらしい。同時に、それだけの自信を裏打ちする何かがあるのだと確信していた。
やがて――
メリアはゆっくりと歩みを止める。そこはまだ森の中だが、やけに枯れ木だけが目立つ場所だった。頭上が開けているが、生憎の曇天で薄暗いのは変わらない。そして、その荒廃した空間の中央に――奴はいた。
「……遅かったではないか。待ちくたびれたぞ」
知能の高いフォグ・モンスターには言語能力がある。この時もその例に漏れず、メリアに対して軽薄な口調で語り掛けていた。
体格は人間のそれと大差はない。ボロボロになった真っ黒いローブを纏っているため全身は視認できないが、剥き出しになっている顔面に生気は皆無。報告にあった目標の特徴を確認し、メリアは改めて向き直っていた。
「それは失礼。自分が待たされたことなど、生まれてこのかた一度もないもので。あなたの気持ちなど微塵も分かりませんでした。残念ながら」
煽るような口調で答えるが、アンデッドはその点には食いつかない。
「……やはり、王家の――いや、あの忌々しい血族の者か」
「そういうあなたは、グリミナスの残党で間違いないのかしら?」
メリアがなおも同じ調子で尋ねると、相手は鋭い眼光を向けていた。
「……いかにも。我が名はリギウス。そこまで分かっているのなら、こちらの用件など答えるまでもあるまい」
だが、彼女にその威圧は通じない。
「……でしょうね。どうやら、私をおびき出すことが目的だったみたいだし」
どこかおどけた様子で呟いていたが――
「そのために――」
と、ここで急にメリアも雰囲気を変えていた。
「――何人殺したっていうの……!」
しかし、リギウスも一切動じない。
「愚問であるな。我々はそういう間柄のはずだ。それに、怨恨があるのはこちらも同じだ」
「……問答は不要みたいね……」
メリアの短い独白に、アンデッドは少し苛立っていた。
「何度も言わせるな。我々は――」
と、繰り返そうとしていた時だ。
「〈クリアル・ランス〉!」
唐突に、メリアが掌から光源を伴った敵意を放つ。
「――むぅ……ッ!」
リギウスが反射的に回避運動を取ると、それまで立っていた場所を強烈な閃光が駆け抜けていた。
「先手必勝! このまま滅んでもらう!」
さらに、メリアが同様の攻撃を続ける。ただ、同時に彼女はその全身から灰色の霧のようなものを断続的に周囲へと撒き散らしていた。純白のその姿とは、全くの不釣り合い。まるで排気ガスのようだったが、一方のリギウスはそんな様子に一切関心を持たなかった。
「……神官共が使う退魔スキルの強化版か。なるほど、これは厄介だな」
「そっちも、そんなガリガリなのに素早く動けて厄介なんだけど!」
なおも攻撃を続けるメリアだったが、ここでアンデッドの方も回避運動を続けながら反撃に出る。
「それはどうも。これは返礼だ。〈シャドウ・フレイム〉!」
同時に掌を向けると、その先で熱量を持った闇が凝縮され、目標へと向けて射出されていた。
だが、それが着弾する直前――
「――〈セイクリッド・ウォール〉!」
メリアの目前でその影響が全て掻き消される。
「む……⁉」
リギウスが思わず足を止めていると、彼女の方は自信に満ちた瞳で告げていた。
「お生憎様。私は対アンデッド戦に特化した最高位の存在。あなた達の扱うマッド・スキルは一つも通ることはないの」
一方的な宣言だったが、アンデッドはどこか落ち着いた様子で反応する。
「……なるほど。他の神官共が使うものより強力な障壁だな。確かに、一撃でそれを通すことは、我にはできそうもない」
また、その言葉の端々には裏腹な強気が見え隠れしていた。
「……?」
メリアがその点を訝っていると、アンデッドはここでその瞳に憎悪の念を一気に膨らませる。
「だがな……お前達が扱うスキルにも限界はある!」
「!」
メリアが警戒感を一気に強める中――
