第2話 王女の責務
スティーダム王国――
国土の大半を肥沃な大地が占めるこの封建国家は、今の時代において最も栄えている国の一つだった。既に滅んだ旧世界にも同じ場所に巨大な都市があったらしく、各地にその痕跡が残っている。時代を超えても同様の結果になるということは、ここがそれだけ魅力的な土地であるという紛れもない証明だった。
そんな王国の国土のほぼ中央に、王都エトラザードがある。周囲を長大な城壁で囲み、安全なその内側で都民達が暮らしている。近くの大河から引いた無数の用水路が網目状に走っており、重要なインフラの機能を果たしていた。
さらに、その王都の中心部。そこに、この国家を統治するスティード王家の居城――セントヴァルク城があった。白を基調としたその荘厳な王城は、遠方からでも存在感をはっきりと認識できる。周囲には何重にも水掘りが張り巡らされており、ここは難攻不落の城塞でもあった。
そんな王城の一階。北東部の一角に、一際豪華な内装を誇る広大な部屋がある。カトリック教の教会を思わせるような空間で、実際の用途も同様だった。
その祈りの間にある祭壇の前で、神官と思われる一人の男性がちょうど片膝をついている。この部屋の主が、供の者を連れながら入室してきたことを確認したからだ。その人物が彼の上官であり、王族の一人でもあった。
メリア・セント・スティード。鮮やかな紅の長い髪を後頭部で結っており、全身には純白を基調とした明らかに高価そうなローブを纏っている。まだ十代後半の少女だが、その身分と才能によって静謐な風格を漂わせていた。
彼女は静かに祭壇の前まで進むと、目の前で首を垂れる男性に向き直る。
「お待たせしました、オムル卿」
「殿下におかれましては、御健勝で何よりにございます」
即座に部下の男性が前口上を述べるが、一方のメリアは適当に聞き流していた。
「火急の報せだと伺いました。率直に用件だけを伺いましょう」
「……は」
オムルも状況はよく分かっているため、すぐに意識を変える。視線を上に向け、王女に偽りのない報告をしていた。
「先日、手前の管轄内にあるマティカの森にて、相次いで魔の物の目撃情報が上がって参りました」
「魔の物……ですか」
メリアの小さな反応に、神官の男性も小さく頷く。
「はい。森の恵みによって糧を得ている者達が既に何名か犠牲になっております」
その内容に王女が顔を顰める中、オムルはここで少々言い淀んでいた。
「そこで、我が一門と共に成敗をしに向かったのですが……」
言葉が途中で途切れてしまったが、その先はメリアにも容易に想像できる。
「……力が及ばなかったと」
「……面目ございません……その一戦で、門徒の大半を失いました……」
ただ、この被害の大きさは予想の範疇を超えていた。
「!」
メリアが思わず絶句する中、神官の男性は顔を強張らせながら告げる。
「あれは……普通のアンデッドではございません。もしかしたら、奴の眷族やもしれません……!」
その指摘に、王女もすぐ該当の知識に思い当たっていた。
「……グリミナスの残党……」
次いで、相手に向き直りながら自らの理解を語る。
「あれが滅びてから既に半世紀近く経っていますが、その手下達はまだ全て駆逐できていません。残っているのは、主にアンデッドの上位種達でしたね。確かに、その可能性は充分にあります。それならば、あなたほどの実力者でも手に負えないかもしれません」
「面目ございません……」
オムルが同じ言葉と共に再び頭を下げていたが、一方のメリアは努めて柔和な表情を作っていた。
「責めているのではありませんよ。あなたはよくやっています。顔を上げてください」
慰労の言葉だったが、相手の様子に変化はない。そのため、とりあえず話を進めることにしていた。
「それで、対象は今どうしているのですか?」
この問い掛けには、オムルも顔を上げて答える。
「……はい。幸いなことに、人里には現れていないようです。目的は分かりませんが、他に情報はございませんので、まだそこに留まっているものと推測されます」
「……なるほど」
メリアは状況を全て理解すると、すぐに決断していた。
「分かりました。この件は私が預かります。なんにせよアンデッドの上位種となれば、グレーター・プリーストである私でしか対処はできない事案でしょう」
「お頼み申します……」
神官の男性が恐縮した様子で畏まる中、メリアは背後を振り返る。
「シロエ」
「はい」
そこにいたのは、供の者としていつも付き従っている初老の女性。その従者に対して即座に指示を出していた。
「すぐに出立の準備を」
だが、シロエはその瞳に憂慮の色を宿している。
「姫様。相手がグリミナスの眷族であれば、あなた様に怨嗟の念を抱いているかもしれません。入念な御準備の方を」
この言葉に、メリアはむしろ自信に満ちた表情を見せていた。
「分かっていますよ。手加減するつもりも一切ありません」
そう言い残すと、すぐさま祈りの間をあとにする。敵が不動の構えを取っていることは確かに不気味だが、一刻も早い対処が必要だ。様々な計算を脳内で素早く処理しながら、彼女は自らの責務を思い起こし、改めて気を引き締めていた。
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