第26話 第五章 勘違いと忘れてること。(2)

第五章 勘違いと忘れてること。


「なるほど…そんなことが…」

深く考え込むような、それでいて落ち込んでいるような様子の湊。

「湊…やっぱり信じられないよな…だってあの夢風がそんな…」

「いや、信じてるよ」

「えっ…」

湊は真っ直ぐな、それでいて素直で透き通った瞳で見つめてくる。

「僕が思ったのは…しーちゃんがそんな危険な目に遭ってるって気づかなかったことと、藍だけに……相棒に全てを任せていたことに罪悪感を感じてたんだ」

「湊…お前……どこまでお人好しならば気が済むんだよ…」

「僕、藍には言われたくないかな。それに藍としーちゃんのことだから、そんな風に思うんだよ、だって二人は……僕の永遠に大切な仲間だからさ」

どうして湊はこうも中身までイケメンなのだろうか。

正直、イケメンすぎて、男の俺でも惚れてしまいそうだ。

「あっ、でも、相棒っていうのはやめてくれ……なんだか恥ずかしい」

 湊は少しだけ拗ねるようにして、答える。

「えぇ~。でも、前に聞いたときは……いや全くもって、おかしくないぜ!って言われたんだけどなぁ……記憶がないからしょうがないのか」

 俺はピクリと体を震わせる。

「もしかして…それ、あのゾウの滑り台がある公園で言った言葉か?」

「何でそれを…」

 驚いた様子で目を見開く湊。

「やっぱりそうなのか……ってことは⁉」

 ふと、あの夢の内容を思い出す。

 今まで何度、あの夢を見てきたのだろうか。

「湊…繋がったかもしれない」

「え?」

「俺、今回の夢風の一件。自分は関係ないって思ってた。偶然、俺が巻き込まれただけだと思ってた……だけど……どうやら違うかもしれない……」

「そう思う理由を説明してくれないか?」

「湊…俺と湊と神無月。その三人でよく遊んでたんだよな?」

「そうだけど、それがどうかしたのか?」

「もう一人…女の子がいなかったか?」

「いた…。ほんの一時だけ、僕達と遊んでた子が」

「その子の名前って分かるか?」

「うーん、思い出せないな…。でも確か、いつもあの公園に行く度にいて。藍が話しかけたのが一緒に遊び始めた、きっかけだった気がする」

「そうか……だとすると……」

 まさかそんな偶然が……とは最初は思った。

 だけど……そうじゃなきゃ、今のこの状況は説明出来ないような気がしてくる。

「なぁ、湊―」




 翌日の放課後、学校の屋上にて。

「ねぇ、藍。本当にそうなのかな?」

 不信そうに俺に問いかけてくる湊。

「それを確認するために、これから本人に直接聞くんだろ?」

 ちょうど俺がそう言った時だった。

 扉がガチャリと開き、人が入ってくる。

「いきなり呼び出して何? 私にはもう関わらなくていいって言ったよね」

 最初から、真っ黒な夢風が現れる。

「悪いな、夢風」

「水無月くんに…清!」

 湊の存在に驚いている夢風。

「ああ、心配しなくてもいいぞ。湊にはお前の裏の顔、全部言ってるから」

「何それ、腹いせ? 信じられないんだけど」

「夢乃、僕は別に言いふらさないから大丈夫だよ」

「そういう問題じゃないんだけど…まぁ、バレちゃったことはもうしょうがないし、別にいいや。とにかく、早く本題に入ってくれない?」

 威圧的な態度でそう告げる夢風。

「ああ、もちろんだ。なぁ、夢風…俺、やっとお前のことが分かったよ」

「へぇ…」

 最初は興味なさそうだった夢風だったが、少しだけ俺の話に耳を傾けてきた。

「もう嘘つかなくていい…ずっと前から知ってたんだろ?」

「な、何のことかな…」

 明らかに動揺した様子の夢風。

 どうやら、俺の考えは間違っていなかったらしい。

 俺はポケットから、一枚の写真を取り出す。

「この写真に写ってる、この女の子……これ、夢風だよな?」

「そ、それは……」

「やっぱりそうなんだな」

 この写真、前に神無月の部屋で見かけた物とほとんど同じ物である。

 神無月が持っているなら、当然、湊が持っていないわけもなく。

 今、夢風に見せているこの写真は、湊から預かった物だ。

 ん? 何で、湊が持ってるって確信したのかって?

