第42話 かしこまりこの名前の由来

 名前の由来、話したことありましたっけ? あったかもしれないのですが、まあいいや(笑)。初めて聞く方もいらっしゃると思うので、続けます。


 メルボルンの専門学校に通っていたとき、日本人向けのフリーペーパーの記事を書くアルバイトをしていました。デザインの勉強をしていたので、イラストやレイアウトの仕事もたまにやらせてもらえました。


 今考えてみたら、未経験の私を採用してくださり、いろんなお仕事に挑戦させてもらって、ものすごくおいしいアルバイトでした。メルボルンだったので、日本語の読み書きできる人が、日本より圧倒的に少なかった(当たり前だ)ことが幸いしました。本当にありがたいことです。


 フリーペーパーの編集長さんが、年齢は四十ちょい過ぎくらいだったのですが、日本ではベ○ッセで編集長をされていたとかで、すご腕の女性でした(ついに私は彼女の当時の年齢を追い越しました……)。バリキャリだった彼女は、仕事でオーストラリア人男性と出会い、彼と結婚して渡豪。


 メルボルンで生活が落ち着いたころ「オーストラリアにいても、やっぱり編集がやりたい」という熱意から、フリーペーパーの編集長になられたという話を、ご本人から聞きました。


 この編集長さんが、とにかく優しい方で! まだ二十歳そこそこだった私に、取材の仕方から記事の書き方、校正の仕方まで、本当にたくさんのことを教えてくださいました。今だからわかるのですが、まだ子どもと言えそうなくらい若い人に仕事を任せるのは、自分で仕事をやるよりもよっぽど手間のかかることだったと思います。


 あれ? なんの話でしたっけ? あ、そうでした。『かしこまりこ』の名前の由来でした。


 編集長さんが「これやっといてもらえる?」と指示を出される時、私はよく「かしこまりました」と言っていました。なんかその言い方が独特だったみたいで、まわりの人によく真似されてました。そのうち、編集長さんが「おーい、かしこまりこ」と私を呼ぶようになりました(本名も『まりこ』なので)。


 あれから長い長い時が経ち、コロナのロックダウンのストレス解消に、執筆を始めた私。ペンネームをなんにしよう♪って考えたとき、真っ先に浮かんだのが、かつての編集長さんのことでした。彼女の顔と一緒に「おーい、かしこまりこ」と私を呼ぶ声が思い出されて、「『かしこまりこ』いいじゃん!」と秒で決めたのでした。ちゃんちゃん☆


 そもそも、あのオイシイ仕事にありつけたきっかけは、私が「こんな連載どうですか?」ってアイディアをメールしたんです。小さい会社だったので、気さくな社長さんが直接話を聞いてくださったんですよね〜。なんか、それもすごいことだなって今になって感激してます。


「若かりし頃の自分、意外と気概があったな」て振り返って思いますが、何より、社長さんや編集長さんのほうに、「若者にチャンスをあげたい。育てたい」っていうお気持ちがあったのが、すばらしい。日本語の読み書きができる人が少なかったっていう事情もありますが、それでも、優しさと勇気のいることです。


 対象読者が……とか、広告主が……とか色々考えるよりも、「おもしろそうだから、やってみよっか」と気楽にアイディアを採用するような社風なのもよかったですね。


 実は、夫も同じような経緯でアルバイトしてたことがあります。十五歳の時に、メルボルンの音楽系のフリーペーパーで、アルバムのレビューを書いてました。きっかけは、「このアルバム、僕だったらこう評価する」的な例文と一緒に、履歴書を送ったらしいのです。


「十五歳の夫、ガッツあったな」って思いますが、採用した方も、なかなか懐が広いなと思います。


 自分の年齢を考えると、今後、若い人を育てる機会もあるのかな〜って気もします(今までなかったのもどうなんだって話ですが、それはさておき)。そう思うと、未経験の十五歳なんて、絶対やですよ(笑)。せめて社会人経験が三年くらいある人のほうがいいです。


 でも、未熟な自分に機会を与えてくださった先輩方を思えば、自分もそういうことができる大人になりたいな、とは思います。


「失敗しないほう」「手堅いほう」ばかりを選択していると、ちょっとずつ人生がつまんなくなっていくような気がします。今後、業界に不慣れな若者に「こんなことがやりたい」と言われるような機会があったら、あの編集長さんみたいにサポートしてあげたいです。たぶん、そのほうが絶対におもしろい。あ、編集長さんも、そんな気持ちだったのかも……。

 

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