第15話 日記をつける人・つけない人

 ここ二年くらい、日記をつけたりつけなかったりしてます。「つけなかったり」率のほうが高めです。もともと、日記が続かない人です。でも、「毎日書いたほうがいいんだろうな」という漠然とした思いが常にあって、年に何度か「よし、今日からまた日記つけよう」って思います。(そして続かない)


 ここ二年くらいは、無料アプリを使って書いています。二、三日まとめて書くことが多いです(日記とは?)。一行とか二行とか、簡単なメモみたいなものです。


 紙の日記もつけてたことがあります。日記帳やノートに書いてたこともあれば、手帳に書き込んでいたこともあります。かわいい手帳を買って、お正月の三ヶ日は、色ペンなどで気合い入れて書いてました。その後は……。


 私は、紙に書いていた日記を読み返したことが、ほぼないです。人生に三回くらいしかありません。三回とも、最初の一行を読んですぐに閉じました。恥ずかしすぎて。焼却処分しようかと思いましたが、なんとなく捨てられず、今でも屋根裏の物置のどこかに眠っています。死ぬ前になんとかしないといけない案件です。


 唯一、面白いなと思って読みふけってしまったことがあるのは、二十代後半にインドに一ヶ月旅した時につけていた日記です。インターネットもテレビもない島にいたとき、暇つぶしに書いていたのですが、日々起こっていることや感じていることを全部書こうとしすぎて、日記が間に合わない現象が起こりました。


 その日に起こったことを全部書こうと思うと、時間が足らないんですよ。で、次の日に続きを書いたりしてるうちに、どんどん記録が遅れていって、日記に三日前の出来事を書いてる……みたいなことになり、そのうち「うわあああ」ってめんどうくさくなってやめました。


 日記に書いてることって、ちょっときっかけがあると、すぐに思い出せますし、よく覚えています。一度文章に起こすことで、記憶に残りやすいのかなと思います。インドの日記を読んだら、過去の自分の「今起こっていることを、忘れたくない」という気持ちがよく伝わってきました。


「忘れる」って、脳の大切な機能なそうですね。世の中には「忘れる」ことができない人がいるらしいです。テレビのドキュメンタリーで見ましたが、例えば、三十年前の天気がなんだったか、新聞の見出しはなんだったのか、ありとあらゆることを、かなり詳細に覚えていらっしゃいました。ドキュメンタリーでは三人ほどそういう人が紹介されていて、その中の一人が「忘れられないというのは、障害だ。本当に、毎日が大変で辛いのだ」と訴えていらっしゃいました。SFみたいな話ですね。


 私が生きている次元では、時は過去から未来へ一方通行です。無慈悲に思えるほど一方通行で、ちょっとでも逆方向に行くことはありません。その過程で、毎日毎日、膨大な情報を忘れていきます。「これは一生忘れられないだろうな」と思ったようなことも、案外忘れていきます。


 日記を読み返したり(しないけど)、過去のブログを発掘したり、昔の写真を見たりすると、「そういえば、こんなこともあったな〜」と懐かしい気持ちになります。そのときの記憶が鮮明によみがえってきて「忘れていたんだ」と気づきます。


「懐かしい」って、私がとても好きな感情の一つです。懐かしがっている間、脳内で気持ちいい系の化学物質が放出されてそうです。


 小説を書き始めてから、「これは小説のネタになるかも」と思うような出来事や感情は、メモするようになりました。でも、そのメモをなくす人なので、どうにかならんかなと頭を痛めております。それから、ネタ帳って、ある程度時間が経って色褪せると、九割がた使えなくないですか? 私だけ?


 ただ、「メモをする」という行為だけでも、記憶に残る一助になるなと感じます。「お、これはエッセイのネタになるかも」と思うことも、すぐにメモしないと忘れます。逆に、メモをよくしていると、ネタがどんどん見つかったりします。


 私にとって、日記やメモというのは、土石流みたいに容赦なく忘却の彼方へ流れて行く記憶の、ほんの一コマに、マーカーで色を塗ったり、フラグを立てたりする作業です。あとから「あ〜、あった、あった、こんなところに」と思い出して取り出せるように。(そして、そんなマーカーやフラグもどんどん流れて溜まっていくわけですが)


 人間って、なんでこんなことしたがるんでしょうねぇ。「忘れる」という不可欠な機能を持ちつつ、忘れても生きていけるような情報を「忘れたくない」と思ってジタバタする。毎日のちょっとした発見や思い出を、現在から過去へ容赦なく流れていく、膨大な時間の中に埋没させたくないと抗う。これも、合わせて不可欠な機能なんでしょうか。


 みなさんは、日記つける派ですか、つけない派ですか?

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