第40話 空気の読めない女

 昨年の11月、直属の上司(ルーシーさん)が産休に入ったので、代理の人が一年間の契約社員としてやってきました。名前はサンドラさん(どちらも仮名)。


 ルーシーさんは現場叩き上げで昇進した人なので、現場のことがよくわかっていて、地に足のついたリーダーシップを取る人気者でした。


 対してサンドラさんは、数々の会社の上級管理職エグゼクティブを務めた末に、コンサルタントとして独立した人で、先を見据えたビジョンや戦略を考えることのプロ。


 ルーシーさんにはない経験と専門知識を持っている人が代理でやってきたので、私もチームのみんなも、「なんかすごい人がきだぞ」と士気が上がりました。


 サンドラさんが代理として就任した時、ちょうど次の会計年度のビジネスプランを作成しないといけない時期でした。


「ビジネスプランの作成については、私は二十年以上も経験のあるエキスパートです。みなさんの手助けになるような、ツールとフレームワークを用意しますから、安心してついてきて下さいね」的なことを悠然とした笑顔で言うサンドラさんに、私は忠犬ハチ公のように「ハイ♡ ついていきます!」と尻尾をふりました。


 というのも、ビジネスプランだなんて、私は今まで、既存のものを見直して、ちょこっと修正して再提出してきたのです。予算もほぼ、前年度のコピー。追加で予算がいる時だけ、がんばって企画書を提出したことがありますが、その時もだいぶテキトーでした。


「しっかりしたビジネスプランを作成することは、みなさんの成功への鍵です。私の二十年以上の上級管理職エグゼクティブとしての経験と専門知識でサポートしますから、自信を持ってくださいね」とサンドラさん。


(『二十年以上の経験』や『上級管理職エグゼクティブ』のくだり、よく繰り返すなぁ)と思ったものの、ビジネスプランなんてまともにやったことのない私には、とても心強いお言葉。「押忍! ついていきます!」とヤクザの手下のように心酔していました。


 しかし、ビジネスプランが進むにつれて、なんか「アレ?」と思うことが増えていったのです。


 今の会社では、仕事の性質上、いろんなデジタルツールを使いますが、昨今のツールって本当に使いやすいので、小学生の子どもでも数分で使い方が覚えれるようなものばかり。なのに、サンドラさん、使い方がわかっていないっぽい。新しい職場だから慣れていらっしゃらないのだろうなと最初は思っていましたが、一ヶ月くらい経っても、基本的な操作でつまずきます。


「ごめんなさいね。私、今までずーっとアシスタントがいて、こういう瑣末な作業はアシスタントにさせていたから。ほんっとうに恥ずかしいんだけど」と、マウント取りつつ言い訳をするサンドラさん。今考えたら、超上から目線で笑えるコメントなんですが、その当時は(エラい人って案外、細かい作業は苦手だからな)と納得していました。ちなみに、ヒラリー・クリントンさんは、パソコンが使えなかったらしいです。


 それから、彼女の説明や指示がよくわからない。専門用語が多発して『カッコいい』こと言ってるように聞こえるんだけど、結局なにが言いたいのかが不明瞭。


(私の勉強不足のせいだな)と思って、自分が知らない専門用語なんかがメールに出てきたら、コソッと検索して調べたりするのですが、それでも要領を得ません。

(知ったかぶりをしてもしょうがない)と思って、「すみません……。私の経験不足で、よくわからないところがあるんですけど」と直接本人に聞きます。そうすると、うわーっと長い長い説明が返ってくるのです。それでもあまりよくわからない。でも、あんまり何回も「すみません、やっぱりよくわかりません」と言っていると、だんだん険悪な雰囲気になってくるので、「あー……了解です」とわかったフリをする。みたいな展開になってきました。


 サンドラさんの下には、私の他に男性社員二人がいるのですが、四人で会議をするときも、私がサンドラさんに「すみません。ここの部分がちょっとわからないのですが」と質問すると、サンドラさんが長い長い説明を一方的にする→やっぱりよくわからない→サンドラさんがイラっとくる、ということが何度か繰り返されました。


(どうしよう。私だけよくわかってない)と困っていたところへ、男性社員の二人から助け舟が。

「僕たち三人で話し合って下書きを作成するので、出来上がったら見ていただけますか」と提案してくれて、サンドラさん抜きで会議をすることに。


「ごめんね〜。私がよくわからないばっかりに」と謝る私に、男性社員の一人から衝撃のコメントが。


「あのね、まりこ。サンドラさんも、自分の言ってること、よくわかってないんだよ。それなのに、何回も説明を求めるから逆ギレされてるんだ。自分たちで考えて提案していくしかないよ」


 ま・じ・か!


 サンドラさん、あんだけ自信たっぷりに知ったかぶりしてたってこと? そういうことする人、本当にいるの? と目からウロコでした。


 男性社員二人は、もう長いこと気づいていた様子。でも、二人とも職場で陰口を言うタイプではないので、「かしこまりこはいつ気づくんだろう」と焦れていたようです。


 同僚の一人から、サンドラさんとの会議の後によく「最近どう?」とチャットで様子を伺われてたんですが、(いい人だなぁ。でも、なんでそんなこと聞くのかなぁ)と不思議でした。アレは、こういうことだったのか、と納得したのでした。


↑ てなことを、夫に話したら。


「まりこは、そういうとこが遅いからね」

「え? どういうとこが遅いの?」

「その場で何が起こってるか気づくのが。口からでまかせ言う人なんて、どこにでもいるよ」


 えー!! ってつまり、私は夫公認の『空気が読めない女』ってことですね。自覚はあったつもりだったけど、そんなに重症だったとは知りませんでした。


 加えて十歳の娘から

「ママ、説明が長すぎる人はね、でまかせ言ってる人が多いよ。トム先生(←娘の昔の担任)もそうだった」

 と言われました。

 娘、私に似ないで、空気が読めちゃう子なんですよね〜。小学生女児に人生の教訓を教わるアラフォー女……。


 いくつになっても、新しい発見ってあるものですね(笑)。サンドラさんの契約は後一年。ルーシーさんが帰ってくるまで、地雷を踏まずにやっていけますように……と祈るばかりです。優秀な同僚の二人が、今後もヤキモキしながら助けてくれそう(他力本願)。


 こういう、自分も含めた滑稽なキャラや人間模様、それから同僚の大人でナイスなアシストとか、いつか小説のネタにしたいですね〜。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る