第25話 第五章 勘違いと忘れてること。(1)

第五章 勘違いと忘れてること。


「ただいま…って、何どったの花蓮」

「姉さん、兄さんが大変何です、こっち来てください」

「んぇ? 藍がどうかしたの?」

「とにかく、兄さんの部屋の扉を開けてください」

「あっ、うん……お邪魔します」

ベッドの上で、掛け布団を被りながら隅で体育座りをしている俺。

そんな時、突如として俺の部屋に姉が乱入してきた。

「げっ、何このいかにも生きる気力を失ってます状態の人間は?」

そんな今の俺には耳障りにしか聞こえない売れ残り女の腹が立つ声が響き渡る。

「それが兄さん、今日、学校サボったらしくて…それにずっと一日中、こんな調子なんですよ」

心配そうにそう告げる花蓮とは対象的に、むしろ俺のこの姿を馬鹿にするような口調で売れ残り女が言う。

「ふ~ん、もしかして女の子にでもフラれた?」

その言葉で無意識に神無月の顔が脳裏によぎり、俺はビクッと身体を動かしてしまう。

「え? まじ? そりゃあ…残念だったね、失恋おめでとう!」

と、なんともまぁ、嬉しそうに俺にそう言ってくる、この姉に人を思いやる心はないのだろうか?

「ね、姉さん! ちょっと、それは流石に酷すぎますよ……まぁ、とは言いましたけど、正直、私も兄さんが失恋してくれて嬉しいです。兄さん、失恋おめでとう!」

「お前らは揃いも揃って人を思いやる心がないのか!」

「あっ、やっと喋った」

「いいか! 俺は別に失恋してないし!」

「えぇ、でもその落ち込み方は失恋レベルだよ?」

「恋もしてねぇ、売れ残り女にそれを言われる俺ってば可哀想」

ポロッとそう言うと、姉ちゃんはいきなり拳を作り、ポキポキと鳴らし始める。

「ほぉ~、いい度胸してるじゃない、非リア弟。私がその体に叩き込んであげようか、非リアの極意ってもんを」

「ちょっと、姉さん落ち着いてください。兄さんの言ってることは事実なんですから!」

「おい花蓮! お前、火に油を注いでるぞ」

「んぇ? だって、本当のことじゃないですか」

案外、家の中で一番怖い人は花蓮なのかもしれない。

というか、多分、花蓮が一番やばいやつだと思う。

「さぁて…楽しもうよ、可愛い可愛い弟」

「ね、姉ちゃん! ちょ、ちょっと落ち着こ―」

その時、ピンポーンっと家のインターホンが鳴る。

俺はすぐさま起き上がり、急ぎ足で玄関へと向かう。

「えっ、あっ、ちょっと藍」

理由は明確だ…神無月であって欲しいと願っていたから。

そして、俺は勢いよく扉を開けた。

「よう、藍」

「湊…どうしてここに…それに呼び方…」

神無月ではなかったことにより絶望感が。

しかし、それと同時に目の前に湊がいるという違和感が込み上げてくる。

「ねぇ、藍誰だった―うぇっ! も、もしかして、きっくん⁉」

俺を追ってやってきた姉ちゃんが、湊の顔を見て驚く。

「あっ、美優さん、めちゃくちゃ久しぶりですね」

「うんうん、きっくんってば死ぬほどイケメンになったね」

「いえいえ、美優さんの方は相変わらずお美しいですね」

「いやぁ~、照れるなぁ~」

えへへへっと、頬を赤くして照れている様子の姉に現実を突きつけてやる。

「おい、そういう社交辞令だからな、姉よ」

「分かってるわよ」

そんな俺らのやり取りを見ていた湊は苦笑いしていた。

「あはは、でも美優さんは本当にお綺麗だと思います……性格は置いておいて」

「ちょっと、きっくんまでそういうこと言うの!」

「あははは、すいません」

「知り合いなのか?」

「え! あんた、紫苑の次はきっくんのことも覚えてないの⁉」

「いや、僕は別にいいんですよ。でもしーちゃんを忘れてたのはちょっと怒りましたね」

きっくん? しーちゃん?

