第14話 忘れられない一言

 お義母さんが、忘れられない言葉があると、話してくれたことがあります。

 まだ二十代前半のころ、とある研究所のアシスタントをしてたらしいのですが、上司がとってもすてきな女性でした。


 その方みたいになりたいと憧れて、仕事もがんばって、ちょっと仲良くなったころに彼女に聞いてみたそうです。


「私って、怠け者だと思いますか?」

 というのも、お義母さんはご両親から「◯◯(←お義母さんの名前)は怠け癖がある」と言われて育ったそうで、憧れの女性にそういうふうに見られたくないという思いがあったんですね。


「そうねぇ……。たまに、もうちょっとがんばれるのに、って思うことは、あるかなぁ」と彼女は言ったそうです。

「言い方は優しかったけど、やっぱり私って怠け者なんだ……」とお義母さんは思いました。


「あの日から、怠けるのはやめようって思ったのよ」と私に話してくれたお義母さんは、70代半ばの今でも、バイタリティーに溢れて、パワフルに活動しています。(ワーカホリックってわけでもなく、休むときはちゃんと休んでます)


 私にも、忘れられない一言があります。メルボルンからロンドンに引っ越したとき、転職活動がうまくいかなくて、ウジウジ悩んでたら、夫から

「まりこは、ちょっと難しいことになると、すぐにあきらめるところがあるよね」と言われました。


 たぶん、本人は言ったことさえ覚えてないと思いますが、私はよく覚えています。というのも、図星だったからです。私は何事も大げさに考えすぎて「私にこんなことできるはずない」と、やる前からあきらめる癖がありました。


 対して夫は、たいていのことは「楽勝でできる」と思うタイプです。「楽勝だ」と豪語してたことが、実はものすごく難しかったり、めんどうくさかったりすることも、あるんですけどね。

 でも、夫のこういうところは、えらいなって思います。


 性格ってそんなに簡単に変わるものでもないので、今でも私は小心者で、物事を難しく考えがちです。でも、夫にああ言われた日から「うげ、めんどくせぇ」と思うことや「私には無理だ」と思うことも、「いや、意外とイケるかもしれん」と一度は思ってみるようになりました。失敗しても、「次回はイケるかもしれん」と何度か挑戦してみるように心がけています。


 もう一つ、アメリカのベストセラー作家のエリザベス・ギルバードさんの言葉で、最近思い出したものがあります。

「自分の作品を、あんまり大切に思いすぎないほうがいい」

 いわく「ものすごく憧れてた人とセックスすると、意外とよくなかったりするじゃない?」とな。


 エリザベスさん、私はそういうシチュになったことないから、わかんないっス。でも、なんとなく言ってることはわかります。

「オレ、小説をリスペクトしてるから、恥ずかしくないものを書きたい」とかって気合い入れすぎちゃうと、あんまいいものが書けなかったり、いっそなにも書けなかったりするから、肩の力抜いていこーぜ、って話なのかなと。


 こういう言葉が、今なぜ走馬灯のように胸を駆け巡ってるかっていうと、改稿のラストスパートで、重度のおもしろくない病にかかったからで〜す♪今月末が締め切りの公募で、初めて書いた長編で、今三稿目です。最後の一万字の改稿です。


 ここへきて、構成も、セリフのセンスも、キャラも、描写も、ぜんぜんダメじゃん? と気づきました。ラストが気に入らなくて、かなり変えてる途中なんですけど、そうすると、最初から全部よくない気がしてきました。もう、くしゃくしゃポイして新作書きたいです。胸つき八丁。改稿が辛いよう。しくしく。


 料理でもなんでもそうなんですけど、何かを作っているときに「あれ? なんか、これあんまりよくないかも」って自分で思いつつ「いやいや、自分は作者だからそう思うけど、他人から見れば案外イケてるかも」という希望的観測にすがるときないですか? そういうときって往々にして、やっぱり「あんまりよくない」んですよね〜。私の経験則でもあり、いろんな方から、同じような発言を聞いたことがあります。


 でも、今まで半年以上、せっかくがんばってきた作品だから、とにかく最後まで改稿して公募に出したいと思っています。そうしたら、「難しいことをあきらめなかった。とりあえず挑戦してみた」っていう記憶になるので。


「小説を書いてみよう」と思い立って書き始めた当時、物語を最後まで書ききれる自信がなくて「私のことだから、どうせエタるんだろうな」と思って始めました。でも、「とりあえず挑戦してみよう」とやってみたら短編が一つ書けました。あれから二年、少しずつできることが増えました。あら? けっこう成長したんじゃないですかね、私。


 お義母さんが「怠け癖のある人」から「怠けない人」に自分を変えたように、私も「すぐあきらめる人」から「とりあえず挑戦してみる人」に自己認識変えたいって思った……のがもう十数年前。今も夫の言葉の魔法にかかっている気がします。

 

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