第22話 第四章 友情と愛情。(2)

第四章 友情と愛情。


「はい? 今なんて言った?」

放課後、夢風の口から意味不明な提案が。

「だから、私とデートして欲しいなって」

嬉しいことには変わりないのだが、どう考えても裏があることが分かりきっているので、正直その誘いには乗りたくない。

そして、何よりもクラスメイト達の視線が痛い。

なんだろう、今日の俺はそんな視線に晒される日なんだろうか。

「デート? 知らないなそんな言葉」

とぼけてみる。そのまま逃げられないかと。

「知らない人間なんていないと思うんだけど…」

「よし、分かったデートしよう」

夢風の顔がぱっと明るくなり、露骨に嬉しそうな反応をする。

ただ俺にはそれが偽りだと分かった。

だから、一ミリも可愛いなどとは思わなかった。

「本当に! よし、それじゃあ今すぐ行こっ」

俺の手を引く夢風。そんな手を振り払う。

「え?」

予想外とばかりに目を丸くした夢風。

俺はそんな夢風を無視して、先ほどからチラチラと何か言いたそうにこちらを見ていた神無月に近づき……

「よし、神無月。俺とデートしよう」

神無月は驚いているような、それでいて蔑むような視線を俺に向けてくる。

そんな視線は彼女だけではなく、クラス中の人達の軽蔑の視線が俺へと注がれる。

おぅ…。さすがに覚悟はしてたけど、ちょっときついものがあるな。

「え、えーと…私は?」

苦笑いを浮かべて夢風が俺にそう問いかけてくる。

俺は、遠慮などせずにバッサリと言った。

「デートするとは言った。しかし、夢風とするとは言ってない。俺は神無月とデートするという意味で言ったんだ。日本語って難しいね」

煽り口調で夢風に言った直後……

「痛っい! 何すんだよ、神無月!」

足の先に、鈍い痛みが走る。

「あなた、ちょっと人間性を疑うわよ?」

そんなことは知っている。

だが、ここでやめるわけにはいかないんだ。

あくまで俺は、とぼけたふりを続ける。

「え? いやでも、夢風と二人よりも、お前といた方が楽しいし」

さらに追い打ちを与えるような痛みが。

「痛いです」

「ちょっと、夢乃の前でその発言は。本当に性格を直した方がいいわよ」

神無月の表情から見るに、間違いなくかなり怒っている。

「それにあなた、最近、私のことお前って呼ぶわよね……前に馴れ馴れしいからやめてと言ったはずなのだけれど…」

「馴れ馴れしいって言われてもな…」

「はぁ……」

困ったように、額に手を置く神無月。

「で、夢乃はどうしていきなり、この最低最悪今世紀最大のゴミ人間とデートなんて考えたのかしら?」

神無月は夢風にも少し怒っているようだった。

夢風は健気な少女のように答える。

「それは…最近、紫苑が水無月くんに取られちゃうような気がして……それで…」

「それで?」

神無月は威圧的な口調で夢風を問い詰める。

「寂しかったから…。何が私に足りないんだろうって思って。水無月くんとデートしたら、紫苑にもっと好かれる方法が何か思いつくかなって…」

クラスメイト達は、夢風のことを可哀想などと思っているに違いない。

もうここまでいくと本当に感心するレベルですよ。

俺からすれば夢風じゃなくて俺が可哀想だよねって思っちゃうよね。

この夢風の健気を演じ、思ってもないことを口走るところ、もう才能だ。

だから、時々分からなくなる。

神無月に対する夢風の感情が本当に嘘なのかどうかが。

「まったく…私の一番は夢乃よ…」

少し照れくさそうに、そう告げる神無月。

「うわぁ! 紫苑、大好きっ‼」

「ちょっと、みんなが見ているわ……」

夢風は神無月に抱きつき、笑顔を浮かべている。

神無月は少し困ったような素振りを見せつつも、喜んでいた。

そして、一瞬だけ夢風はチラリと俺の方へ顔を向けて、勝ち誇ったような表情を浮かべた。

普通にイラッとした。

「おい、夢風。ちょっとそこどけ、俺が神無月を抱きしめるから」

「「………」」

「あっ…」

素っ頓狂な声をあげて、自分が何を言ったのかを理解する。

我ながら、キモすぎるな。

なんか夢風への対抗心が燃えてきて、口走ってしまった。

夢風も神無月も真顔だった。

先ほどの笑顔は嘘だったのかと疑いたくなるほどの真顔だった。

「すまん。今のは忘れてくれ……」

ってきり、また足を踏まれるのかと思ったが、夢風も神無月も俺のことをまるで最初からいなかったかのように無視し始めた。

「本当にごめんなさい! どうかせめて、殴るなり罵倒するなり、反応してください!」

無反応は本当に酷くないですかね?




