第23話 第四章 友情と愛情。(3)

第四章 友情と愛情。


次の日のことだった。

いきなり夢風に呼び出された俺は、自宅近くの公園へと向かう。

「はぁ…はぁ…」

「どうしたの水無月くん。息が切れてるよ?」

「誰のせいだと思ってるんだよ⁉」

「おっと、水無月くん、表情が怖いよ?」

その口調、どう考えても俺のこと煽ってるよな…。

「怒ってるんだよ俺は」

「どうして?」

「そりゃそうだろ! いきなり紫苑を殺してもいいかな…なんてメッセージ送られてきたら怒るだろ! 焦るだろうが!」

つい先ほどのことだった、夢風からこんなメッセージが送られてきたのだ。

紫苑を殺してもいいかな? …というメッセージだった。

しかし、辺りを見渡す限り神無月は見つからない。

ということは、また夢風のかまってちゃんか。

「はぁ…あのな、前に冗談でも言うなって言ったよな」

「うん、そうだね」

「はぁ…本当に分かってるか?」

「うん、私は分かってるよ。分かってないのは、多分水無月くんの方じゃないかな?」

「はい? それこそ分からないんだが…」

「いいんだよ。分かんない方が私にとって都合がいいからさ」

そう言った後、夢風は手をパンっと一回叩き、話を切り替えた。

「はい、じゃあ本題いくね?」

「ああ、呼び出したってことは大事な要件なんだろうな」

「うん、もちろんだよ」

一歩ずつ、少しずつ、俺に近づいてくる夢風。

そっと俺の手を取り、夢風はそのままギュッと手を握ってくる。

さすがの俺も、夢風のこういうのには慣れてきたのか、平常心を保っている。

そんな自分がなんかすごく嫌だった。

「ねぇ、水無月くん私に協力する気はない?」

「またその話しか…前に断っただろ?」

「うん、そうだね」

「しつこい女は嫌われるぞ?」

「ううん、でも今回は絶対に受け入れてくれるって分かってるから…」

不気味な笑みを浮かべる夢風。

俺は何かがおかしいと思い、少し緊張しだす。


「紫苑と……私が本当に親友になるって言ったら?」


「…………」

しばらく言葉が出なかった。

「水無月くんが私のお願い聞いてくれたら、紫苑と親友になってあげてもいいよ、私」

何も言えずに黙っている俺を置いて、夢風は話を続ける。

「本当はね、紫苑に私の本音を言って、思い切り傷つけるつもりだったの……どう? 紫苑にそんなことしたら、もうトラウマ間違いなしでしょ?」

笑顔でそんなことを言う夢風は、本当に人として信じられなかった。

昨日、ほんの少しだけ夢風に否定するようなことを言われただけでも、あんだけ思い詰めるような神無月には、効果が抜群なのは間違えないだろう。

「でもね…水無月くんがお願いを聞いてくれたら、紫苑にはもうそんなことしないし、本当の親友になるよ?」

神無月の……本当の親友……。

「私、今まで言ってなかったけど、紫苑のこと、普通に好きだよ?」

ピクッと俺の耳が動く。

「その言葉……本当か?」

「うん、もちろんだよ。私、紫苑のこと好きだよ?」

この言葉、怪しいには怪しい。

だけど…それでも………

「…分かった、今はその言葉を信じる」

「いいね。水無月くんのそういうとこ私好きだよ?」

きっとこれは俺のエゴなのだろう。

そして、そのエゴのためには夢風の言葉を嘘だとしても信じなくてはいけない。

いや、本当であると願っている自分がいる。

「ただ、お願いを聞くかどうかは別だ」

真剣な表情で夢風を見つめる俺とは反対に、夢風はニコニコ笑っていた。

「本当は答え……決まってるんでしょ?」

「………」

「黙るってことはそういうことだよね?」

夢風の言葉を否定できなかった。

「まぁ、そんなに急ぎで答えが欲しいわけじゃないし…」

握っている俺の手に、そっと指を絡めてくる。

俗に言う、恋人つなぎというやつだろう。

驚きはしたけれど、俺はその手を振りほどくことはしなかった。

いや、正確にはしたくなかった。

「ふふっ、そんなに強ばらせなくていいよ?」

「………どんなお願いなんだ?」

「えっとね、かなり簡単だよ? だって、今まで水無月くんには相当迷惑かけたからね…」

その瞬間、夢風は何かを見つけたようで、そっと笑って…

