第28話 第五章 勘違いと忘れてること。(4)

第五章 勘違いと忘れてること。


「ったく、夢風、どこ行ったんだよ!」

ザーザーと激しい雨が俺の体に当たる。

「痛い!」

無意識に声を上げてしまうほど、すさまじい雨になっていた。

ゲリラ豪雨だ。

「おいおい…ふざけんなよ…」

それからしばらく辺りを探したのだけれど、夢風は見つからなかった。




「どこ行ったんだよ…」

雨がどんどんと強くなる中、俺はふとあの公園を思い出す。

気がつくと、神無月の時みたいに俺の足は無意識にあの公園へと向かっていた。

本来ならば、電車を使ってもいい距離なのだが、何故か意味も分からずに、ただひたすら走っていた。

そして…目に入ったゾウの滑り台と……ベンチに一人座る女の子。

彼女はこんな雨なのに、傘などはささず、ただただ雨に濡れていた。

むしろ、自らそれを望んでいるようだった。

「こんなところで何してるんだ、夢風」

下を俯く彼女に近づき、そっと声をかけた。

夢風は俺の声に特に驚きなどはせず、綺麗な瞳で俺を見上げる。

「水無月くんこそ、何してるの?」

「お前を捜してたんだ」

「へぇ…相変わらずお人好しだね」

そう言う夢風の声は生気がなく、死んでいるようだった。

「なんでここに?」

「分からない?」

「分からないな」

「うん、分からなくていいんだよ」

「そっか…なら、問いただしたりはしない」

「それでいいよ……だからさ……」

そっと俺の服を掴み、弱々しい声で言った。

「今日は……そばにいて欲しい……」

「それ…本気で言ってるのか? もしそうなら、女心っていうものがまじで理解できないんだが…」

「本気だよ…もう水無月くんでいいや…」

「なんだよ、その妥協します発言は」

「いいの…何でもいいから…一人は嫌だよ…」

夢風の表情は憂いを帯びていた。

でも、そんなマイナスな表情なのに…心の底から彼女は可愛かった。

「つまり…どうしたいんだ?」

「とりあえず、水無月くんの家に行きたいな…」




「着替え、姉ちゃんので申し訳ないけど、ここに置いておくな」

「うん……」

 俺は部屋に戻り、一息つく。

「はぁ…ついつい家に上げちまったけどな……」

 この状況、冷静に考えるとやばいよな。

 でも、あのまま放っておけば自殺しそうな勢いだったのだ。

流石に見過ごせない。

「何というか……すげぇ弱ってるよな……」

 ついこの間まで、散々嫌いだと思っていた。

 だけど…何というか、あいつもあいつなりに理由があったのだと思うと……怒る気持ちも失せてくる。

 しばらくすると、夢風が、俺の部屋へと入ってくる。

「その……シャワーありがとう」

「そのお礼は、ここのガス代を払ってる姉ちゃんに言ってくれ」

「そっか…」

 夢風は俺と向かい合うようにして、地面に座る。

「夢風にされたこと、まだ怒ってるからな」

二人して、顔を見合わせているのだが、なんだか不思議な気持ちになってくる。

少し前までは、高嶺の花だった夢風が自分の部屋にいることが。

でも、今となっては、高嶺の花というか、悪魔というか…。

「うん…悪いことしちゃったね…」

素直に認めた夢風に、驚き、目を見開く。

「どうして、そんなに驚いてるの?」

「いや、素直に認めるんだなって…」

「そうだよ…私、何のために頑張ってたんだろうって、全部馬鹿らしくなってきちゃってさ」

「それほどまでに…あいつが好きだったんだろ」

夢風は頷きで返してくる。

「だけど、その好きという気持ちの…形を間違えたんだよ、夢風は」

「説教?」

「説教だ」

「じゃあ、聞きたくない」

「分かった、じゃあ、やめる」

「なにそれ」

「嫌ならしょうがない」

「そうなんだ………。あのさ…」

「なんだ?」

「昔、紫苑に私が彼のことを好きって言った時、何て言ったと思う?」

「そんなの知ってるわけないだろ」

「相棒は、私のだからって言ったんだよ」

「そうか…」

「あの…水無月くんには迷惑かけたって思ってる…」

「いきなりどうした?」

「本当は私、最初から紫苑と水無月くんが幼馴染みって知ってたんだ」

「まぁ、そうだろうな。でもどうやって?」

「こんなこと言っても信じてくれないかもしれないけど…何となくかな」

「なんだそれ」

「紫苑と清は名前を知っていたから、すぐに気づいた。こんな偶然あるんだって、すごく驚いた。だからもしかしたら…彼もいるかもって…」

「不思議に思ってたんだけど…なんでそいつの名前は知らないんだ?」

「だって、彼…ずっとみんなから、相棒って呼ばれてたから」

 なるほどね。

 それにしても、相棒が沢山いたのか、当時の俺は。

 おかしな話だ。

流石、子供の考えることはぶっ飛んでるな。

「で、どうして神無月にああするところまで繋がる?」

「一年生の時は仲良かったんだけどさ…二年生になってから、紫苑がずっと水無月くんのことばっかり見ててさ。水無月くん、あんまり気づいてなかったかもしれないけど…もう視線から好きがダダ漏れだったよ?」