 それは、この写真に写っているのが、俺達だからだ。

「お前も、同じ物を持っているんじゃないのか?」

「うっ…………そ、その通りだよ……」

 ばつが悪そうに答えた、夢風。

「神無月のこと……どうして恨んでたんだ?」

「もうここまでバレてるなら、正直に言わないといけないみたいだね……」

「ああ、もう逃げられないぞ」

 夢風は一度、深呼吸をしてから、口を開く。

「恋敵なんだよ……紫苑は。でも昔から私に勝ち目なくて…。そのくせ、この歳になって、再会したら、紫苑も清も私のこと、あの時の子だって気づかないし……。ねぇ、水無月くん、彼は今どこにいるの?」

 彼とは…湊のことだろうか。

「湊なら目の前にいるだろ?」

「違う! 清じゃないよ! もう一人の……私の大好きな……名前も分からないくせに、十二年もずっと好きな彼は⁉」

 初めてだった、こんなに熱くなっている夢風を見るのは。

「まさか……水無月くんが…彼とか……」

 恐る恐る夢風が聞く。

 まぁ、普通に考えてそう思うのが妥当だろうな。

 湊が俺のことを見つめてくる。

 何となく、湊が俺に言いたいことは分かった。

 だけど…

「そんなわけないだろ?」

 俺は真剣な表情で夢風に告げる。


「あいつなら、死んだよ」


「え……」

 かすれた声をあげる夢風。

 湊は何も言わずに、ただただ俺のことを見守っている。

「湊から聞いたんだ…あいつ、十年前に交通事故で死んだらしい」

「う、嘘……でしょ……」

 夢風はその場で、堪えきれなくなったように泣き出す。

「ね、ねぇ……嘘って言ってよ」

「嘘じゃないんだ」

 湊がそう告げると、夢風は力が入らなくなったように、その場に座り込む。

「私は……彼がいたから変われたの……。暗い性格の私を、明るく照らしてくれた、彼みたいになりたかったから……」

「………」

 何も言わずに、ただただ夢風を見つめる。

 夢風は自分の言葉で、思いを告げる。

「私…何のために紫苑にあんなことしてたんだろう…」

「自分でも分からなかったんだ…。でも、紫苑を恨む気持ちを押さえられなかった」

「昔、彼のことを一緒に好きだった紫苑。でも、紫苑の方が私の何倍も彼に近くて、ずっと羨ましいって思ってた…でも、いつしか、恨みに変わってた」

「未だにそれで、やり返したいだなんて…私ってば、本当に馬鹿だね。そんなことしたって、とっくの昔に彼は死んでたのにね…」

「どうにかして、私は紫苑に勝ちたかったんだ……」

「本当は…紫苑のことも好きだったはずなのに…私は………」

 俺は夢風に手を差し伸べる。

「とにかく立てよ……話はそれからだ」

 夢風は少し悩んでから、俺の手を取り立ち上がった。

 でも……

「ありがとう……だけど、ごめんなさい」

「あっ! 夢風⁉」

 夢風は、そう言って、いきなり走り去ってしまった。

 多分、自分の心の中がグチャグチャで、どうすることも出来ず、逃げ出すという選択肢を選んだのだろう。

「追わなくていいのか? 藍」

「もちろん、追うさ」

「そうか…しかしな、乗った僕が言うのもあれだけど…あの場であの嘘は流石にちょっとどうかと思うぞ? 夢乃がいくら、しーちゃんやお前に酷いことをしたからって―」

「いいや、事実だよ…当時の俺はもう死んでる。今の俺は別人なんだ」

 そう言い残し、俺は夢風を追いかけるのだった。

「はぁ…僕にはよく分からないな」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る