第24話 第四章 友情と愛情。(4)

第四章 友情と愛情。


「いた!」

先ほどの公園からほんの少し離れた場所にある別の公園。

大きなゾウの滑り台が印象的で、何故だか分からないが、この公園を見つけた瞬間、体が反射的に向かっていた。

そして、神無月はそこにいた。

「おい、あれは誤解なんだよ」

「………」

神無月は何も言わずに、ただただベンチに座りながら顔をうつむかせている。

「夢風は俺とそういう関係じゃなくてな…」

「………」

「さっきのは夢風がいきなり…って、そもそもなんであそこにいたんだよ」

「……夢乃に呼ばれたから」

ようやく口を開いてくれた神無月。

なるほど、やっぱり夢風の仕業か。

とすると…神無月を呼び出して、丁度来たタイミングで見せつけるためにやったと。

「あのな、本当に誤解なんだよ」

「別にいいわよ…あなたが誰と付き合おうが私には関係ないし…」

「おい、だから誤解だって何度も言ってるだろ」

「………」

「それに夢風が俺なんかと付き合ってたらお前絶対、怒るだろ」

「………」

「安心しろ、あれは夢風が勝手にやった奇行だから。神無月から夢風を取ったりとかしないから」

「…そういうことじゃ…ないのだけれど……」

「え? 夢風を取られたと思ってるから怒ってるんだろ?」

神無月は呆れたと言わんばかりに、ため息をつく。

「それに俺みたいな奴が夢風とその……ああいうことしてしまったから、怒ってるんだろ? 湊とかだったら、よかったんだろうけど…」

「……そうね…きっくんだったら、こんな気持ちになってないわ……」

「え? 今、湊のことなんて…」

ハッとしたように目を見開く神無月。

「わ、忘れて! 今のは忘れて!」

「忘れろって言われる方が、記憶に残るんだけど…」

「いいから! 今のは無かったことにして」

正直、めちゃくちゃ気になりはするが、ここまで神無月が言っているのだから、しょうがない。

「はぁ…」

「ため息をつきたいのは、俺の方なんだけどな」

「勝手につけばいいじゃない」

「生憎、自分以上に落ち込んでるやつを見ると、落ち込めない性格をしているもんでね」

「相変わらず面倒くさいわね、あなたは」

そっと神無月の隣に腰をかける。

「おい、なんで俺から離れるんだよ」

「近くにいたら、私まで襲われちゃうわ」

いつもの調子を段々と取り戻してきたようで、声色が少しだけ戻っていた。

「お前…見てたなら、あれは夢風からやってきたってどう見ても分かるだろ」

「そうね…夢乃もああいう奇行をするのね」

「本当に奇行だよな…」

「ええ…」

絶妙にぎこちない距離感だった。

お互いが、何と絡めばいいのか分からなくなっているような。

「ねぇ…ここの公園にいるの、どうして分かったの?」

「それが俺にもよく分からなくて…あの大きなゾウの滑り台が見えた瞬間、ここにいる気がするっていう直感がしたんだよ」

「ふふっ…それは嬉しいわね」

神無月の表情が明るくなる。

そして、微かに微笑む彼女は、綺麗より可愛いという言葉が似合っていた。

「どうせ、あなたは覚えてないんでしょ?」

「え? 何のことだ?」

「ええ、もうその反応で分かったわ」

「いやなんか…本当にごめんな」

「どうしていきなり謝るのよ」

「そりゃ謝りたくなるよ。お前のこと全く覚えてないだなんて」

「謝るくらいなら、思い出して欲しいのだけれど…」

「それはごもっともな意見だな」

俺は意を決して、今まで言ってなかった大切なことを口にする。

「なぁ、神無月」

「何かしら」

「俺さ、実は丁度十年前…七歳の時にさ、交通事故に遭ってさ。頭を強く打って、入院してたんだ」

神無月はかなり驚いている様子だった。

「それでさ、それ以前の記憶が全部無くてさ…最初、病院で目覚めた時は両親の名前は愚か、自分の名前すら覚えてなかったくらいなんだ」

「そう…だったの…」

「俺が神無月と出会ったのって、もしかしてそれ以前か?」

「ええ、そうね。私とあなたが出会ったのは五歳の時よ」