「――試してみるがよい……!」
リギウスはその両手を天に広げ、一気に全力を解き放っていた。
「〈エンドレス・デスマーチ〉――!」
その力ある言葉と同時に、この荒廃した空間に突如として闇の天井が出現。
「な……⁉」
メリアが見たことのない現象に戸惑う中、その闇の天井からは逆さ吊りとなった不死の者達が次々と顔を出していた。
リギウスがその双眸にさらなる闇の色を浮かべる。
「グリミナス様の仇を討つため、悠久の年月をかけて生み出した秘奥義……ここで使わせてもらう……!」
「こいつら……まさか、全部死神……⁉」
メリアがそう理解したのと同時に、天井にある無数の口腔から死を紡ぐ呪詛が一斉に降り注ぎ始めた。
「忌々しい血の末裔よ! その身に呪言の雨を喰らうがよい!」
そして、同じタイミングで、彼女も対抗措置を取る。
「……ッ! 〈セイクリッド・ウォール〉!」
「無駄である!」
しかし、その結果はリギウスの言葉通りだった。最初のいくつかは防げたが、すぐに目の前の防壁が崩壊しそうになる。
「突破されるッ⁉」
その焦燥感を目の当たりにして、アンデッドは勝ち誇った様子になっていた。
「滅するがよい!」
ところが――
「――なーんてね……!」
その防壁の崩壊と同時だった。
「むぅ……⁉」
リギウスが思わず目を見張る。メリアの周囲で、全ての呪詛が次々と無効化されているからだ。
「な……に……ッ⁉」
アンデッドは予想外の展開に困惑する。よく見ると彼女の全身から数多の小さな光の玉が放出され続けており、それらが連続で弾けながら全ての攻撃を無効化していた。
メリアが静かに語る。
「……グレーター・プリーストが使用できる最高位のスキルの一つ――〈セイクリッド・フィールド〉」
「!」
「残念だけど、ここに来る前から既に発動させてたの。気づかなかった? まぁ、私はデフォッグの排出率が低いから、分からないのは仕方ないんだけど」
「……⁉」
リギウスがさらに当惑を深める一方、彼女は既に余裕の笑みを浮かべていた。
「これは永続効果のあるスキルでね。自身で解除するまでは自動で発動するの。さっきまで防壁の二重掛けをしていたのは、そっちの手の内を引き出すための撒き餌ね。過去に私と対峙した敵はみんな滅んでるから、情報がなかったのも分かるんだけど」
「……ちィ……ッ! だが……まだこちらの効果も続いている……!」
アンデッドがそれでも強気の姿勢を崩さないでいたが、メリアは既に相手の実力を看破しているようだ。
「あら、持久戦? 望むとこね……!」
こちらからは一切反撃に転じることもなく、相手の攻撃を全て受け続けていた。
やがて――
「……く……む……う……ッ!」
リギウスの判別が難しい顔色が変わり始める。
「……このままでは……こちらが先に……!」
ガス欠になると判断したようだ。持久力にはかなりの差があるらしい。ただ、それを理解したあとの判断は早かった。すぐさまスキルを解除して死神達を後退させると同時に、相手に背を見せる。
「――!」
その切り替えの早さにメリアも一瞬戸惑ったが、すぐに状況を理解していた。
「逃がすか! 〈クリアル・ストーム〉!」
防御一辺倒から反転。最初の攻撃よりも効果範囲の広いスキルで、その回避能力を無視した攻撃を仕掛ける。
「ぐ……⁉」
ただ、範囲が広い分、効果が減衰しているため、リギウスの足はそれだけでは止まらなかった。
「さすがに一撃じゃ滅びない……か」
メリアは小さく呟くと、即座に相手を追い掛ける。
「でも、足は鈍ってるようだし、他の奴と合流する前に叩かないと……!」
それでも、自分の敵ではない。そんな自負もあったが、あくまでも油断せず、最後の一手まで気を引き締めるつもりだった。
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