「女の子に対して、抱きしめるからって…さすがにあり得ないよね」

街中でふと夢風がそう言う。

「ええ、本当に気持ち悪かったわ」

「だから、あれは間違って言っちゃったんだよ。もうその話はやめてくれ…本当に悪かったって」

あれから結局、三人で遊びに行くということになり、俺たちは放課後、街へ繰り出したのだった。

「間違っても、言っちゃいけないよね。それもうセクハラだよ?」

「そうよ、あなた私じゃなかったら、本当に逮捕よ?」

「ぅ……本当に反省してます。すいませんでした…」

「反省しているなら、誠意を見せてもらおうかな」

と言って、映画館の前に立ち止まる夢風。

「私、これが観たいんだけど…水無月くん、高校生三人分買ってきてくれないかな?」

「おい、そういうことかよ」

夢風が見たいと言ったのは今、泣けるで話題のアニメ映画だった。

「私はあまり映画とか興味ないのだけれど…夢乃が観るなら…」

「あっ、水無月くんは観たくないなら、大丈夫だよ。そこら辺で待ってて」

「俺が金出して、自分だけ観ないとかないだろ。分かったよ、これで今日のことチャラにしてくれよ?」

「もちろん。いいよね? 紫苑」

「もちろんよ。夢乃がいいなら私は何でもいいわ」

「はぁ…分かったよ。買ってくる…」




映画の上映時間は二時間程度だった。

正直、世間がすごく押している作品だけあって、つまらないわけではなかった。

しかし、そこまで泣けるかと言われると……

「そうでもなかったね」

上映が終了し、徐々に明るくなっていく中で夢風の顔が目に入る。

「ああ」

「ね、これで泣けるって相当純粋な人じゃない……と…だね…」

「ん? 夢風、どうした?」

言葉の歯切れが悪くなった夢風。

「ぐすっ……どうして……あそこで命を………うっ…」

夢風の隣に座っていた神無月が号泣していた。

「し、紫苑? そ、そんなに感動したの?」

神無月は涙を流しながら、コクリと頷く。

俺と夢風は顔を見合わせた。

おそらくお互いに思っただろう。

神無月…なんて純粋なんだ…と。




「もう大丈夫?」

「ええ、落ち着いてきたわ」

映画館の近くにあった喫茶店で、俺たちは話していた。

先ほどからずっと泣いていた神無月は、今はだいぶ落ち着きを取り戻していた。

「しかし、そんなに泣けたのか…」

「うん、私と水無月くんはそこまで泣けなかったんだけど…」

「その、あれだけ散々嫌われてた彼が実は昔からの幼馴染みで、最後は主人公達を助けるために命を捨てる姿……さすがに泣かないというのは無理だったわ」

「ああ、まぁ確かに、あのラストシーンは少しウルッときたけどさ…」

俺のその言葉に夢風は、きょとんとした。

「え? 私、ウルッともこなかったけど……」

うお、やっぱり夢風さんは相変わらず違うぜ。

人の心がないようだ。

「それに最後、存在を忘れられるっていうのが……ちょっときつかったわね」

「ああ、あの終わり方は心にくるよな」

泣けなかったとはいえ、俺もそこそこは映画を楽しんでいた。

「え? あんな嫌われ者は、忘れられて当然でしょ?」

またもや、きょとんとしている夢風。

本当にこいつ、サイコパス診断やったら絶対黒だろ。

「あの儚い感じが私は泣けたわ。それに……」

神無月は何か思うことがあるような素振りを見せて、口を開く。

「幼馴染みに存在を忘れられるって……辛いもの……」

下を向いて、そう呟く神無月。

グサグサと俺の心に、何本もの矢が刺さるような感覚がした。

俺は知らないふりをして、視線を逸らす。

俺達の間には、少しだけ居づらい雰囲気が。

そんな雰囲気を感じ取ったのか、夢風が決定的な発言を口にする。

「ねぇ、前々から思ってたんだけどさ…もしかして水無月くんと紫苑って幼馴染みだったりするの?」

ビクッと体が無意識に動いてしまう。

その俺の動きに連動するように座っていた椅子もガタンと音を鳴らす。

これじゃあ夢風にそうですって言ってるようなものだ。

上手く誤魔化せないだろうか?

なんて、困っていると、神無月は澄んだ顔で言った。

「ええ、そうよ」

「ふ~ん。なるほどね…」

含みのある口調で、何かを考えている様子の夢風。

「まぁ、そこの無神経最低男は私のこと忘れているらしいのだけれど」

「はい、すいません。返す言葉もございません…」

再び、絶妙に気まずい雰囲気が訪れる。

「だからかぁ…ようやく紫苑の行動に辻褄が合った気がするよ」

ボソッと夢風が何かを呟いた。

俺は何を言ったのか聞き取れなかった。

そして、どうやら神無月もそのようで…

「夢乃?」

不思議そうな顔をして、夢風に視線を向ける神無月。

「あっ、ううん、何でもないよ」

「そうかしら? 何だか、いつもより顔が笑顔な気がするのだけれど…」

その時の夢風の表情は笑っていた。

だけど、それはいつもみんなに見せている笑顔ではなく、俺が何度か見たことのある悪意に満ちた笑顔だった。

おそらく不審に思ったのであろう、だから神無月は心配そうな顔で夢風を見つめている。

これはまずいと思った俺は、即座に行動する。

「あっ、そう言えば―」

俺がとりあえず映画の話に戻すか…と思い口を開いた瞬間だった。

「でもそれ…紫苑が忘れられるほどの、大して水無月くんの記憶に残らないような子だったってことだよね?」

突如として、夢風の口から言われた言葉。

それは神無月に対する夢風の攻撃。

「え………ええ、そ、そうね…」

おそらく夢風にこんな攻撃的な自分を否定されるようなことを言われたのが初めてだったのだろう。

明らかに動揺していて、何とか言葉を絞り出しているような感じだった。

「そ、そうだ。そろそろ時間も遅いし、帰ろうか!」

慣れない笑顔で場を和ませようとする。

俺の話を聞くと、二人とも鞄を持って立ち上がった。

何も言わずに。


それからの帰り道。

夢風も神無月も何も言わず、「じゃあね」とだけお互いに言い、夢風とは駅で別れた。

神無月と二人の帰り道、何度も話題を振ったのだが、素っ気ない一言の返事しか返ってこなかった。


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