第32話 寡黙な人の頭の中

 かわのほとりさまから、「まりこさんが出会った人たちのお話が聞きたいです。」というリクエストをいただいたので(リクエストありがとうございます!)、最近急に思い出した元・ご夫婦の話をしたいと思います。


 私がまだ学生だった頃にインターンとして雇ってくださった社長さん、ディードリーさん(女性)とその経営パートナーさん、デイヴィッドさん(男性)の話です。


 この二人、私がインターンとして入ったころには、すでに離婚していて元・夫婦でした。同じ会社のエンジニア同士として出会って結婚。その会社(ブリヂストン)が撤退してリストラに合い、二人でグラフィック・デザインの会社を立ち上げたそうです。


 その後、どんな理由と経緯で離婚に至ったのかは知らないのですが、会社の経営はそのまま共同で続けることにしたらしいです。


 あの当時、まだ二十歳そこそこだった私には、それがどんだけすごいことか理解しておりませんでした。仕事が一緒ってことは、離婚した相手と毎日顔を合わせるわけです。


 相当、大人な別れ方をして、お互いに信頼関係がなかったらできないことですよね。元・同僚だったこともあり、一緒に働く上では、お二人の間に類まれな絆があったのだろうと思います。


 私の周りの離婚経験者をみると「別れてから二度と会っていない、もしくは必要最低限のコンタクトしか取っていない」という人が多数ですが、「夫婦としての関係は終わったけど、形を変えて強い絆でつながっている」という元・夫婦の例も、たまにみるんですよねぇ。そういうこともあるんだろうなぁと思います。人間だもの。


 で、ディードリーさんとデイヴィッドさんの場合、話術の巧みなディードリーさんが営業面を担当して、職人肌のデイヴィッドさんが技術面を担当してました。


 ディードリーさん、仕事がバリバリできて、尊敬できるところがたくさんある女性でしたが、唯一の難点は、よく人の悪口を言うところでした。


 当時、すごい若造だった私にさえ、顧客の悪口から社員の悪口、もちろん、デイヴィッドさんの悪口もポンポン言っていて、「私の悪口も、どうせ他の社員さんやデイヴィッドさんにも言ってるんだろうなァ」って思っていました。


 それに対して、デイヴィッドさんは、いつも穏やかで優しく、寡黙な方でした。うんと年上だったので、ときめいたりはしなかったのですが、思い返してみると、だいぶイケメンでした。


 ある日、若かりし頃の私は、ディードリーさんにこんなことを言いました。


「私、自分がおしゃべりなので、寡黙な人に惹かれるんですよねぇ」


 別にデイヴィッドさんの話をしていたわけではありません。世間話です。が、このセリフを口にしたとき、ディードリーさんのメガネの奥が、キラリと光りました(脳内のイメージです)。


「寡黙な人って、ミステリアスに見えるでしょ? なんにも言わない分、あの頭の中には、さぞや深淵な思想が詰まっているんだろうな、とか、きっと思慮深いんだろうなぁって思うよね?」


 ディードリーさんの発言に、我が意を得たり、と首を何度も縦にふりました。

「そうです。そうなんです〜! だから、憧れちゃいますね」


 私の返事を聞いて、ディードリーさんは「ふ、しょうがない人ね」的な笑顔を浮かべました。


「まりこ、覚えておきなさい。口数の少ない男はね、思慮深いわけでも、頭に深淵な思想が詰まっているわけでもないのよ。本当はね、なーんにも考えてないの。あのミステリアスに見える頭の中には、大したもんは何も入ってないのよ!」


 ダダーン!!


 寡黙なデイヴィッドさんの元妻の発言だと思うと、味愛の深すぎる発言(笑)。今でもすごく覚えています。


 寡黙でもおしゃべりでも、いろんな人がいますし、すごい極論ですが、言い得て妙だと思わなくもないです。一般論ですが、無口な方って、おしゃべりな人よりも、あんまり周りの人間に気を使わないというか、他人がどう思っているのか気にしない(結果、意外とぼーっとしている)人が多い気がします。


 コミュニケーションが苦手で無口なタイプの方は、興味のある話になると、いきなり饒舌になったりしますしね〜。頭の中に深淵な思想がいっぱい詰まっている人ならば、ちょいとつつけば、言葉になってあふれてくるものなのかもしれません。


 ディードリーさんのアドバイスを受けて、というわけではないんですけど、夫はおしゃべりです。子どもたちもおしゃべりです。特に子どもたちは、たまに「五分でいいから黙ってくれよ」と思うくらいにおしゃべりです。


「沈黙は金なり」とも言いますけれど、おしゃべりなのもいいのかもしれない、と考え直すきっかけを作ってくれたお二人なのでした。

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