第4話 崩壊
その日は晴天であった。清新な冬の朝の空気に満たされた閑静な住宅街に、およそ似つかわしくない騒ぎが起こったのだから、近隣住民が警察に通報するまでにはそう時間はかからなかった。
だが最初に駆け付けた二人の警官は、吉次を抑え込むどころか反撃され大怪我を追い、次いで駆け付けた複数の応援によってなんとか取り押さえることができた時には、通報から既に1時間近くが経ってしまっていた。
義一は左腕と頬骨を骨折。あちこち打撲し、失神していたが命の別状はなかった。知名は飛んで来た食器や倒れた家具であちこち小さな擦り傷を作った程度で済んだ。
問題はみよ子だった。最初に警官がやってくるまで、延々殴り続けられたのである。病院に運び込まれたが、その時には既に死亡していた。
病室で横たわる義一と、その横で俯き、時折、ひっ、ひっ、としゃくりあげるだけの知名。二人は事情聴取に応じ…とは言え、答えたのは義一だけであったが…事の次第を説明した。
蘇生し若返った吉次の話については、当初微妙な表情で聞いていた刑事であったが、途中でやってきた別の刑事の耳打ちによって目つきが変わった。
この事件を引き起こした吉次はどうなったか――彼は最後まで激しく抵抗し続けた。だが警官に囲まれ、どうにも逃げられない状況に陥った時、突然足元に落ちていた皿の破片を拾い上げ、自らの喉を突き刺し切り裂き自殺したのである。一瞬のできごとだった。
刑事は事の次第を説明した後、小さくため息をついた。
「我々といたしましても…決して気を抜いていた訳では…しかし、このような、…亡くなられたことにつきましては誠に残念です。」
後々不手際を認めたと取られないよう、決して謝罪にはならない形の、慎重な物言い。
病室の窓からはやわらかい日差しが差し込んでいた。少しずつ春に近づきつつあるのだ。だが、義一にせよ知名にせよ、それを感じ取る事はできない。心も体も芯から冷え切っていた。
さきほどまで俯いて、ただ肩を震わせていた知名が、絞り出すように言った。
「あんなの、おじいちゃんじゃないもん…。」
この年頃の女の子特有の、暴力的なまでの能天気さはすっかりしぼんでしまい、何とも哀れで痛々しい姿だった。
深々と頭を下げ、病室を後にした刑事は、受付ロビーへ向かう。ロビーのソファに腰掛けていた一人の男が片手を上げ立ち上がり、刑事を迎えた。
見るからに高そうな生地のスーツ。やや大柄の男は微笑んでいたが、目つきといい佇まいといい、発する声、言葉の端々には威厳、威圧感があった。
「ご苦労様。話は聞いたと思うが、以降はこちらが引き継ぐ。至急報告書を回すように。」
「は…。」
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