第99話 57キロの登山、達成!

 やりましたよ。57キロの登山、先週の日曜日に完歩してまいりました! やり切った感でいっぱいです。


「私なんて、坂の下でリタイヤするのよ〜」と悲嘆に暮れていたエクセルのママ(仮にベッキーさんとします)は、誰よりも最初にゴールしていました。


 ゴール後、精も魂も尽き果てて「最悪だったわ! こんなこと、もう二度とやらない」って冗談交じりにプリプリしていた彼女。その3日後には、また似たようなハイキングを妹とやるべく、別のイベントに登録していました。『舌の根も乾かぬうちに』って日本語を今度教えてあげようかと思います。


 当日は好天に恵まれました。最高気温は17度と低めで曇り。歩いているとびっくりするほど汗をかくので、少し肌寒いくらいがちょうどいいんです。これ以上ないってくらいのベストコンディションでした。


 高低の激しいルートだったので、アプリで測ったところ、全部で2300メートルの高さを登った模様。富士山が3770メートルらしいので、富士山の六合目ちょい上って感じでしょうか。


 今年で25年目のこのイベント、毎年ルートが変わるのですが、毎回約20パーセントの人が途中でリタイヤするそうです。今回は30パーセント以上の人がリタイヤしたらしいので、今年のルートはやはり過酷だったんだと思います。


 過酷なハイキングあるあるで、「足の爪がなくなることがある」って聞いてたんですよ。ひいいいっと恐怖に思いつつ、どういうふうになるのか想像がつかないまま当日を迎えました。


 一緒に歩いたチームメイト(仮にオリーブさんとします)のおかげで、「足の爪をハイキングでなくす」というのがどういうことなのか、ライブ中継で見ることができました。


 ハイキングも3分の2くらい進んだ頃でしょうか。オリーブさんが、足の爪が痛いと言うので、確認のために休憩しました。見た目はなんともなさそうなのですが、歩いたり触ったりすると痛いらしく、マメ用のクッション素材でできた絆創膏を貼り、テーピングをして歩くのを続行しました。


 2時間ほどして、やはり痛そうなオリーブさん。「ちょっと様子見る? テーピングし直す?」と聞きましたが「うーん……。たぶん、もうこれ以上なんにもできないから、次のチェックポイントまでがんばってみる」とさらに2時間ほど歩きました。


 チェックポイントで靴を脱ぎ、テーピングを取って見てみると、爪の根元が紫に変色していて見るからに痛そうです。


 一方、ベッキーさんは持病の腰痛が悪化していて、ここでリタイヤするのもありだと、真剣に検討しました。こんなイベントで、体に長期的なダメージがあったら元も子もないですからね。


「ここで私が一人リタイヤしたほうが、みんなに迷惑がかからなくていいんじゃないか」ってベッキーさんが言うので、「何言ってるの。私たちはチームじゃない!」と少年漫画みたいな会話がおばさん4人の間で真面目に交わされ、最終的には、全員「ここまできたからには、ゴールしたい」という意見で一致し、みんなで突き進むことにしました。


 最後のチェックポイントからゴールまでが一番長かったです。気持ちももちろんそうですが、物理的に一番距離が長く、一度山を登って降りるっていう鬼畜なセクション。チェックポイントを出たのが夜8時20分で、ゴールしたのが夜中の1時45分だったので、約5時間半かかったことになります。


 山を登っている間は黙々と進んでいたオリーブさんは、山を降り始めてから「テーピングがキツい気がする」と不調を訴え始めました。座れるところを探して靴を脱ぎ、テーピングをハサミで切ると、親指の爪の付け根から液体がブワーっと出てきて、本人も私も「ぎゃああああ」となりました。


 最初に「痛い」と言ってから、この時点で6時間以上も歩いているので、もう十分がんばったから、ここいらでやめてもいいんじゃない? という気持ちが私はチラリとよぎりましたが、オリーブさんにその選択肢はないようでした。


「ここまでがんばったんだから、ゴールしたい」という気持ち……というよりは、「さっさと終わらせてビール飲んで寝たい!」という一念に燃えていました(笑)。


 朝7時にスタートし、日付けが変わる頃には、体がガタガタなのはもちろんですが、メンタルもやばいことになっていました。


 階段に手すりが付いていて、「手すりがあると助かる」と言いたいのに「手すり」っていう単語が出てこない。


 英語が母国語のオリーブさんに「ねえ、今私たちが握ってる棒、なんて言うっけ。単語が出てこないんだけど」と言うと、オリーブさんが「えっとね、えっと。棒。あれ? 棒じゃなくって。この棒、手で握ってる……。あれ? 私もわからないわ。この棒の名前なんだっけ?」「あはは! この棒、すごいいいヤツなのに、名前わかんないね」「「あっはっはっは」」


 みたいなノリです。まるっきり阿呆の集団ですよ。こんなイベントに参加してる時点で、最初から阿呆の集団ですが。


 阿呆の集団なのですが、知らない者同士、労いの声をかけあったり、エールを送りあったりと、終始助け合いの、とてもいい雰囲気でした。他のチームの中には、スピーカーを持って音楽をかけている強者もいて、その人の周りにはワラワラと人が吸い寄せられていました。メンタルやられてるときの音楽って心に沁みますね。


 ゴールにやっと辿り着いた暁には、感極まってホロリと涙が出ましたが、その直後に足腰が急に痛くなり、足を引きずりながらイスまで移動しました。ゴール前までは普通に歩いていたので不思議です。


 チームメイトの旦那さんが、ビールとおつまみを用意して迎えに来てくれていて、その場でプチ宴会をしました。全員すべからく笑いの沸点が低く、意味もなく笑い合いました。会話の内容が過去最高にグダグダでおもしろかったです。


 オリーブさんの爪ですが、最終的に、左足の親指と、右足の人差し指と薬指の、合計3本の爪がダメになりました。とはいっても、いきなり剥がれるわけではなく、乳歯が大人の歯に切り替わるように、新しい爪が伸びてきたら、古い爪がポロッと行くらしいです。


「触らなければ痛くない」と言っていたので、ハイキングで爪をなくすという現象は、想像していたよりはホラーではありませんでした。


 私はというと、爪はぜんぶ元気だし、マメの一つもできなかったし、今では筋肉痛も治って元気にしております。クリスマスで増量した体重が落ちるかなと期待してたのに、1キロも減ってないですしね(涙)。


 自分の体が、案外頑丈にできていたことに感謝しつつ驚いています。


「一回やったら、またやりたくなるよ」「そんなバカな」みたいな会話を経験者としていた私ですが、こちらもお約束通り、また同じようなイベントに参加したいなと思っています。


 長くなりましたが、現場からは以上です♪


追記:ベンさんは、39時間かけて100キロコースを完歩しました。自分のチームがゴールできたことよりも、ベンさんがゴールできたことに感嘆した私です。


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