「待て待て、待ってくれ! も、もしかすると…俺、昔から湊と友達だったり?」

「そうだ、思い出してくれたか?」

「いや、まったく…すまない」

「あんたってば、本当に最低ね、なんで覚えてないのよ!」

この前から思ってたけど、この人、絶対俺が事故に遭ったこと忘れてるよな。

「おい、俺に昔の記憶がないこと、絶対忘れてるだろ!」

「んぇ…あれ? あんたってそうだったんだっけ?」

「なんで正常な姉ちゃんの方が記憶ないんだよ!」

「失礼な私はちゃんと……って、あっ! そうだ! あんたそういえば交通事故に遭ってそれ以前の記憶がないんだった」

「え……そ、それって……」

湊は驚いていると同時に、何か心の中で納得がいったような表情をしていた。

「なるほど……そういうことだったのか」

「どういうことだよ、湊」

「いや、僕としーちゃん…神無月さんは最初、入学式の時、顔を合わせただけで気づいたんだ。だけど…藍だけはずっと僕たちに気づかないから……おかしいなって思ってたんだよね」

 湊はそのまま話を続ける。

「しーちゃんと僕は藍が自ら気づいて、また再び三人で集まれるようになるまで赤の他人のふりをしてたんだよ」

「な、なんだよそれ……」

そうか、だから俺の家を知っていたし、やけに湊は俺に馴れ馴れしかったのか。

昨年はクラスが違ったから、特に話しかけてこなかったけど、クラスが一緒になったら、嫌でも色々と出てくるな。

それは神無月に言えることだな。

「それにしても…そんなことがあったのか、大変だったな」

「まぁ、失ってるとは言っても、七歳の事故に遭った時以前だからさ、正直今の俺は全く困ってないかな」

神無月のことを除いて。

「困ってない…か…」

正直、湊が今ここにいる理由…俺は何となく察しがついていた。

「なぁ、僕は別に昔話をしに来たわけじゃないんだ」

「それは分かってる、言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」

「ああ、そうさせてもらう…単刀直入に聞こう、しーちゃんと何かあったのか?」

「………………」

俺は無言でただただ頷いた。

「なるほど…まぁ、何があったのかを聞かせてくれないか? しーちゃんと藍の一幼なじみとして」

真剣な湊の表情からは、本気度合いが受け取れた。

目の前にいる、この人物は本気で俺のことを心配してくれているのだと、何故だか俺には分かった。

「正直……この話をしても信じてくれないと思う」

「いいや、僕はいつでも…藍を信じてるよ」

 見つめ合う俺達に、気まずそうな口調で姉ちゃんが口を開く。

「あぁ…えっと……何か私、お邪魔そうだから部屋に戻ってるね」

「ああ、姉ちゃん邪魔」

「何よ! はっきり言われると何だかムカつくわね!」

と、捨て台詞を吐いて、自らの部屋に戻っていく姉ちゃん。

「ははっ、相変わらず仲がいいね、藍」

「これのどこがよさそうに見えるんだか…」

「全部だよ」

「なんだそれ…っていうか、話すなら俺の部屋にあがらないか? ずっと玄関で立ち話も何だし…多分結構長い話になるし…」

「ああ、分かった」

俺と湊は場所を俺の部屋へと移した。

「うおっ、めちゃくちゃ懐かしい!」

 と、興奮気味にそう言う湊。

「前にも来たことあるのか?」

「ああ、何回か、ね。でも十年ぶりだからな……」

 とは言われてもな…。

今の俺と湊には明らかな温度差があったのだった。

「あっ、適当に座ってくれ」

「ああ」

俺に向かい合うようにして、湊は座る。

「時間が惜しいから、早速本題に入らせてもらう…事の始まりはゴールデンウィーク明けの五月の中旬頃だったんだ―」


俺はそれから、今まで夢風とあったこと、神無月とのこと…全てを洗いざらい湊に話したのだった。



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