「そうか」

「まぁ、その後、一年くらいで私は引っ越してしまったから…」

なるほど、それは覚えていないわけだ。

失われた記憶にしかいなかったのだから。

「たった一年ほどだったけれど…私の人生で一生忘れることのない大切な記憶よ」

「大切な記憶ね…」

その言葉は俺にはとても重く、少し苦しいものだった。

「最初、あなたを見た時、一瞬で分かったわ。だけれど、話しかける勇気がなくて、あなたからくるのを待っていたの」

神無月が俺のことをずっと見ていた。

俺のことを知っていたということ。

それは嬉しいような、自分が愚かなような。

「あのさ……違ったら悪いんだけどさ、もしかして家が隣なのって……」

「そうよ、意図的にあなたの隣の家に引っ越したのよ」

「そもそもよく俺の家分かったな」

「だって、あなたの家、昔から変わってないじゃない」

「確かにそうだな。ずっとあのマンションだな」

「まぁ、おかげさまで私は親元離れて独り暮らしをさせられているわけなのだけれど」

「それは知らん。お前が俺のこと好きすぎるだけだろ」

その言葉。もちろん冗談で言ったつもりだった。

「ええ、そうね」

「え………」

あっさりと認められてしまった。

段々と顔が熱くなっているのが分かる。

こういうのを、ときめいたって言うんだろうな。

なんて自分で考えてて少しキモいなと思った。

「どうして驚いているの?」

「いや、やけにあっさり認めるんだなって…」

「そうよ。だってもう嘘をついてもしょうがないもの。それに…」

「それに?」

神無月は立ち上がり、意を決したような表情で俺の前に立つ。

「ど、どうした?」

様子がおかしかったため、俺はゴクリと喉を鳴らす。

「あの…ずっと言ったかったことがあるの……」

「あ、ああ、ちゃんと聞くぞ…」

「あの…その…あなたは私のことが好きというので…間違いない…の?」

不安そうにそう尋ねてくる神無月。

そうだ、そういえばそういう設定だった。

どうしよ、今さら嘘って言いにくいな…。

「お、おう…ま、まぁ、一応…」

我ながら最低だと思うし、返事がぎこちなすぎる。

「そ、そう…だったら…その…私―」

神無月が何かを言いかけた時だった。

「あっ、いた! もうっ、探したよ、水無月くん」

「えっ…」

俺達の目の前には夢風が。

「あれ? 紫苑も一緒なの?」

「え、ええ…夢乃? どうしたの?」

「どうしたのって…彼氏と一緒にいちゃいけないの?」

「か、彼氏?」

「おい、待て待て、おかしいぞ夢風」

俺と神無月は揃って、驚きをあらわにする。

「えぇ? 私たち付き合ってるよね、水無月くん?」

「付き合ってないぞ」

俺はきっぱりと返事をする。

神無月は何故だか、俺のその言葉にホッと胸をなで下ろしていた。

「え~。あっ、そっかぁ、まだ片想いだと思ってるんだね?」

「どういうことだよ」

「どういうもなにも、いいってことだよ?」

「いいって何が?」


「私が水無月くんの気持ち、受け入れてあげるってこと」


「なっ…」

「ど、どういうことよ…」

明らかに動揺している俺を見て、神無月も動揺しだす。

「え? 紫苑知らなかったの? 水無月くんって私のこと好きなんだよ?」

とぼけたように、煽るように神無月にそう告げる。

「夢乃は前に私に…」

「ああ、あれ? 全部嘘だから」

「えっ……ゆ、夢乃?」

夢風の表情が、暗く黒く重くなる。

その豹変ぶりに神無月は硬直した。

「これが本当の私。いつも無理して笑ってるだけ。あっ、あとね…」

何かやばい。間違いなくやばい。

何とかしないと、と思ったころにはすでに遅かった。


「私、紫苑のこと親友だなんて、思ってないから」


神無月はその言葉にただただ唖然としていた。

「ちょっと容姿がいいからって調子に乗ってさ。人がちょっと仲良くしただけで、親友だの何だのって言ってくるし、重いんだよ、そういうの。誰も紫苑のことなんか、親友だと思ってないから」

