第29話 第五章 勘違いと忘れてること。(5)

第五章 勘違いと忘れてること。


 夢風が神無月宅のインターホンを鳴らす。

 すぐに扉が開き、神無月が顔を除かせる。

「な、何かしら…」

 恐る恐る、こちらを見てくる神無月に夢風は……

「大好き!」

「えっ……」

 突如として、いきなり神無月に抱きつく夢風。

「ちょ、ちょっと夢乃? 私のことは……」

「紫苑、ごめんなさい。私、過去にとらわれすぎてて、大切な今の親友のことを忘れてた」

 何がどうなってるのか、分からないと言わんばかりの表情をしている神無月。

「紫苑、覚えてる? 昔、ゆめっていう女の子がいたこと」

「ゆめ? もちろん覚えているわよ?」

「それ…私のことなんだ」

「えっ……ゆ、夢乃が?」

 明らかに困惑していた。

 そりゃそうだ。神無月が困惑するのも無理はない。

「名前からして、そうでしょ?」

「ま、まぁ…そうね、で、でも…」

「ううん、もう昔のことはいいの。紫苑、もう一度、私の…いや、今度は本当の親友になってく―」

 夢風が言葉を終える前に、神無月は答える。

「もちろんよ」

「えっ⁉」

「どうして驚いているのかしら、夢乃から提案してきたことでしょう?」

「そ、そうだけど…私、紫苑には酷いこと沢山しちゃったし…」

「そんなこと、どうでもいいわよ。だって、私からすれば、夢乃が私の元からいなくなることが一番辛いんだから」

「で、でも…私は水無月くんよりも…」

「ねぇ、夢乃? 何か勘違いしてないかしら?」

「勘違い?」

「確かに、そこにいる最低男のことは好きよ…でもね…」

 最低男って何だよ。酷くないですかね?

「同じくらい、夢乃のこと…私は好きよ」

「紫苑っ!」

「ちょ、ちょっと、強く抱きしめすぎよ…」

 神無月は今、心の底から喜んで、心の底からホッとしていると思う。

 って、そんなことよりさ……

「紫苑…」

「夢乃…」

見つめ合う二人。

そして、それをただただ見ている俺。

あれ? もしかすると俺今、すげぇ空気ですかね?

いない方がいい?

「あの、俺は…」

と、言いかけた時だった。

「「帰っていいよ?」」

二人揃って、笑顔でそんなことを言うのか…おい、最低だな。

でもまぁ…とりあえず今日のところは……

「なんだよ、すげぇ仲良しじゃん。んじゃ、仲直りもできたことだし、邪魔者は去るとするよ……」

「あなたのことはまだ許してないわ」

「え~。何それ……それじゃ、また今度謝罪しにいくわ」

「ええ。今はあなたなんかより、夢乃と一緒にいたいから」

「なんだそれ…」

そう言い残して、徒歩十秒の自宅に俺は帰っていくのだった。

「水無月くんには、私じゃ絶対に勝てないよ」

「夢乃? 今何か言った?」

「ううん、何でもない…」

「とりあえず、私の家に上がる?」

「うん、もちろん」


 きっとお互いにできた傷は、お互いに癒やしあうのだろう。

 やっぱり、本当は神無月のこと好きだったんだな、夢風。

 今度こそ、夢風の…神無月が好きという言葉は信用することができそうだ。

 よかったな、神無月。




「紫苑…本当にごめんなさい」

「そう、何度も謝らなくていいわよ?」

 始めて訪れる、紫苑の部屋は殺風景だった。

 あるのは、そこに紫苑がいるということ。

 その事実が、私にとってすごく大切なことだった。

「あのね。本当はまだ、紫苑のことちょっと恨んでる…」

「ええ、そうでしょうね。夢乃がゆめだったということは…恨まれるようなことをした覚えもあるから…」

「うん、そうだね…。だからさ、全部、一度、水に流さないかな?」

「……それで、夢乃が…ゆめの気持ちが晴れるなら…」

「大丈夫。今の紫苑はあんなことしないって分かってる」

「で、でも…私は昔、藍を…相棒を…取られたくない一心で、ゆめに酷いことを……」

「やっぱり…そうなんだね…」

「え?」

「清も、水無月くんも、彼のことを死んだって言ってた」

「彼って?」

 机の上にある、写真に視線を送る。

「あの写真に写ってる、みんなを抱き寄せてる男の子のこと」

「そ、それって、藍のことでしょ? 死んでなんかいないわ」

「そうだよね。だったら……」

 私は、紫苑に真剣な表情を向ける。

「私…絶対に負けないから」

「ゆ、夢乃?」

「それに…ついこの間まで、水無月くんは私のこと好きだったしね」

「え? つ、付き合ってるんじゃないの?」

「ううん、あれは嘘だよ」

「そうだったの。あっ別に勝つとか負けるとか……私は別に……」

 多分、紫苑はまだ自分の本当の気持ちに気づいてないだけだと思う。

 それが恋愛感情だって、分かってないんだと思う。

「ねぇ、紫苑。あんまりゆったりしてると…私が水無月くんのこと取っちゃうからね?」

「うん?」

 あまりよく分かっていないような返事が返ってくる。

「紫苑ってば、その表情、可愛いね」

「そ、そう? 夢乃に褒められるの、私は好きよ」

 

今度は、正々堂々と戦おうね、紫苑……

 そして…また、私は……


彼に救われたのかな。


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