第61話 情けは人のためならず
娘のお稽古事のお迎えのときのこと、真っ暗な駐車場に自転車が一台転がっているのを発見。自転車のまわりには、野菜などスーパーの買い物品っぽいものが散乱していました。
その時は寒い上に雨が降っていて、自転車も買い物の品も、夜の闇の中で濡れそぼち、哀れな様子でした。
なんじゃこら〜と固まってる私の隣で娘が
「ママ、これ、どっか人の通らないところによけといた方がいいんじゃない」ともっともなことを言いました。
幸い、駐車場はガラガラで車の出入りもあまりありません。
しかし、なんでこんなところに自転車が転がってるんだろう。なんで鍵かけてないの? 乗ってた人、このへんにいないのかな。
などなど、いろんな疑問が頭の中によぎりつつ、とりあえず自転車を起こそうとしました。
すると、「それ、俺の!」と大声でやってくる人影が。
知らないおじさんだったんですけど、むちゃくちゃキレてて、
「やってらんねぇ! やってらんねぇよ! 雨が降り出して、買い物袋が紙で濡れて破れてさぁ。誰かビニール袋持ってないかって、聞いて回ってたんだけど、誰も持ってないんだよ! っていうか、アンタ、なんか袋持ってない? ちっくしょう、やってらんねぇ!」
って、矢継ぎ早に己の思いの丈をぶつけてきました。
なにこのおっさん〜。外は暗いし、怖いんですけど〜。
って思ったりはしたものの、アルコールやドラッグの影響下にはなさそうで、そんな危険な人って感じもしませんでした。
心がダダ漏れするタイプのおじさんで、なんかいろいろ重なって、泣きっ面にハチ的なシチュエーションにいるんだろうな、と判断しました。
「ビニール袋……持ってないんですよねぇ」
と言い終えたタイミングで思い出しました。
ビニール袋は持ってないけど、エコバックなら持ってることを。
その時持ってたエコバッグ、軽くて大きくて猫の模様が付いててお気に入りでした。10豪ドル(今日のレートで950円くらい)しました。
「ちっくしょぉ……」と自転車と散らばった野菜を見下ろしながら途方に暮れるおじさん。あ、ちなみに、カゴのないタイプの自転車で、おじさんリュックもバッグも持ってないので、袋がないとほんと『やってらんねぇ』状況でした。
いやまあ、アンタいい大人なんだし。私知らんけど。
……って思ったんですけどね〜。自分の車から例のエコバッグ持ってきてあげましたよ。
「これ使ってください」って差し出したら、
「え!? いいの?」って目を丸くしてびっくりするおじさん。たぶん50代? なんかかわいいんですけど。
「ありがとう! ありがとう!」と心から感激されて照れる私。
娘と車の中に入って発進し、駐車場をぐるーっと出口まで運転して路地に出ました。
と、その時です! あのおじさんと、偶然また会いました。彼もちょうど路地に出たところで、彼のとなりには別の男性が。若そうだったので息子さんだったのかもしれません。二人とも雨の中自転車でした。
暗かったのに、車内にいる私の顔に気づいてくれて、二人して「ありがとう〜!」って口を大きく動かして、手を降ってお見送りしてくれました。
なにこれ〜♡♡♡ ほっこりステキな物語のエンデイングみたいでした。
エコバッグ、気に入ってはいたんですけど、また買えばいいし。
物価絶賛上昇中のメルボルンでは、10ドルなんて、安めのパブでワイン一杯買うくらいが精一杯です。あの二人の「ありがとう〜!」コールは、ワイン一杯の百倍くらい、私を幸せな気持ちにしてくれました。
ちなみに、人はいいことをしたり、誰かに感謝されると、幸せホルモンのドーパミンがブワーって出るらしいです。
『情けは人のためならず』という諺がありますが、他人にいいことをすると、まわりまわっていつか自分に返ってきますよ、という意味ですよね。
いやいや、いいことをすると、まわりまわるのを待たなくても、ダイレクトに返ってくるな、とその時思いました。あのエコバッグ、ケチらなくてよかった。あげてよかった。と心から思いました。
なんてことを、車内でドヤ顔で娘に語った母なのでした。ちゃんちゃん。
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