「おい、夢風!」

「水無月くんは何も言えないはずだよね? だって、私と一緒に紫苑を騙してたんだから」

「そ、それは……」

ハッと、神無月を見ると信じられないと言わんばかりの表情で俺を見つめていた。

「紫苑、知ってた? 水無月くんは私のこと好きなのに、今までずっと紫苑のことが好きって嘘ついてきたんだよ」

「ほ、本当なの……?」

「………………………」

言わなければいけないのに、口が開かない。

ほんの数分前に戻れるのならば、あの場で言っておけばよかった。

俺は最低で、馬鹿だ。

「答えて!」

神無月のその懇願に耐えられず、俺は口を開く。

「ごめん…神無月。夢風の言うとおりだ………」

「っ………」

その瞬間、神無月の瞳からは涙が。

「ほらね、紫苑。紫苑みたいな人がさ、好かれるわけないよね。それなのに勘違いしてさ、どう今の気分は。自分の立場…ちゃんと分かったでしょ?」

「…そ、そう…ね…ご、ごめんなさい…」

その神無月の言葉は否定しなければいけなかった。

「それは違う! なんで神無月が謝るんだよ。謝らなきゃいけないのは俺の方だし、それに…神無月は友達として俺は心の底からの本音で、本心で、大好きなんだ!」

だけど…俺のその言葉は神無月には届かなかった。

「ありがとう…嘘でも嬉しいわ…」

「いや、違う…違うんだ神無月…」

次の瞬間、神無月はこらえきれなくなったように走り出した。

「ごめんなさい…」

「あっ、神無月⁉」

そんな風に去っていく神無月を追いたかった。

だけど、そんな気持ちと同時に今の俺が追ったところで何にもならないと分かっていた。

だから……追うことができなかった。

「あ~あ、また逃げちゃったね。追わなくていいの?」

「話が違うだろ…」

俺の言葉には怒りがこもっている。

自分でも、かつて無いほどに怒っているのが分かる。

「話が違う? まさか私の言葉を信じてたの? 本当に水無月くんは純粋に馬鹿だね」

「ふざけんなっ! あんな風に神無月を痛ぶって、どうして平気なんだよ!」

怒鳴り声をあげる俺に、夢風は冷静な言葉を返す。

「確かに私も悪いよ……だけどさ、紫苑をあそこまで追い詰めたのは水無月くんだよ?」

「……………」

俺が……神無月を騙して…

「ねぇ、さっきの話の続きだけどさ…紫苑が一番大切に思ってるの……水無月くんのことなんだよ? だから、そんな大切な水無月くんに裏切られて、相当辛いと思うよ~」

「くっ……」

 違う、あいつは夢風にこうされたのが、一番ショックなはずなんだ。

 だけど、夢風だけじゃなく、俺も…

「いやぁ~。まさか紫苑があそこまで水無月くんのことが好きだなんてね…おかげさまで私の紫苑をドン底にたたき落とす計画は上手くいったよ。ありがとね」

「なんで…神無月のことをそこまで…」

「う~ん。色々あるんだよね。まぁ、今はその話は置いておいてさ、幼馴染みに裏切られて紫苑はもう人生で消えないほどの傷を負ったよね」

「そんなこと分かってる…」

「あっ、そうそう。そう言えば、最後のお願いはきっちり叶えてくれてありがとう」

神無月に嫌われること…。

俺は間違いなく…嫌われただろう。

「だから、これからは晴れて水無月くんは自由の身だよ。ほら、これ消すね?」

そう言って、スマホの写真ホルダーの例の写真を俺の前で削除する夢風。

「今までご苦労様でした。それじゃ、もう私に関わらなくていいんだよ、水無月くん」

去っていく夢風に俺は言葉を振り絞り一言。

「夢風…俺はお前のことが、今まで見てきた全ての人間の中で一番大っ嫌いだ」

俺とは対象的に、余裕のある表情で夢風は…

「別にいいよ。だって、水無月くんのこと好きでもなんでもない、どうでもいい存在だし」


この日、俺は再びぼっちに戻ったのだ。


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