「最後のお願いと…その迷惑料ってことで…………………んっ……」

「んっ⁉」

いきなり強く夢風に手を引かれた俺、気がつくと唇には柔らかい感触が。

「なっ! 何して……」

俺が驚いて、唇を離そうとするのだが……夢風が俺の後頭部を押さえつけてくる。

数秒間、俺は夢風にされるがままに。

その後、夢風は自らスッと唇を自ら離し、俺にだけ聞こえるような声量で、囁いてくる。


「紫苑に……水無月くんが嫌われること。それが私からの最後のお願い」


「水無月くんの初めて……もらっちゃった…」

少し照れくさそうにあざとく笑う夢風。


「何……してるの……」


「っ!」

急に背後から、声が聞こえた。

その声はよく知っている声で、今この場にもっともいて欲しくない人物だった。

「か、神無月…」

「今…夢乃と……」

「違うだ、これはそういうのじゃなくて!」

「ごめんなさい…」

「あっ、待ってくれ神無月!」

いきなり背を向けて走り出した神無月。

俺はすぐさま、神無月を追おうと走り出そうとする。

「おい、何してんだよ! 離してくれ!」

俺の身体を抱きしめて、行かせてくれない夢風。

全身に柔らかい感触が広がる。

「神無月を追わないといけないんだ、離してくれ!」

無理矢理振りほどくことはできる…だけど、夢風を突き飛ばすことになってしまう。

俺にはどうしてもできなかった。

夢風は不思議そうな表情を浮かべていた。

「どうして追わないといけないの?」

「どうしてって、そりゃ、あんなとこ見られたら…。誤解だって説明しなくちゃ…」

「誤解? 説明? 何言ってるの?」

「え?」

「だってさ、別に水無月くんって紫苑と付き合ってるわけじゃないんだよね?」

「ま、まぁそうだけど…」

「それなのに、説明しなくちゃっておかしくない?」

「いや、今のを見られたら絶対に夢風と付き合ってるって誤解されてるって!」

「ふ~ん。そんなに誤解されたら困るんだ」

「もちろんだ。だって、神無月に怒られるだろ」

「紫苑に怒られる?」

先ほどよりも一層、理解ができないと言わんばかりの表情で見つめてくる夢風。

「ああ、だって神無月は夢風のことが大好きだ。そんな夢風が俺なんかと付き合ってるってなったら、俺、神無月に殺されちゃうよ」

俺はそのまま言葉を続ける。

その言葉は俺の願望であり、俺の思う限りの神無月の願いだ。

「神無月の一番は常に夢風なんだ。そして、夢風の一番も神無月であって欲しい。だから誤解を解かないといけないんだ」

「それって、紫苑が水無月くんにやきもちを妬くからってことだよね?」

「まぁ、そんな感じだ。だからあいつが悲しまないように、説明しに―」

「ふふっ…ははははっ!」

俺が真剣に説明しているにも関わらず、夢風は突如としてこらえきれなくなったかのように笑い出した。

「水無月くんって本当に面白いね」

「何がおかしいんだよ」

「本当にそう思ってるところがおかしいんだよ」

「いや、俺は事実を言っただけで…」

「本当に紫苑が逃げた原因が、水無月くんに私を取られて嫉妬したからだと思った?」

「どう考えてもそうだろ」

「じゃあもう一つ質問。本当に紫苑の一番が私だと思った?」

「それは…どういうことだよ」

夢風はあざとく、ちょんっと俺の手を指で軽くつねる。

「もう本当は分かってるんでしょ? とぼけないでよ…」

と言われても、本当に心辺りがないので、首を傾げる。

すると夢風は呆れたようにため息を吐く。

「はぁ…今私は、紫苑が一番大好きな人を指さしてます…さぁて、誰でしょ~か?」

そう言う夢風の指先は俺へと向けられている。

「え……」

「水無月くん? 大切な親友、追わなくていいの?」

そう言って、やっと俺から離れてくれた夢風。

そもそも、夢風に止められてたんだが。

「追うよ…」

そう言い、俺はその場を後にして走り出した。


「水無月くん……親友って思ってるのは水無月くんだけかもしれないよ」


俺が去る直前、夢風が何かを呟いていた気がするのだけれど、その言葉は俺の足音にかき消されていた。

だから聞き取ることができなかった。

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