「そうなのか…」

「その時気づいたの…もしかして、彼なんじゃないかって。そこから段々と紫苑と彼のことを考えると気持ちがモヤモヤしてきて…」

「それであんなことを…」

「水無月くんは単に偶然巻き込んだじゃなくて…きっと私は心のどこかで彼と重ねてたから…あんな脅迫したり…。でも結果的に、全然関係ないのに迷惑かけちゃったね」

「まぁな…」

「はぁ…清も紫苑も私のこと全然、気づかないし…彼にも会えないし…」

 愚痴るように言葉を言う夢風。

「まぁ、たった三日間しか一緒にいなかった女の子のことなんて、忘れてるに決まってるけどね」

「だけど…夢風にとっては大切なんだろ?」

「うん…。私ね、ずっと一人だったの、暗い性格だし、幼稚園行っても、みんなから除け者にされてて…そんな時にみんなに会ったの。だから私は変われた…全部、私を気にかけてくれた彼のおかげなの」

 三日間だけど……夢風にとっては一生の想い出だったんだろう。

「ねぇ、今、家には私達以外、誰もいないの?」

 ふと、夢風がそんなことを聞いてくる。

「ああ。あっ、でも心配しないでくれ、すぐに姉ちゃんと妹が帰ってくると思うから」

「心配? 何を心配しないといけないの?」

「いや、その…ほら…色々と…」

言いずらそうに、視線をキョロキョロさせている俺を見て、夢風は言う。

「まさか…レイプされるとか…そういうこと?」

「うっ…ま、まさか、そんなわけない…」

「大丈夫。水無月くんにはそんな度胸ないって知ってるから」

「うっ…まぁ…その通りなんだけ―っ‼」

次の瞬間、夢風の体が俺に覆いかぶさる。

「その逆はあるかもしれないけど…」

そう言いながら、俺の上に座り、シャツのボタンを少しずつ外していく夢風。

「ちょっ! おま、いつからそんな痴女キャラになったんだよ⁉」

「ううん、そういうのじゃないよ。言ったでしょ? 水無月くんは彼の代わりだって…」

「ストップ! 待ってくれ!」

「だめ…今ここで止まったら私…もう色々とだめになっちゃう気がするから…」

 ポツポツと、俺の顔に涙がかかる。

「夢風…」

「ご、ごめん…」

 夢風は再び泣き出していた。

「こんなことしても、彼はもういないのにね…」

 俺は、何を言うのがベストなんだろうか。

 今、自分が最も言うべき、最善の言葉を考える。

 そして…

「夢風、もう過去に縛られないでくれよ…」

「え…」

「俺はそんな死んだ奴のことじゃなくて…夢風自身を大切にしてほしい」

「……どういうこと?」

「今回の件。正直言って、神無月を傷つけたことは本当に許せない…許せないけど…」

ずっと、ずっと夢風の中にいる怪物が彼女を苦しめていたんだろう。

「夢風は自分の恋心のために自分を犠牲にしてるんだよ!」

「…そ、それって…別に自分のためだし…」

「いや、違う。絶対に違う!」

「違くないよ! 私の恋心って、それ私のためじゃん‼」

「じゃあどうして…今泣いてんだよ……」

「っ!」

「人の感情はどこまでいってもコントロールできないんだよ…それはもう仕方のないことだし、どうしようもない……でも、そんなに泣くくらい自分を追いつめなくても…そうなる前にもっと大切な―」

 俺が何かを言いかけた時、ガチャッと家の扉が開く。

「おーい、藍。ただいま~。ってか、何叫んでるの? 外まで聞こえ―」

部屋の扉が開き、姉ちゃんが顔を除かせる。

「あっ……えっ……おっ」

 驚きからの困惑からの感心という、数秒の間に三つの感情をだす姉ちゃん。

「あっ、姉ちゃん。これは違うんだ」

「いやぁ~。流石に女の子連れ込んで、そう言われても。お姉ちゃん信用できないよ」

「いや、そうは言われても…」

「しかも、めちゃくちゃ可愛い子だし……って、あれ?」

 何か思い出したかのように、首を傾げる姉ちゃん。

「あのさ、一回、どこかであったことない?」

 そう夢風に聞く姉ちゃん。

 その瞬間、夢風の表情がパッと明るくなった。

 まるでさっきまでの表情が全て嘘だったかのように。

「………う、嘘…ってことは…やっぱり…」

 驚いた様子を見せながら、俺から離れていく夢風。

「あっ、ごめん。人違いだよね。忘れて。んじゃ、お二人でごゆっくり…」

 そう言って、部屋から去っていく姉ちゃん。

「おーい、夢風。大丈夫か?」

 しばらくぼーっとして、何かを考える夢風。

「あっ、ご、ごめん…何でもない」

「そうか? ったく、姉ちゃんのやつ、変な所で乱入してくるな」

「ふふふっ」

 突如として、夢風が笑いだす。

「ど、どうした?」

「い~や。何でもないよっ」

 明らかに何でもありそうな口調だった。

 だけど、特に聞くようなことはしなかった。

「ねぇ、紫苑の家、隣なんでしょ?」

「そうだけど…どうした?」

「それはもちろん…この間のこと、謝りに行くんだよ」


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